第3話 ケルリの道・時の塔

「ここがケルリの道……何だか暗くて不気味な場所だね……」


コリンダの原の神秘的な風景とは一転、不気味な気配を感じるケルリの道はアルテナとフィーネには不評だった。


「レイヴンが言うには、この辺りには怨念が漂ってるらしいんだ。特にあのかがり火みたいなものの近くはそれが濃いみたいなんだ」


怨念、という言葉に何か感じたのか、肌をさするフィーネ。

一方、アルテナは神妙な顔をしていた。


「怨念……感じるエレメンタルも何だか澱んでて、辛そう。エレメンタルが豊富でも、こういう場所があるんだね」


思いをはせているのは、魔獣城のある不毛の暗黒大陸だろうか。


「……あそこにいるのは?」


アルテナの視界に、仮面をつけた集団が映る。


「あれはハマーンの一族だな。魔物なのか人なのか、俺もよくわかんないけど」

「つまり、あたし達魔獣みたいな一族なんだ」

「――見えてきたな」


時の塔を見つけてガリアードが言う。


「時の塔までもうすぐ――ん?」


ガリアードの言葉に応えようとしたアルドは、何かに気付いて立ち止まった。


「どうした?」

「いや、あの魔物――」


アルドが指した方には、カタツムリの魔物マイマインが。


「ほう、未来では既に絶滅している魔物だな。あれがどうした?」

「いや、いつも見ているよりも大きい気がするんだ」

「……何?」


ガリアードが眉をひそめる。


「そういえば先程も、魔物が大きかったと言っていたな」

「ああ」

「偶然じゃないの?魔物にも大きいの小さいのいるでしょ?」

「……先刻、2号と話していたときに聞いてきたことがある」

「2号から?」


ガリアードは頷いた。


「最近、この近辺を中心として魔物の被害が増大しているそうだ。そして出没した魔物の中には巨大化しているものがいた、とかな。荷物は荒らされており、幾人かの犠牲者も出ているらしい」

「え、そんな!?」


フィーネが息を呑む。


「そしてここが一番の問題だが、何故2号が知っていたか、だ」

「え、それはこの近辺の出来事だから、じゃなくて――」

「まさか、クロノス博士の研究が関わってるとかなの?」

「ッ!?」


アルテナの言葉にアルドは絶句し、ガリアードは肯定した。


「その通りだアルテナ嬢。確認されたのは初歩中の初歩の生体技術だが、それでもここまでの脅威だ。これは人為的なものだと見て間違いないだろう」

「酷い話ね」

「クロノス博士の技術が関わっている以上、犯人は見つけ次第捕らえなければならない――あの時に捕まえておけば良かったと後悔している」

「あの時?」

「コリンダの原の魔物、あの近くに誰かいたぞ」

「な!?そんな近くにいたのか!?」


驚くアルドに、ガリアードは頷いて拳を握る。


「俺も認識が甘かった。次は逃がさん」

「そうね。そういうことなら――」


アルテナがゆっくりと、巨大化したカタツムリの魔物マイマインに近づいていく。


「被害がこれ以上出る前に、仕留めた方がよさそうね」

「ああ!」

「ごめんね、あなたも苦しいのはわかってる。すぐに楽にしてあげるからね」


4人が武器を構えると同時に、巨大化したカタツムリの魔物マイマインが襲ってきた。




「これで大丈夫よね」


巨大化したカタツムリの魔物マイマインが動かなくなったのを確認して、アルテナが言う。


「時の塔に急ぐぞ。何かあるかもしれん」

「ああ、こっちだ。案内は任せてくれ!」




時の塔のほぼ最上部に位置する刻の間。中央に大きな時計があり、アルド達はその裏側、『12』の位置に値する場所にいた。


「ここから最上階に行けたはずだ」

「そうか。では行くとしよう」


最上階へと通じるワープゾーンへ4人は踏み込む。

最上階の空間は、周囲を無数の胎児の顔に囲まれた場所であり、床には複雑な紋様が刻まれている。


「ヒッ」


初めて訪れるフィーネとアルテナは、その異様な光景に悲鳴を漏らした。


「ほう?なるほど……この塔はそれ自体が1つの集合生命体ということか――お前の言った通り、内側から完全に機能が停止しているな。これなら問題はあるまい……それよりも――」


