第26話 停戦交渉2
祖国の兵20万が殺されるか捕虜になったと聞けば、その兵の親族や身近に徴兵の機会のある平民はもちろんのこと、情の薄い貴族ですら何か嫌に感じるものがある。
そして、その原因となった男は極悪非道の血が青い人間か、私の様な戦争狂であると多くの兵士や国民は考える訳だ。
そして、目の前に居る交渉を部下に任せて大人しく座って紅茶をすすっているこの男はその憎むべき狂人であるはずだ。
されど、この男はまるでその気配を感じさせない。
…たった一度見せただけの作戦に対して、欠点をすぐさま見抜き対応し、自分に有利な状態へ持っていく。
確かに、素晴らしい戦術目を持っているのは先ほどの会話で理解した。
狭い道で強固な防衛陣を作り冬まで粘ると言う戦略も捻りは無く単純明快だが、地の利を得ているためかなり効果的だ。
挙げ句の果てに部下にも恵まれている。
この交渉、こちらが席に座るまでは彼が発言をしていたがその後はこのアランと言う男に全て丸投げしている。
その交渉術は商人を思わせる程、こちらの痛いところを突いて来ている。
彼の存在を知らずに戦えば、去年の様な惨劇が起きることは容易に想像できる程の才を持っている。
そうだ、この男で間違いはないのだ。
レン・フジイ正にその人であるはずだ。
にも関わらず、なんだ、この男のこの紳士的な振る舞いは!
覇気の無さは!
人など殺したことの無いと言わんばかりの温室育ちのの様な細い体は!!
まるで軍人のそれとは思えない、むしろ常日頃社交界でくだらない権力闘争をしている軍務を放棄した貴族のそれに近い雰囲気をしている。
こんな奴があの芸術的とも言える戦争をしたと言って誰が信じるというのだ。
…なるほど、先ほど外の番をしている兵士が何やら歯切れが悪かったのはこのためか。
悶々と目の前の男への違和感を募らせていると、横からリッツの声が飛んできた。
「と言う訳で、リーヤ様、2週間の停戦で良いか?」
一瞬で先ほどまでの考えを吹き飛ばし、リッツの提案を検討する。
2週間か。
妨害なく事が運べば、どこからか土を掘り出して運ぶのに3日、埋め立てに同じく3日といったところだろう。
どれだけの妨害をしようとしていたのかは知らないが、こちらとしても許容できる範囲で向こうにもメリットがある。
「構わない。それで行こう」
そう口を開いた瞬間、レン子爵が待っていました、と言わんばかりに紙を取り出して停戦書を書き始めた。
なんともまぁ、準備の良い事だ。
「それではこちらにサインをお願いします」
手渡された文書の内容を要約すると今日をはじめとして2週間後まで『あらゆる戦闘行為を禁止する』と言うものだ。
目を通した紙を机に放り、小さく呟く。
「あらゆる戦闘行為か」
「『戦争行為』であれば、埋め立ても入りますからね。それでは停戦の意味がありません」
その言葉にも素早く反応して、ニッコリと柔和に微笑むこの男その言動に反して随分と策士に見える。
「リッツ、ペンを」
「はいよ」
副官からペンを受け取り、書面にサインをする。
向こうもサインをし、これにて一時停戦がなった瞬間だった。
まさにその瞬間、目の前の男が急に口を開いた。
「そう言えば、先の戦いで塹壕に居た兵士は今捕虜になっているとか」
…文面といい、このタイミングといい、この男わかってはいたが凄まじく有能だ。
もし彼がニタ王国に来ないで神聖同盟のどこかの大貴族の所領に転移されていれば、10年もたたずに派閥抗争は終わるだろう。
人材不足に悩む神聖同盟からすればニタ王国の拾いものはかなり羨ましく、同時に頭の痛いネタだなこれは。
この男の提案に抵抗する事自体が無意味に思え、苦手な交渉や駆け引きをするす気がすっかり萎えてしまった。
「貴殿は何をしてくれるんだ?」
