第25話 停戦交渉

第一防衛陣地を突破されて1日たった現在、俺は飛び散った血肉が充満する場所に複数の護衛と共に向かわなくてはならない事になっている。

もちろん、道中で地獄絵図が見えるわけで、さらに、そこに向かって歩かなくてはならない。

つまり現在の状態を端的に言うならば『嘔吐しながら歩いてる』であるわけだ。

そんな俺を心配そうに見ながらアランが話しかけて来た。

「しかし、レンの方からこんな提案をしてくるなんてね。…大丈夫かい?」

「…大丈夫ではないな。具合が悪い事この上ない。…交渉中に吐いたら吸血…」

「ちょっと!約束が違うわよ」

ジト目で女吸血鬼がこちらを睨め付けるがどこ吹く風だ。

「まだ作戦は決行すらされてないからな」

「…あんたね、こんなところでそんな事言うの止めなさいよ!もし聞かれていたらどうするのよ?」

「チッ、とにかく俺が無理になったらエリザベート、任せたぞ」

「…しょうがないわね」

遠目で見るだけであのザマなのだ。

最高の景色を本当に間近で見て、しかも敵と話し合いをせねばならない状態で大丈夫なわけあるか。

こいつら、分かりきった質問にふざけた態度を…!

…いかんな、アラン心配して声をかけてくれたのだろうし、女吸血鬼の指摘は正しい。

それをここまで鬱陶しく感じるのは心に余裕がないからだろうことは間違い無いが、だからと言ってこの態度は無い。

それに、何を隠そう対話したいと言い出したのはこの俺だ。

今、戦闘している軍の指揮官であるアランはこのまま戦う事を望んでいたのに、それを無理に割ったのだ、尚更先ほどの態度はよろしく無い。

…戦争の前にこいつらを大切にしようと思ったが、実践するのは中々難しいものである。

どうしたら良いんだろうな。


そんな新しくできた小さな悩みに頭を使っていると小さく天幕の様なものが見えて来た。

つまりは昨日の提案に対して応じるつもりがあると言う事だ。

しかしまぁ、わざわざこんな場所まで用意してくれるとは、随分と親切なことだ。

外の風景が見えないのは俺にとっては万々歳な訳だが。

護衛に待機する様に命じてしばらく歩くと、その場所がしっかりと見えてくる。

一人の兵士が立っておりこちらを見つけると頭を下げて、うやうやしく質問してきた。

「ニタ王国軍総指揮官レン子爵でお間違いありませんか?」

一瞬目を瞑り、スイッチを入れ、俺の中の紳士に総動員法を発令する。

集まりきった事を確認した後、すぐに目を開け質問に答える。

「えぇ、間違いありません。リーヤ様は中でお待ちですか?」

「…はい」

「それから、武器は身につけたままでも良いでしょうか?」

「えぇ…構いませんが…」

…何か対応が不味かっただろうか?

明らかに目の前の兵士は何か気味の悪いものを見るかの様な目でこちらを見ている。

吐いた時に服が汚れてしまったかと思ったがいたところ汚れはない。

では顔か?

二人の些細な言動ですら気に触る程、追い込まれているからな。

変な表情をしていても、顔色が悪くても不思議では無い。

いや、顔色はともかく、表情は完璧にコントロールできているはずだ。

…面倒だ、聞いてやろう。

一歩、彼に近づいて柔らかな笑顔で聞いてみる。

「何かおかしなところがあるでしょうか?」

「いえ、おかしなところは一切ございません」

じゃ、なんだよ。その目線は。

「それはよかった。貴国の指揮官殿に無礼を働いては困りますので」

「は、はぁ…。それよりも、中でリーヤ様がお待ちです。短気な方なので早く…」

「誰が短気だ。…それより、彼はお前の言動が変だから怪しんでるんだ。早く中に案内しろ」

少し低めな女性の声が天幕の中から聞こえたかと思うと、すぐに入り口が開かれた。


「レン子爵殿、お待ちしていました」

そう口にした女性は長い黒髪を動きやすい様に後ろで束ねてあり、とても軍人とは思えないほど整った顔立ちをしていた。

異世界人と言うか日本人であるかと思う様な黒い瞳だが、明らかに東洋人では無いと断言できる程、綺麗に肌が白い。

…吸血女にしても彼女にしても、軍人以外でも良いところの貴族と結婚とか愛人になるとか、他に道がいくらでもあるだろう外見があるのに、なんでわざわざ軍人になるんだよ。

少なくとも、人並み以下の積極性しか持たない俺にそう思わせるだけの容姿ではある。

さりとて彼女は敵なのだが。

その女性の隣には副官であろう、無精髭を生やしたなんとも気の抜ける様な顔つきの男が座っていた。

「大変おまたせして申し訳ありません。少々準備に時間がかかってしまいまして。…改めまして対話に応じてくださったこと、加えてこの様な場所まで用意してくださり誠にありがとうございます」

