第2話 コリンダの原・星の塔

「――そういうわけで頼めるか、鬼竜?」


次元戦艦。それはかつて人間と敵対する合成人間達が、自分らの社会を作ろうと過去へ飛ぶために製作した巨大な空飛ぶ戦艦だ。

次元戦艦を制御しているのは合成鬼竜という、いかつい姿をした者である。


「なるほど、了解した。人数はこれで全員か?」

「……ああ」

「よし、それでは出発しよう。航時目標点、座標BC20000年、コリンダの原!」


甲板にアルド、フィーネ、アルテナ、ガリアードを乗せて、次元戦艦は加速する。やがて前方に時空の穴が出現し、それを潜ればそこはもう、バルオキー村の存在するAD300年ではなく、BC20000年の太古の空気だ。


「わあ、ここが大昔の過去なんだ!すごい、エレメントの力で満ちてる!」


時空の移動を体感したアルテナは興奮したように、しかして周りをしっかりと感じるように深呼吸をした。


「今向かってるコリンダの原は特にそうだな。精霊がたくさん棲み着いてるんだけど、最初は手強くて大変だったな……」

「精霊!?うわぁ見てみたい!」

「え!?危険なのはナシだって言ったじゃないか!」


段々と次元戦艦の高度が下がっていく。雲の海を抜け、眼下に広がる世界を見てフィーネとアルテナが感嘆の声を上げる中、ガリアードは険しい顔をしていた。


「ん?どうしたんだガリアード、そんな顔して」

「……アルド、あれは何だ?あれも明らかにこの時代のものとは思えないが」


ガリアードが指すのは進路方向の星の塔ではなく、もう1つの塔だった。


「ああ、時の塔か」

「時の塔?あれはクロノス博士が建てたものではないのか?」

「え?そうだな……確か、パルシファル王の予言者が関与して、未来を変えるために作り上げた塔だったはずだな。あ、でもその予言者がクロノス博士だったから……」

「ではあれも、クロノス博士が建てたものだと言えるわけだな?」

「そう、なるな」

「全く、何故そう歯切れが悪いんだ?」

「いや、あの時は崩壊したエルジオンを元に戻そうとしか考えてなくて」

「崩壊したエルジオン?」

「ちょうどあんたを倒した後のことだな――」


アルドはその時のことを軽く話す。

祝勝会の最中に目の前からエイミが突然消えたこと、ファントムが現れて唆されたこと、過去へと続く時空の穴が開いたこと、パルシファル王の自己中心的な態度のこと、そして時の塔を停止させたこと。


「――そういうわけで、今はあの塔は動いてないはずだ」

「なるほど。だがクロノス博士が関わった場所であるのなら、念のためにそこも確認した方がいいだろうな」

「わかったよ、そこの案内も任せてくれ」

「――あー、話の途中で悪いが、そろそろコリンダの原に着くぞ」

「ああ、ありがとう、鬼竜」

「――ねえ、今更だけど、その星の塔っていうのに入るのはできなくても、その近くで下ろしてもらうことはしなくていいの?」


本当に今更な質問をアルテナがする。


「今はどうかわからないけど、前に星の塔に行こうとしたときは、鬼竜で来るなって言われたんだ。理由は……えっと……」

「恐らく相互干渉を恐れたのだろう。クロノス博士のことだ、防衛機能も設置していただろうが、それが鬼竜をキャッチすると過剰に反応してしまう可能性がある。それは鬼竜でも同様のことだ。故にそれを避けるために、クロノス博士はそう提言したのだと思われる」

