第5話 クロノスの日記とエピローグ
『――ジオ・プリズマの実験が失敗して、どうやら別の次元に飛ばされてしまったようだ。マドカ、エデン、セシル、キロスはどこだ?同じ次元に飛ばされていることを願いたいが、私の冷静な部分ではその可能性が限りなくゼロに近いことを理解している。家族との繋がりで遺されているのはこのホログラムのみ……せめて生きていることを願おう』
『――なんとこの時代はパルシファル王朝の時代らしい。天体の位置から計算したが恐らくBC20000年あたりで間違いないだろう。信じられなくて何度も計算し直したが、結果は同じだったからだ。まさかここまで飛ばされるとは予想外だ。だが過去に飛ばされたというのはある意味好都合だ。ゼノ・プリズマが存在しなかったように時間の流れを改変できれば、巨大時震を回避できるだろう。だがそれだけでは不十分だ。エネルギー問題を解決しなければ我々に未来はない』
『――一先ず、歴史改変のための装置と、新しいエネルギーのための研究所の構想はできあがった。新しいエネルギーということならジオ・プリズマを用意できればいいが、あれは万全な環境で用意をしていきたい。また暴走して次元を飛ばされてしまえば元も子もないし、その先が生存可能かさえもわからないのだ。こうなったらまだ未完成の構想だが、ジオメタルの製作を目指したい。風の噂でこの時代には四大精霊がいることがわかった。彼らの力を模倣することができれば、この特殊合金の完成も夢ではないだろう』
『――構想は作り上げたが、1人ではやはり限界があった。研究機材、研究素材、研究環境、そのどれもがゼノ・ドメインと比べて悪すぎる。少し実験の準備をするだけで隠れ家もぐちゃぐちゃに散らかってしまい、とても居住に適しているとは言いがたい状況となってしまう。マドカがいれば、片付けを手伝ってくれたのだがな……』
『――ラトルという小さな村の近くにナダラ火山という活火山がある。どうやらそこに四大精霊の一柱、サラマンダーがいるらしいのだが、魔物も多いそうだ。それに今の手持ちでは火山内部の探索など困難である。どうにかしてサラマンダーの炎を継続的に得ることができればいいのだが……』
『――いくつか方法を考えたが、やはり権力者の協力、特にパルシファル王の協力を得られれば計画は現実的なものとなるだろう。だが私のような身元不明な者が簡単に王に会えるとは思えない。仕方ないが、今持っている技術でまずは信頼を得ていかなければ』
『――ナダラ火山の観測データを元に、噴火のタイミングを当てることに成功した。お陰で村の被害は最小限にでき、村人達には予言者だと持ち上げられている。どうにか信用のキッカケは作れたようだ。ただここ最近、噴火という事象や過去と言うことを加味しても火山の様子がおかしいような気もする。この噴火は長引きそうだ』
『――畑違いの農耕技術でも、何かの役に立つこともあるかも知れないと、学院時代に履修しておいてよかったと心から思う。お陰でラトルの火山灰が降り積もった大地でも作物を育てることに成功し食生活の改善を達成できた。私は信頼と実績を築くことに成功した。
あの事故から、もう1年が経とうとしている。ラトルの人達、特に妊婦や猫と遊ぶ子どもを見かける度に、マドカエデン、セシルやキロスのことを思い出してしまう。再び会うことはできるのだろうか』
『――そろそろラトルでできそうなことはなくなってきた。ナダラ火山の定期的な観測は続けていきたいが、そろそろ別の場所に行ってみたいと思う。考えているのは隣町のアクトゥールだ。最近周囲の水質が悪化してきているのと、上下水道の整備が上手くいっていないらしい。インフラの整備など専門外だが、予言者としての立場向上のためにも、何かしらの手助けができるだろう』
『――アクトゥールの水質悪化の原因はつかめた。地下の人喰い沼の水が地上に湧き上がっていることだった。ただ、実際に下りてみたところ、妙な違和感を感じた。まるで自然に起きたことではなく、人為的なように……』
『――やはり人為的なものだった。犯人は王宮に勤める役人で、言い寄った女性にフラれた腹いせだそうだ。どうやらその女性の出身がアクトゥールらしい。だが、そんなことで町一つの機能を停止させるようなことをするだろうか。背後に何かとてつもないものがいるような気もする』
『――アクトゥールの件がキッカケで、私の存在が王宮にも伝わった。使いの人に、謁見のお願いをしてみたところ、難色を示されたがパルシファル王に取り次いでくれるそうだ。やはりセキュリティは司政官とは比べものにならない』
『――驚くほどあっさりとパルシファル王の協力を得ることができた。歴史改変のために必要だと時の塔を、四大精霊の力を得るために必要だと星の塔の建設を願い出れば、彼は食い気味に許可を出した。あれは野心が強すぎて決して賢王とは言いがたい人柄ではあるが、背に腹は代えられない』