「捕虜交換といきましょう。我々が返すのは去年の戦争で捕虜にした貴族10人を返します。ですので先の捕虜を返していただけますか?」
「それでは捕虜になっている貴族の半分以下だ。全員の解放を願いたいのだが」
「貴女はこの後も防衛線を突破するおつもりでしょう?それではこちらとしてはまた捕虜がでますので、その時のためのカードとしてとっておきたいですね」
「一般兵の捕虜がいるはずだ。貴族の全員返還なら応じる」
「こっちは全員の首跳ねても良いのよ?こいつは多分悪名なんて気にしないわ」
萎えた気分を奮い立たせてなんとか交渉をしてみたが、子爵の隣に座る女吸血鬼の一言で完全にだめだった。
こちらの捕虜と貴族ならば、価値は圧倒的に貴族の方が高い。
処分に困った貴族を押し付けるついでに捕虜の回収にでも来たのだろう。
「…わかった、応じよう。明日ここに捕虜たちを連れてくるで良いか?」
「ええ、構いませんよ。…さて、用件はこれで以上です。皆様、本日は誠にありがとうございました。失礼します」
ニタ王国御一行は、その一言を述べると同時に席から立ち去っていった。
✴︎
「納得いかないようだなぁ、リーヤ様」
あの男たちが去った後、ボーとした私を見てリッツが何かを察したのだろう、急に私に話しかけてきた。
「当然だ。明らかに踊らされている」
「確かに、今回の交渉に関してはいいようにやられた感じがあるなぁ。ものの見事に最初から最後まで主導権を握られた」
確かに、内容事態も終始やられっぱなしだっなのだが…
「恐らくだが今回の交渉の狙いは停戦じゃない」
「…は?」
今回の交渉で苦汁を飲まされたリッツがアホ面になって驚いている。
そんな彼にゆっくりと説明を始める。
「いいか、私の方に使者が来たのは防御陣地の崩壊が確定して直ぐだ。作戦のすべてを見せるか見せないか、そのようなタイミングでだ。こちらに時間が必要な事を見抜いたにしても早すぎる。それに加えて、使者は捕虜の話を否定はしていたが、同時に取れば交渉の材料になるともいっていた。恐らくはそちらの方が本命だ。どう処分しても角の立つ大国の貴族の処理、これが本来のあいつらの目的だ」
「なるほどね…。それで何でそんな納得いかない顔をしているんだ?敵の目的を理解したって言うのに」
疲れと苛立ちで表情が歪んでいるのが自分でもわかる。
「あの男に対してお前はなんの感想も抱かなかったのか?」
「いやぁ、まさか。20万人を殺した人間があんな紳士的な人間とは思わなかったぜ。おまけに取り巻きは有能な美女と美男子だ。侵略していることもあって、こっちが悪者みたいでなんとも居心地がわるいなぁ」
きれいに私の感想を代弁してくれた副官を見ながらどこか違和感を感じていた。
「リッツ」
「なんだ、リーヤ様」
「あの男は無能…と言うか、平凡な男に見えたか?」
「まさか。機会があれば是が非でも味方につけたいなぁ。あの男一人居れば、神聖同盟は本当の意味で一つの国になれるだろうぜ」
そうだ、その次元の男が下策失策はしていないが、強固な防衛陣地を築いて、捨て石を使うと言うなんとも平凡な戦運びをしているのだ。
…どうにも具合が悪い。
「リッツ」
「なんだよ、さっきから。ひょっとしてあの男に惚れたとかか?」
(どうしてあの男はこんな平凡な戦をしていると思う?)
それを言いかけ辞めた。
全軍を指揮するものが違和感だけで下の指揮官に不安を与えてはならない。
喉元まできた言葉を飲み込み、違う言葉を吐き出す。
「…本当に死にたい様だな、貴様」
異世界のガラス都市 〜戦争をしたく無いから金の力で重武装国家を創る!!〜 シャンルル @syanruru
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