戦時に相手とどの様に対するべきかなんて知ったことでは無いが社交辞令と言う奴から会話に入ってみると、相手はこちらが思ってもいなかった反応をする。

「気にしないでいただいて大丈夫だ。早速席について本題に入ろうか」

「そうしましょうか」

おそらく、先ほどの兵士が言っていた短気な性格と言うのは間違いでは無いな。

そんな事を考えながら席に着き、早速交渉を始める。

「では、持ちかけた我々からの要求はただ一つ一ヶ月間の停戦です」

「却下だ。こちらに利点がない」

…取り付く島も無いな、おい。

一応そちらにも利点があるはずなんだが。

「…では、昨日と同じ方法で残りの塹壕も突破できるとお考えで?」

「あぁ、そうだ。かなり酷な方法ではあるがあれならば問題なく突破できる」

「本当にそうお考えですか?」

ニッコリと笑顔で問いて見るとわずかに眉間にシワがよった。

「不可能ですよ。…少なくとも、可能になるには時間がかかる。そうですよね」

「何を言い出すかと思えば。なぜその様な…」

「道は狭く一本しかない上に、左右の山は行軍が『困難』ではなく『不可能』ですよ。なんて言ったてほぼ崖ですからね、奇策は無理です。そうなった以上あなた方は正面を突破するしかない」

「だから正面を破るつもりだが?貴殿が何を言いたいのか分からないな」

「塹壕と無数の穴を埋めないとその作戦は上手く行きませんよね?先の作戦は機械科歩兵と歩兵、少なくともこの二部隊を展開する空間を作る必要があります。ですが貴女が占領された防衛陣地と次の防衛陣地と間に空間はない。ですから…」


「リーヤ様、取り繕っても意味ないみたいだぜ?話し合いに乗った方が建設的だなぁ」

説明に覆いかぶさる様に様に副官の男が声を出した。

目の前の女性が軽くため息を吐いた後、男を睨みつける。

「リッツ…!!…まぁ、確かにそうか。…レン子爵、貴殿の言う通りだ。つまりは防衛陣地を埋め立てる間に我々を攻撃しない代わりに、長めに停戦してほしいということか?」

「察しが良くて助かりますよ。一ヶ月の休戦、いかがでしょうか?」

「それはこちらにとっては良い話だ、が貴殿らに利点が見つからない。そういう話は往々して何か裏がある。そちらの狙いを教えてもらおうか」

嘘つけ、絶対に気がついてるだろ。

こちらは最悪冬まで粘れば、あらゆる時代や世界で最強の将軍がいらっしゃる。

そんな事が、あのクレイジーながらも合理的な作戦を考えたこの女性が理解してない訳が無い。

…形だけでもこっちの腹も見せやがれ、ってことか。

軽く空気を吐き出した後、

「言うまでもない程簡単な話です。時間稼ぎ、ただそれだけですよ。その理由は…お分かりですよね?」

笑顔でそれだけ呟いた。

「なるほど、やはり狙いは冬まで粘り勝つことか…」

独り言はもっと小さくいうのもですよ、お姉さん。

そう神聖同盟の女軍人が小さく口にした瞬間に、込み上がってくる笑いを抑えることが大変だった。

停戦の狙いは確かに時間稼ぎだが、冬までなんて悠長な話ではなく作戦開始までである。

明らかにミスリードを誘う言い方ではあるが、嘘では無いから王女様にも怒られない素晴らしい言い方だ。

そして、それにまんまと引っかかってくれた訳である。

もう一度、心を落ち着け相手に問う。

「これでお互の腹は見えましたね。リーヤ総指揮官、この提案に乗ってくださいませんか?」

リーヤと呼ばれていた軍人は、頬杖をつき、何やを考える様な素振りとしばらくの沈黙の後こちらを見ると

「前向きには考えよう。ただし、細部を詰める必要があるな」

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