『――まさか私がマドカ以外の女性から想いを寄せられるとは思ってもいなかった。時の塔と星の塔の建設場所の選定が終わって、着工し始めたという大事な時期だ。それに家族への思いが薄れてしまいそうなのが恐ろしい。色恋はまだ考えたくもない』
『――2本の塔とも、当初の予定よりも建設のスピードが遅い。星の塔の理由は明白だ。エレメンタルの力が最も活用しやすそうな場所であるコリンダの原を選んだが、その道中に大昔から暴れている巨大なゴーレムがいるからだ。これについては王宮の地下牢から秘密裏に、物資搬入用の経路を作ることで解決できると思う。
しかし時の塔の原因がわからない。どこかからか邪魔が入っているのだろうか』
『――王に相談した結果、しばらく私が現地で指揮をとることになった。研究から数年も離れてしまうのは苦しいが、未来のためだ。やるしかない』
『――あの事故から今日で4年が経過したことになる。時の塔はまだ予定の6割ほどだが、星の塔はもうじき完成しそうだ。星の塔が完成したら私は一旦時の塔の指揮から離れて、国中の研究者たちと生命についての合同研究をすることになっている。私の穴は大臣が埋めるらしい。何でもパルシファル王が遅い建設速度に痺れを切らしたそうだ。大臣も歳だというのに大変なことだ』
『――この感動は、初めてゼノ・ドメインの研究室が与えられた時以来だろう。星の塔は私の期待以上にしっかりとした作りとなっていた。研究からずっと遠ざかっていたせいでウズウズしている。試したいことが山ほどあるのだ、明日が待ち遠しい』
『(筆跡が乱雑だったり、専門用語が多すぎたりしているせいで判読不能)』
『――早々に弟子達に生命体創造の課題を与えたことで、個人の研究の時間をすぐに作れたのが大きかったか、ついにこの時代初となる人工知能の開発に成功した。名前はガリアード2号とし、今後は私の助手をしてもらう予定だ。
それと最近、西のセルベリヤ大陸から来た神官が星の塔に押し入ってきたということもあったので、気は進まないが警備用に量産型ガリアードを配備することになった……ガリアードとヘレナは今どうしているのだろうか。合成人間関係のプロダクトは、間違いなくあのKMS社に権限が移行しているだろうが……黒い噂ばかりを聞くKMS社だ、彼らが不遇な目に遭っていないことを祈りたい』
『――失敗した。想定していた以上にジオメタルの放射能が強過ぎる。外部に露出している手や顔は黒く爛れてしまった。内臓もどうなっているかわからない。仮面や手袋が手放せなくなってしまった。思わぬところで体のタイムリミットができてしまった。もう少し理論を詰め直さなければ』
『――ついに時の塔が完成した。パルシファル王には月に一度しか使わないことや、自分の治世の範囲内でのみ使うことをきっちりと約束してもらった。パルシファル王は機嫌が良くそれを快諾し、早速最初の使用を行った。結果は成功で、私は安心した』
『――パルシファル王からもらった褒美の金は、全て裏取引で四大精霊の欠片を得るために使ってしまったが、ジオメタルの完成の目途がまだ立たない。体はどんどん蝕まれるし、失敗したものの廃棄場所にも困る。厳重に箱につめて、人喰い沼に廃棄あたりが妥当だろうか。以前調査のために入ってみたところ、意外と水深はあったはずだ』
『――今日、この日の成功は大きいだろう。パルシファル王からの褒美として、一度だけ時の塔の使用を譲ってもらった私は、未来の改変を行った。エルジオンが崩壊した様子は見ていて心苦しいものがあるが、それも新たなエネルギー源ができるまでだ。
あの事故から、もうすぐで7年になろうとしている』
『――この国の裏側にいる存在をつかめた。ファントムという奴が、裏で引っかき回していたようだ。まるで非現実的な幽霊のようなアストラル体で私の前に現れた奴は私を称賛していた。それがとても不気味だった。
どうやらナダラ火山の様子がおかしかったこともファントムの仕業であるようだし、アクトゥールでの一件も王宮内での別の件の余波だ。これによりパルシファル王の世継ぎが激減したという。
ただ、そういえば最近ナダラ火山の様子が正常に近づいているような……』
『――キロスの生存をこの目で確認することができた!ナダラ火山の観測の帰りで落としてしまっていた映像記録を回収に行っていたら、青年の姿をしたキロスを見つけた。ジオの力をうっすらと検知したから、恐らく近くにはセシルもいるのだろう。どうもキロス――いや、アルドだったか。彼は時を超えて旅をしているようだ。そんな力があることは驚きだが、昔から猫の周りでは不思議な現象が起きていた。キロスも800年程前から来たようだったし、そういうことがあってもおかしくないのだろう』
