第4話 ゼノ・ドメイン
「あ~、キノコウメとタケコンブ、ブレンドするとより深みが出るのね!これは発見よ。ありがとうフィーネ」
「お爺ちゃんがたまにこうして飲んでるのを見ただけだから、私が見つけたわけじゃないよ。まだまだあるからね。お兄ちゃんはお代わりいる?」
「……いや、遠慮しておくよ……」
一杯飲んであまりの渋さにダウンしたアルドが呻く。
「……成分分析……辛うじて人間が飲料可能なものと判定。栄養は素晴らしいが味は……」
ガリアードは分析の結果と、そして実際に目の前で普通に飲んでいる2人に戦慄していた。
……いや、実際にはアルテナが好んで飲んでいて、フィーネは少しずつ飲んでいる感じなのだが、それでも驚きは禁じ得ない。
ちなみにフィーネとアルテナの出会いのきっかけとなったのはキノコウメである。
次元戦艦の甲板はそんな混沌な状況にあった。雲の上でのピクニックとは、風情があるはずなのだが……
(女の子の趣向に口を出したりはしない。それが漢の中の漢の艦、合成鬼竜Z……)
鬼竜は沈黙している。
「さて鬼竜」
そっと目の前の少女2人から目を逸らし、鬼竜に話しかけるガリアード。
「過去でのクロノス博士の研究成果、その回収は完了した。このまま未来まで頼む」
「ふむ。構わないが、ゼノ・ドメインまで直接は連れていけんぞ?エルジオン・エアポートまでだ。それ以上は警報が鳴ってしまう」
「それでいい」
「わかった。航時目標点、座標AD1100年、エルジオン・エアポート!」
「あ、もう未来に行くのね!楽しみだなぁ。未来で魔獣に会えなかったってミュルスが言ってたのは残念だけど」
過去へ行くときと同じように、次元戦艦の前方に時空の穴が出現し、それを潜れば、今度は未来の空気となる。
「……ここが未来なのね。確かに2号さんも言ってたみたいにエレメンタルが薄い……」
「エネルギーの枯渇が深刻化したこの時代では、主要なエネルギー源が人工的に作られたゼノ・プリズマとなっている。しかしゼノ・プリズマには時空に歪みを溜め込む性質がある。ヘレナの記憶だが、巨大時震が起きたのだったな?」
「ああ。サラマンダー達のお陰で何とかなったけど」
「クロノス博士は前々からその危険性は発信していたが、広まってしまった貴重なエネルギー源を変えることなど困難だ。そこで研究されていたのが、フィーネ嬢の体にあるジオ・プリズマということだ」
「私の……」
フィーネが自分の胸に手を当てる。
ガリアードは下を見て言った。
「そろそろだな」
「へー、本当に空の上に建物があるんだ!」
エルジオン・エアポートの端から、アルテナが下を覗く。
「懐かしいな。エイミと最初に会ったのがここだったんだ」
「へえ、どんな感じだったの?」
「月影の森の時空の穴を通ったらここに来たんだ。あの時はバルオキー村がもうないとか、1100年とか、突然のことで混乱したな……」
「なるほどね。その気持ちわかるなぁ」
バルオキー村よりも近い空を見て、しみじみと呟くフィーネ。
「ガリアード、目的地はゼノ・ドメインだったっけ?」
「ああ」
「じゃあまずは司政官室フロアだな」
「ゼノ・ドメインにはこれを使って行くんだ」
真っ白な司政官室フロアにある黒い扉。
その前に立ってアルドは言った。
『バベル・エルジオン間エアバスは現在行先を限定して運行しています。バベル搭乗フロアに入場しますか?』
「バベル?」
「ゼノ・ドメインに行くための軌道リフトだ――まあ実際に乗った方が早いだろう」
そう言ってガリアードはパネルを操作し、扉を開く。
通路の先にあるもう1つの扉を開くと、真っ青な空が広がった。
「わあ、高い!空しか見えない!」
「驚くのはまだ早いぞ」
ガラスに張り付いて興奮するアルテナや、手すりに掴まって外を眺めるフィーネを温かい目で見守るアルド。
やがて、振動と共にリフトが動き出す。
「わ、床が動いてる!?」
リフトは加速していき、成層圏で摩擦で赤くなった後は、宇宙へと到達する。
そして宇宙の星々の光は、最後にはゼノ・ドメインの金属の輪に遮られた。
「着いたぞ」
ガリアードの一言に我に返るアルテナとフィーネ。
リフトを降りればそこはゼノ・ドメインの内部であり、周りには研究機材や警備用の機械で溢れていた。
「クロノス博士の研究室は深層区画にある。警備用ロボットを刺激するなよ」
エスカレーターを使って、ドンドンと進んでいく4人。
興味深そうにキョロキョロしていたアルテナだが、使い方がわからないせいか、やがて興味を失った。
「ここだ」
主のいなくなった研究室の扉を開く。
窓から見える宇宙空間、倒れた椅子、そして机には家族のホログラムが映っていた。
「これが……?」
「ああ、クロノス博士とマドカ博士、そしてエデンと、マドカ博士が抱いてるのがセシル――フィーネだ」
「お父さんと、お母さん……」
「へえ、これがフィーネなんだ――あれ?」
顔を覗いてみようと背伸びをしたアルテナが、ホログラムに触れられないことに声をあげる。
「これ触れないんだ……あ、この角度なら顔が見える!可愛い~」
「あ、アルテナ!そんなに見ないで恥ずかしいから!」
やいのやいのと騒がしくなる2人をよそに、ガリアードは端末を弄り始める。
「何やってるんだ?」
「過去から回収してきたデータの照合と入力だ。下手に物理的に保管しているよりも電子的に保管している方が安全だからな」
「そ、そうか……」
何を言っているかわからなかったアルドは取り敢えず頷いておいた。
「ねえねえ」
そんな時、アルテナから呼ばれる。
「お兄さんって、実際の姿は猫なんでしょ?」
「ああ。キロスっていう飼い猫だったみたいだな。あんまりその時の記憶とかはないけど」
「ふーん……」
アルドとホログラムを交互に見比べるアルテナ。
「でも面影はちゃんとあるんだね。あの時はまだフィーネは赤ちゃんだったんでしょ?ジオの力って、やっぱりすごいんだね」
「隣の部屋にはアルファ・ジオっていうのもあるけど――あの部屋にいい思い出がないな……」
暴走しかり、ヒクイドリしかり……
「――終わったぞ」
「あれ、早かったなガリアード」
当時の出来事を思い出しているとガリアードから声をかけられ、現実に戻されたアルド。
「ああ。やはり過去では研究環境がここと比べて劣悪なせいか、新しい技術というものはジオメタルを始めとした3、4件で少なかった。恐らく既存の技術でやりくりしていたのだろう。その上で時に干渉するシステムを作り上げるあたり、さすがだと言わざるをえないがな」
どこか誇らしげに語るガリアード。
「――そうだ、クロノス博士の日記があったぞ。再生するか?」
「お父さんの日記?勝手に覗くのは気が引けるけど、ちょっと気になるかも」
「そうか、では再生するぞ」
ガリアードが端末のキーを叩いた。
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