父の軌跡

中安 風真

第1話 バルオキー村の村長宅

オーガ戦役を無事に終え、再び平和を取り戻したミグランス王朝。

そしてレオとの決着をつけ、ヘレナの憂いを払うことができたアルド達は、久方ぶりの平穏な日常を享受していた。




バルオキー村の村長宅では、村長の孫娘が遠くから来訪した親友を歓待していた。


「――それでね、お兄ちゃんったらその時に深追いしすぎちゃって、湿原の沼に落ちちゃったんだって。お陰で帰ってきた時は臭いが酷くって……しばらく村の子ども達に会う度に『アルド、臭い!』って言われてたんだ」


銀髪のショートヘアに花の飾りをあしらい、白いマントをまとった赤い瞳の少女、フィーネは最近の出来事を楽しげに話していた。


「あぁ……それは大変だったね。あたしの兄さんもガバラギとかイゴマで魔物を狩ってきた時は返り血で真っ赤になっちゃって、コニウムに帰ってきたらヴァレスに怒られてるのを何度か見るよ。『魔王様!屋内には汚れを落としてから入ってくださいと何度も言っているではありませんか!』だって。どう、ちょっと似てた?」


一方、長い赤毛を三つ編みで後ろに束ね、黄色い瞳の少女、アルテナはそれに声まねを交えて返した。

2人は人間と魔獣、全く異なる種族ではあるのだが、幼い頃の数奇な縁で、今ではこのように親友と呼んで差し支えない間柄である。


「うん、意外に似ててビックリした!」

「うちの子ども達も、こんな感じで声まねしてるよ。兄さんに聞かれたら大変だから、『何度も言っているではありませんか』のところだけだけどね」


色気のない話だが、話題は2人の兄についてのようだ。


「ただいまー」


そんな折、当の本人の1人が帰ってきた。

短い黒髪に黒い瞳の青年。腰にはオーガベインという大剣を佩いている彼はフィーネの兄でアルドだ。


「あ、おかえりお兄ちゃん!」

「お邪魔してまーす」

「ただいまフィーネ。アルテナもいらっしゃい。体はもう大丈夫なのか?」


アルテナはオーガ戦役の際に、オーガゼノンに精霊大剣の核として搾取されていた時期がある。


「うん。もうばっちり平気だと思うんだけど、周りが『まだダメ、まだダメ』ってうるさくてね。今日もこっそり来ちゃった」

「え?ギルドナ達に知らせないで来ちゃったのか!?今頃大騒ぎになってるんじゃ……」

「大丈夫大丈夫。実際ちょっと弓を試してみたけど、問題なさそうだし」

「弓?アルテナは弓が使えるのか?」

「あれ?見せたことなかったっけ?」

「ああ」

「私は魔獣城で何回も見せてもらったけど、アルテナすっごく上手なんだよ!」

「へぇ。それなら確かに大丈夫そう……ん?」


一瞬の沈黙。


「いやそれ、理由になってないだろ!」

「え~、いけると思ったのに~」

「自覚あったのか!」

「すっごいお人好しなフィーネのお兄さんならいけるかな~、って――」


と、アルテナが言い訳をしようとした時、コンコンコン、と玄関の扉がノックされた。


「あ、お兄さんお客さんだよ」

「ぐ、後で覚えておけよ……」


助かったという表情で喜々と指摘するアルテナに、言いたいことは一先ず呑み込んで、アルドが扉を開ける。

そこにいたのは、全身を未来の技術で包んだフルフェイスの男、ガリアードだった。


「……ここにいたか。ダルニスから午後は休みだと聞いていたが、その情報は正しかったようだ」

「珍しいな、ガリアードがここに来るなんて。体の調子は平気か?」


ガリアードも先日、レオとの戦闘を終えたばかりだ。その際に『忠誠回路』を克服するにあたって、一度人格諸々のデータが消えている。


「今の俺のボディに故障の類いはない。回路も異常はない。よって不調などはないな」

「そうか。それでどうしたんだ?俺に何か用か?」


ガリアードはチラリとアルテナ達の方を見て、問題ないと判断したか、要件を話し始めた。


「実はクロノス博士の研究資料を回収に向かいたくてな、お前にも来て欲しい」

「クロノス博士の?未来に行けばいいのか?」

「違う、過去だ。クロノス博士の建てたものが、BC20000年の過去にあるのだろう?」

「過去にクロノス博士が建てたもの……?あ!星の塔か!」

「思い出したようだな。クロノス博士の研究成果が過去の時点で存在し、それがどの時点で他者に流出するかわからぬなど、未来にどう影響するか計算できないほどに危険だ。故に回収しておきたい」

「た、確かにそう言われるとそうだな――でも、それなら俺は必要か?ここに来るときも鬼竜に乗ってきたんだろ?俺には難しいことはわからないし、その点鬼竜なら場所も知ってるし、頼りになると思うけど」

「その星の塔とやらは、あのデカブツが入れるほどに大きいのか?」


ガリアードの質問に、アルドは少し考える。


「――いや、無理だな」

「ならばお前が適任だ。元よりお前に資料の精査など期待していない。迅速な回収のために内部の案内をしてもらうだけで十分だ」

「そうか。そういうことなら協力させてもら――」

「はいはーい!私も連れてって欲しい!」

「アルテナ!?」


アルドの言葉は、目を輝かせたアルテナの勢いに遮られた。


「フィーネ達の話を聞いたときから、過去とか未来とか行ってみたいって思ってたのよね!ね、いいでしょ!」

「いやダメだろ!フィーネも何か言ってくれ!」

「……お兄ちゃん、実は私も……」

「フィーネ!?」


まさかの妹からの裏切りに愕然とするアルドに、ガリアードが尋ねる。


「アルド、こちらは?」

「え?ああ、俺の妹のフィーネと、ギルドナの妹のアルテナだ」

「ほう、身内か。なら俺は構わんぞ」

「ガリアードまで!?」


そしてガリアードの許可によってアルドは追い込まれた。


「フィーネのお兄さん、ダメなの?」

「ダメだ!ただでさえギルドナ達に内緒で来てるんだろ?その上でさらにどこかに連れてくなんて!」

「えぇ~……じゃあしょうがないなぁ」

(諦めてくれたか?)


アルドはホッと安心する……のも束の間。


「連れてってくれないと、コルタナの子ども達にお兄さんの恥ずかしい話を教えちゃうよ?」

「……は?」


アルドはフリーズした。


「恥ずかしい話!?フィーネいったい何を話したんだ!?」

「えぇ?えっと……えへへ……」


フィーネは笑って誤魔化した。


「どうするの?子ども達に話が伝わると、ミュルスとかヴァレスとか、兄さんにも伝わっちゃって、最後にはお兄さんの仲間にも伝わっちゃうかもよ?特にミュルスは口が軽いから……」

「ぅ……」


頭を抱えるアルド。そして出した結論は――


「……わ、わかった……」

「やったぁ!ありがとねお兄さん!」

「ありがとうお兄ちゃん!」

「その代わり!危ないことは絶対させないからな!」

「「は~い!」」


喜ぶ2人の横で、アルドは苦悶の表情で敗北に沈む。

その様子を見ていたガリアードは1人思う。


(魔獣……この時代の魔獣は人間と対立し、迫害される立場にあった。それが今はこうして人間達に溶け込んでいる……アルド達の周りだけかもしれないが、俺達合成人間も、この関係を目指さなければな……)

「話はまとまったようだな。なら俺は先に次元戦艦に乗っているぞ」


ガリアードは村長宅を出て行く。その顔は、僅かに笑っていた。

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