『――時の塔が機能停止をしてしまった!どうやらアルドは崩壊したエルジオンを助けにファントムの口車に乗せられてここに来たようだ。あの時のファントムの余裕はこれだったか。これで巨大時震を回避することは極めて困難になった。
……潮時か。これからは星の塔に籠もって方法を探っていかなければならない。パルシファル王は発狂しているだろうし、王宮にいては命が危ない』
『――ついに巨大時震が発生し、時層回廊が開かれた。プレートが現れた時はもう終わりだと思ったが、四大精霊の犠牲で、被害は最小限に抑えられた。その時層回廊もすぐに閉ざされ、時空の歪みは大分改善されたはずだ。望外の猶予、これは活かさなければならない』
『――四大精霊の欠片が世界中に散らばったお陰でサンプルに困ることはなく、ついにジオメタルが完成した。私の寿命が保って助かった。ジオメタルが実用に耐える程に放射能を落とすまでおよそ20000年。私は完成したジオメタルを見ることはできないだろうが、時空を越えて旅をするアルド達ならば、十分に活用してくれるはずだ』
「……これで日記は終わりだな」
日記を音声として再生していた機械が止まったのを見て、ガリアードが言った。
「俺としては中々に興味深い記録だったが、お前達にとってはどうだ」
「……クロノス博士の遺志、か……」
アルドはガリアード2号からの呼び名を反芻する。
「フッ、余韻に言葉など不要か」
ガリアードは笑う。
「今日は世話になった」
「ああ、こちらこそ。最後にいいものが聞けたよ。また何かあったら言ってくれ」
「無論だ。ヘレナが未来を見込むわけだ。俺もよくわかったさ」
次元戦艦に乗って、バルオキーへと帰る3人。
「……本当にすごい人だったんだね、2人のお父さんって」
「そうだな。あそこまで未来のことを考えていた人を、俺は他には知らないよ」
「もっとお父さんと話してみたかったな……お母さんも、見つかるといいね」
「きっと会えるさ、いつの日かな」
甲板ではそれぞれが余韻に浸っていた。
「……でもフィーネとしては一番気になったのはクロノス博士を想ってるっていう女性の話じゃないの?あのあたりでちょっとソワソワしてたよね」
「え、気付いてたの!?」
「いや、私すぐ隣にいたし。どう、ちょっと探してみない?」
「だ、ダメだよそういうの!ねえお兄ちゃん!」
「え、そこで俺に振るのか!?」
「あはははっ!いやー、うん、楽しか――」
「アルテナ!」
アルテナが笑っていると、どこからか彼女を呼ぶ声が聞こえてきていた。
言葉を止め、周りを見渡すアルテナ。
「……あれ、今誰か呼んだ?」
「……あ」
「どうしたのフィーネ?」
「あそこに、ギルドナさんが」
「え、兄さんが来てるの!?」
甲板から下を覗いていたフィーネが気付き、指をさす。
そこにはバルオキー村で険しい表情で腕を組み、次元戦艦を睨み付ける金髪の魔獣の青年の姿が。
「あちゃー、ちょっと時間掛けすぎたかな」
「ちゃんと謝った方がいいぞ?」
「わ、私も一緒にごめんなさいするよ!」
「ありがとうフィーネ、お兄さん!」
次元戦艦が着陸し、3人は下りてギルドナの所へ向かう。
「……アルテナ」
「ごめんなさい兄さん!ちょっと興味本位で過去と未来に行ってきてたの!」
「ごめんなさいギルドナさん!」
「……何故お前まで謝るんだかわからんが――アルド、お前はこういうのは止めてくれるものだと思っていたが」
「うっ、すまん。その、勢いに押し切られて……申し訳ない」
ギルドナからの無言の圧力。それはかつて魔獣王として君臨していた時と比べて遥かに恐ろしく感じられた。
「……はあ」
ギルドナが溜め息と共に腕組みを解く。
「元々お前の様子も問題なさそうだから、これ以上押さえつけるのも可哀想かと思っていたところだ」
「え、そうだったの!?」
「いきなり時空を越えてくるとは思ってなかったが……まあいい、しばらくはコニウムの中でジッとしておけ。どれだけ周りが心配したと思っている」
「……はい」
「フィーネ、アルド。アルテナが面倒をかけたな」
「いえいえ!面倒だなんてそんな!」
「そうか。ならいい。帰るぞ」
「あ、うん。2人とも、今日はありがとう!楽しかったよ!」
「またね、アルテナ!」
手を振って、2人を見送るフィーネ。
大きく伸びをするアルド。
「今日は疲れたな。早く帰って休もう」
「そうだね。何だか私、お爺ちゃんに会いたくなっちゃった」
短い距離だが足早に、2人は帰路に就くのだった。
この数日後、世界が書き換わった。
父の軌跡 中安 風真 @Ariadne-mass
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