「んー?よくわかんないけど、まあ大変なことが起きるのを避けたのね。やるじゃない、そのクロノス博士っていう人」

「無論だとも。クロノス博士は歴史上で最も偉大な、研究者だったのだから」


ガリアードは誇らしげに言った。




「わあ、おっきなキノコが光ってる!しかもこんなにたくさん!キラキラしててキレイ……」

「あ!あれが精霊かしら?『穹葬』の御使いみたいな鳥もいる!」


コリンダの原に降り立ったフィーネは、周囲のキノコを熱心に観察し、アルテナは気ままに散策をしていた。


「ねえお兄ちゃん!何だかここって、月影の森みたいだね!」

「え?あー、言われてみれば確かに――」

「地図情報を比較してみれば、コリンダの原はAD300年の月影の森のある場所と一致する。いささか年代が離れすぎているが、雰囲気が似ているのはそれもあるだろう」

「わー、そうなんだ!」


自分の知っている地名が出てきて楽しくなるフィーネ。

しかしそこに水をさす鳴き声が響いた。


『ピュロロロロッ!』

「ん?近かったな――」


アルドは周囲を見回す。


「あそこだ」

『ピュロロロロッ!』

「きゃっ!」


ガリアードが指さす。するとそこには、近づき過ぎて襲われたアルテナと鳥の魔物ヨルザヴェルグがいた。


「ア、アルテナ!?」


襲われ膝をつくアルテナへ、鳥の魔物ヨルザヴェルグが飛びかかる。それを間一髪でアルドが弾いた。


「大丈夫か!?」

「あ、うん、大丈夫!」

『ピュロロロロッ!』


鳥の魔物ヨルザヴェルグが甲高く鳴く。すると周囲の精霊達がわらわらと集まり、アルドとアルテナは囲まれてしまった。


『ピュロロロロッ!』

「一旦こいつらを追い払わないとな」

「ええ、そうね――なんだか苦しんでるみたいだけど、ごめんね!」




「せいっ!」


アルドの振るう剣が精霊を切り倒す。


「やあっ!」


アルテナの射る矢が鳥の魔物ヨルザヴェルグを撃ち落とす。


「キリがないな、数が多すぎる!」

『ピュロロロロッ!』


攻撃を回避しながら、アルドは叫んだ。


「ふんっ!」


直後、上から落ちてきた何かによって、包囲が崩される。


「何を手間取っている、こっちだ!」

「ガリアード!」


ガリアードが作った道を、アルドとアルテナは走った。


「ふぅ、助かったぁ」

「お兄ちゃん!アルテナ!大丈夫?回復するよ!」


包囲から逃げ切った先にいたフィーネが駆け寄り、杖を振るう。

アルドとアルテナの傷と疲労が回復した。


「ありがとうフィーネ!」

「大分楽になったよ。ありがとう」

「……お前、一度来たのではなかったのか?余計なところで体力を使ってどうする?」


ガリアードが腕組みをして尋ねる。


「うっ、あんなに囲まれることはなかったんだ。相手してたのがいつものヨルザヴェルグよりも大きかったことに気が付かなくて。悪い、判断を間違えた」

「アルテナ嬢もだ。知らない魔物に1人で近づいてどうする?」

「……ごめんなさい」


ガリアードに叱られて、バツの悪い顔をするアルドと、シュンとするアルテナ。


「まあまあ、お兄ちゃんもアルテナも大きな怪我がなくて良かったよ!ほら行こ!星の塔ってあれでしょ?」


気まずい空気を読んでか、フィーネが遠くに見える塔を指さした。


「……ああ、じゃあ行こうか」


アルドは頷き、4人は星の塔へと入っていった。

一瞬、ガリアードは立ち止まって振り返ったが、すぐに後に続いていった。




コリンダの原のまた別の場所。

ローブを纏った男は、巨大化した鳥の魔物ヨルザヴェルグの亡骸を見て何かを呟いていた。




「――ここが一番上だな」


星の塔の最上階である9Fに辿り着いたアルド達。

奥からガリアード2号が出迎えてくれた。


「ようこそいらっしゃいました、クロノス博士の遺志を継ぐ者達よ」

「何だこいつは……?」

「クロノス博士がここで研究してたときの助手だよ。名前はガリアード2号」

「俺の後継機ということか?」


最近、自称後継機と遭遇したせいか、ガリアードは少し警戒するように尋ねた。


「いえ、私は戦闘用には設計されておりませんし、『クロノス・レポート』へのアクセス権もございませんので、あなたの後継機だとはとても名乗れません――初めまして、オリジナルのガリアード」

「そうか。貴機のような者がいるのなら話は早い。クロノス博士の技術の漏洩を防ぐために貴機にも協力してもらいたい」

「かしこまりました。ではこちらへどうぞ――」

「助かる――アルド、お前達は少し待っていてくれ」

「ああ」


警戒を解いたガリアードは2号と共に、奥の方の一室へと進んでいった。


「……お父さんはガリアードさんのことが本当に大切だったんだね」

「あー、それわかる。この塔を登っていくとき周りに見えたのって、ガリアードさんにそっくりだったもんね」

「ガリアードとヘレナはクロノス博士とマドカ博士が最初に作った合成人間なんだ。だから思い入れもあるんだろうな」

「最初、か……そういえばフィーネのお兄さん」

「何だ?」

「お兄さんは何でクロノス博士のこと、フィーネみたいにお父さんって呼ばないの?何だか他人みたいな呼び方だよね」

「え?あー、元々はクロノス博士が父親だったとは知らなかったし、何なら敵とも思ってたんだ。旅の最中に未来で名前を聞いて、その時は失踪した重要そうな人としか思ってなくて、でもゼノ・ドメインで本当のことを知って、それでちょうど、ここでパルシファル王に殺された」

「「…………」」

「多分まだ、クロノス博士が父親だって実感がないんだろうな。知ってすぐに、死ぬのを目の前で見たし。煉獄界では少しだけ話せたけど、いなくなっちゃったし」

「そう、だったね……」


煉獄界で話したときは、フィーネも一緒だったな、とアルドは思い出す。


「まあその後も、周りはクロノス博士って呼ぶから、俺もそっちに合わせちゃったんじゃないかな」

「じゃあさ、今呼んでみたら?」

「え?」

「クロノス博士のことをお父さんってさ。私は自分の親のことは知らないけど、お兄さんはわかってるんでしょ?ならそう呼んであげないのは悲しいことだよ」

「アルテナ……」

「ほら、言ってみなよ『お父さん』って」

「……お……お、お父、さん……」


アルドの顔が赤くなる。


「うわ、すごい恥ずかしいなこれ!?悪い、まだもうちょっとクロノス博士って呼ばせてくれ、努力はするから!」

「こういう時は女々しいんだね、お兄さんって」


ジト目のアルテナに、クスクスと笑うフィーネ。


「……待たせたな」

「ガリアード!もう資料とかは大丈夫なのか!?」


逃げるようにガリアードへと駆け寄るアルド。


「?ああ、一先ずの回収は済んだ。本当は貴機にも来てもらいたいのだが……」

「私はこの時代に最適化されて作られていますので、エレメンタルの薄い未来では、稼働が難しいでしょう」

「そうか――ではアルド、次の場所、時の塔へ向かうぞ」

「わかった。時の塔はコリンダの原を抜けてデリスモ街道に出て、そこから南西のケルリの道の先にあるんだ。行こう」


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