伝統の石と伝説の男−失敗系RPG−

幽山あき

夢見る少年と、伝説の剣士

…すべて失った。俺には何もない。


…こんなもの…使うべきじゃなかった。

ごめんな。


この街には、伝説の剣士がいるという。


俺はずっと、剣士に憧れていた。父親はこの街一番の剣士で、俺もいつかああなると思っていた。体の弱かった母は俺を生んで死んだらしい。俺らは父が引退する前にクエストで稼いだ銭で平穏に暮らしている。

でも、いつまでもそんな裕福ではいられない

そろそろ俺が冒険に出て稼ぐ番。

父さんも期待してくれている。父さんの助けを借りつつ準備を始めることにした。


掲示板で仲間の募集を探して何とか5人、弱いなりにもパーティーを組んだ。

俺のほかに、ヒーラー、弓使い、魔術師、盗賊。これで旅に出るための腕章をもらえる。

最強の息子だから、負けるわけはない!!ほかの奴らがどれほど雑魚で使えなくても俺一人でだって勝てる。

父さんが旅に出た時に持ち歩いていたお守りをくれた。本当に危険な時これの中身を使えば、自分の身を守ってくれるらしい。きっと使う日なんて来ない。


最初の時挑めるのは雑魚だけ。簡単すぎてつまんない。殴るだけで消えっていく雑魚モンスターを倒してレベリング。稼げるのはその日その日の小遣い程度。父さんのようになるには程遠い。パーティーの雑魚たちにイライラしてぶつかり合うことも多かった。もっと鍛錬しろ。俺と同じくらい強くなれ。反抗的な態度をとるなら一人で戦えよ。結局黙るなら口答えなんてすんな。そういつも怒鳴っていた。


俺はどうにかして強い奴と戦いたくて酒場で有力な情報がないか偵察をしに通っていた。するとレベリングせずに、強くなる方法に巡り合うことができた。


それは、ほかのパーティーを潰して腕章を奪うということだった。


今すぐにでも実行したかったが、父さんから渡されたお守りを見るたびチクリと胸が痛む。パーティーの奴らには反対されたし、もし実行するなら自分一人でやるしかない。

悩んでいるうちにそれなりの実力もついてきた。パーティーもぶつかりながらも連携が取れるようになってきた。しかしそれと比例して、過ぎる時間の中、焦る気持ちも大きくなっていった。


大幅にレベルの高いパーティーじゃなくてもいい。一回だけ。少しだけ強くなりたい。

そんな気持ちから、自分一人で勝てそうなパーティーを襲った。


奪えてしまった。勝ってしまった。


後ろめたさと嬉しさが重なって複雑な気持ちになった。もちろんパーティーの仲間には何も言えない。


次のバトルは仲間がだいぶ負傷した。しかし一方で報酬はいつもより多くレベルも上げやすかった。腕章を奪うということの味を占めた俺は夜な夜なほかのパーティーを襲った。


気づいた時には町中で噂になるほどの数の他人を俺は襲っていた。その方法なら簡単に強くなれた。しかしその代わりに戦闘に出るたびメンバーはボロボロになっていく。俺はだんだんおかしくなっていった。


ある時大きな依頼が来てかなり強いモンスターの討伐へ行くことになった。

圧倒的な力の前ではイカサマをして手に入れた力は全く役に立たなかった。


俺らが得られたのは、仲間の犠牲。犠牲が弓使いの一人で済んだ奇跡。という、最悪なものだった。


しばらくは戦いに出る気も起きない。しかし手に入れてしまった自分たちに不釣り合いなハリボテの力は俺らが戦うことを強制してきた。止まらない依頼。伸びない実力。どんどん失われるチームワーク。ボロボロになっていくメンバー。


仲間の治療で精神がすり減ったヒーラーは、自ら命を絶った。


実力以上の力を使った魔術師は、戦闘中に魔力が付尽き、逃げることすらできずに死んだ。


報酬の亡くなった生活で困窮に耐えられなくなった盗賊は、繰り返し町のものを無差別に盗み、商人たちの手で殺された。


俺の勝手なわがままでパーティーの仲間は全員死んだ。


もうなんでもいい


自暴自棄になった俺は最初に仲間を失ったクエストに一人で行くことに決めた。


俺らが最初に挑んだ時より時間がたってモンスターはいろいろなものを取り込んでより強力になっていた。


気持ちが悪かった。それは、なぜか。


取り込まれた中に、あの“俺が殺した”仲間たちがいたからだった。

魔法攻撃からの、矢の連鎖。ダメージを与えてもすぐに回復する。俺の魔力、攻撃力は徐々に吸収されていった。


俺らにできなかった連携を。こんな汚いこんなに醜いモンスターに軽々なされて。


そうか。もう何一つ失うものはなくなったんだ。なら…


手には、あの使うことのないと思っていたお守り。


開けると中には、ひとかけらの石が入っていた。

その石に触れた途端、傷の痛みは消え、魔力があふれてきた。なんだか、少し体が軽くなった。あふれる魔力を纏う剣。一振りでモンスターに回復できないほどのダメージを与えられた。

これで本当に俺が殺したんだ。叫び声が聞こえる。今までの苦痛をひとまとめにしたかのような叫び声が。


俺が終わらせないといけない。…ごめんな


最後の一振りをしたとたん、モンスターの叫び声とともに意識が遠のいていった。


やっぱり駄目だったか。


異形と化した息子を眺める、かつて伝説と言われた剣士。


俺はな、ずいぶん昔にこの石を使ったんだよ。


言葉も理解できない異形へ、剣士は一人、話しかける。


その時から、「手に入れたものをすべて失う呪い」にかかった。

仲間は俺のせいで死んだ。皆おまえと同じように異形になった。異形を倒し続けた俺は何も知らない人間から伝説の剣士と称えられるようになった。何も持たず一人で戦っている中で心惹かれる女性に出会ってしまった。吉か凶か、事が運び結婚した。伝説の称号を捨て、しばらく何事もなくやっていた。しかしいつからか、彼女は病弱になった。どんな手を使ってでも治そうとした。

…むりだった。どんどん衰弱していく中で唯一彼女の望んだ、子供が欲しいということ。それをかなえた瞬間、彼女も死んだ。

それから男手一つで彼女の代わりのようにお前を育ててきた。


でも、お前が剣士になるといったとき、やっと俺の呪いはお前に受け渡せるんじゃないか、なんて最悪な考えがよぎってしまった。


やっぱり呪いの受け渡しなんてできなかったんだな。


俺は、自分を救うために彼女の残したお前を犠牲にしようとして、失敗した。


…すべて失った。俺には何もない。


お前も俺も何も失うものがなくなって、自分を失ったんだな。


…やっぱり親子だな。


…こんなもの…使うべきじゃなかった。

ごめんな。


理解できているのかさえ分からない異形は唸る。




伝説の剣士は、もう一度剣をふるった。


…この街には、たった一人で戦う、死ぬことのない“伝説の剣士”がいるという…

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