ガリアードは周囲を分析しながら、『ソレ』に向かって歩みを進め、拾い上げた。


「これは、以前にお前が来たときもあったのか?」

「何だこれ、紙……?」

「脱いでぐちゃくちゃになった服、これは空っぽの壺……何だか誰かが生活してたみたいな感じだね」


家で家事を行うフィーネが言う事に、アルテナはポカンとする。


「えぇ、こんな場所で生活……?」

「ふむ、クロノス博士は所謂ずぼらだったからな、可能性はあると思ったが――」


その時、別の誰かが最上階へと入ってきた。

ローブ姿の男だ。


「ん?うわ!?だだだ誰だお前達は!?ここがどこかわかってるのか!?」

「当たりか」


ガリアードは小さく呟いて男に近づいた。


「お前こそ何者だ。ここはクロノス博士の遺した場所であり、お前のような者が立ち入っていい場所ではないぞ」

「はぁ?クロノス博士ぇ?誰だそいつ?ここは俺の家だよ!服とか壺とか置いてあるの、見えないわけ?」

「つまり不当にここを占拠しているという訳か――アルド、逃げ道を塞いでおけ」

「え?あ、わかった」


アルドは訝しげな顔で、男の後ろに立った。


「それで、これは本当に何ですかねぇ?強盗ですか?」

「賊か。まあある意味では間違っていないな」

「え、どういうことだガリアード!?」

「黙って聞け、アルド」

「おやおや、今度は仲間割れ。あの、本当に邪魔なんで帰ってもらえます?俺こう見えても忙しいんで」

「無論、すぐに帰らせてもらうさ――お前を捕らえてからな」

「……は?」

「コリンダの原にいたことがバレバレだぞ?袖が微かに光っている」

「!?」


男は慌てて袖を隠したが、逆にそれが怪しさを際だてる。


「そ、それが何ですか?確かに私はさっきまでコリンダの原にいましたけど」

「ついでに言えばそこの資料だな。クロノス博士の筆跡ではないから持ち出したものではないだろうが、書かれている内容は魔物を巨大化させる生体技術についてだ」

「なっ」


ガリアードの追及に酷く狼狽する男。アルド達はその言葉に警戒を最大限にした。


「元々は食糧問題の解決のための技術を、人に襲わせるなど言語道断!ここで捕らえさせてもらうぞ!」

「……ククッ、大人しく退散しておけばよかったものを」


瞬間、頭上から男を守るように2つの人影が落ちてきた。

ハウス・キーパーと、ランド・スチュワードだ。


「え!?」

「こいつら、さっきまでの魔物とは全然違う!」

「そういえば、私の実験成果を勝手に処分してくれましたねぇ……私の実験の邪魔をする奴は、死んでしまえばいい!」


2体の魔物が襲いかかる。




「ば、馬鹿な……私が特別手をかけた2体が……」

「小悪党の手駒など、所詮その程度だ」


ガリアードが男を捕縛する。


「く、くそ……」

「お前には色々聞きたいことがある。教えてもらおうか」

「あ、あたしも。あんたには苦しんだあの子達の代わりに言いたいことが山ほどあるんだから!」


ガリアードとアルテナの2人に男は引きずられていく。


「俺達は星の塔に戻る。アルド達は先に次元戦艦に乗って待っていろ」

「わかった」

「お願いしますガリアードさん、アルテナ。そろそろいい時間だし、お昼の準備しておきますね!」

「いや、俺は食事は……まあいい」


ガリアードは何か言おうとしたが、結局そのまま最上階を去った。


「じゃあ、お兄ちゃん。ここを掃除しよう?」

「掃除?」

「うん。ここもお父さんが作った大事な場所なんでしょ?ならキレイにしておきたいの!」

「ああ、なるほどな。それなら手伝うよ、フィーネ」

「ありがとうお兄ちゃん!」


そうして2人は掃除を始める。

なんとはなしに、この時の塔での話が始まった。


「――考えてみれば、最初はクロノス博士の邪魔をしてたわけなんだよな、俺って」

「でもエイミがいなくなっちゃったんでしょ?それなら仕方ないと思うよ」

「結果的にはな。俺の手が届いてよかったよ――こんなもんかな」


拭き掃除が終わって、アルドは立ち上がる。


「……」


ふと、胎児の顔を見て、ホライのことを思い出した。

あの老婆の元ハンターは『骸顔児』と呼んでいた。

ただ、あの時見たのはここにあるのと比べて明らかに小さい。

もしや、時の塔の残骸が、各地に散らばっているのだろうか……


「……お兄ちゃん?どうしたの?」

「……いいや、ちょっと考え事してただけだ。鬼竜に戻ろう」


アルドとフィーネも立ち去り、最上階には静寂が戻った。

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