封魔の玻璃
橘月鈴呉
封魔の玻璃
寝たつもりはないんだけど、どうやら私はいつの間にか夢を見ているらしい。というか、そうであってくれ。いくら私が夢見がちな中二病罹患者であろうとも、さすがに現実と空想の区別はつくくらいの分別はあるんだ。だから、まんがの主人公の様にファンタジーの世界に巻き込まれたいわけじゃないんだ。それを見ている壁になりたいんだっ!
しまった、ちょっと落ち着こう。思わず現実逃避で変な思考になってしまった。うん、落ち着こう、深呼吸、深呼吸。よしよし、落ち着いて来た。では改めて前を見よう。
改めて前を見ると、現実逃避をする前と同じく、黒い影みたいな何かと、白い仔犬の様な動物が、明らかに戦っている、バトルしている。どう見ても現実ではない、夢ですね、って、また見えちゃったよ、夢じゃないんですね、何となく解かってたよ、だって現実逃避中も思いっきりバトル中な音してたもん。えぇどうしようかなぁ、この状況。
そんなふうに、また思考に沈みそうになったが、拮抗していたバトルの戦況が変わる。仔犬が足に攻撃を受け、それにより動きのキレが明らかに無くなる。その隙を突くべく、影が仔犬に襲い掛かった。私はさっきまでの現実逃避も忘れて、思わず体が動く。
「危ないっ!」
運動神経には自信がある、特に反射神経。その自慢の反射神経でもって、間一髪影が届く直前で仔犬を抱いて躱すことに成功、前転まで決めて、人に見せたいくらいだ。と言っている場合でもない、ポーズで悦に入りそうな足に叱咤を飛ばして、とにかく走った。
わーん、恐くて振り返れないけど、何か塀とか壊れてる音がこっち来てない? やっぱり? 諦めてくれないよね。
『お、お前は?』
「はっはっ、無理っ……今、話せ、なっい」
さすがに全力疾走中に、和やかに会話なんか出来ませんて。
どうしよう、とりえず変質者と同じ対応で良いのかな? だとしたら、まずは人のいる所に向かう。この人通りの無い路地から出よう。
目的を定めて、頭の中で道順を決める。後は走り抜けるだけ。
運動神経は自信があるけど、別に走るのは好きじゃない、だって苦しいもん。そして、今も絶賛苦しい。ああっ辛い。でも、多分追いつかれたら死ぬ、知らんけど、多分死ぬと思う、だから死に物狂いで走る。
なんとか表通りに出る。歩いている人たちが、猛ダッシュしている私にチラリと視線を送るが、すぐに興味ないように視線を戻す。特に悲鳴なんかは聞こえないから、どうやらここまではついてきてはいない様だ。一応足を止める前に後ろをチラリとみる。やっぱりあの影の様なものは見えない、どうやら撒いたらしい。少し慣性で足を進めてから、完全に足を止めると、一気に息苦しさが襲ってくる。崩れそうな体を、膝に手を置いて支えながら、喘ぐ様に息を整える。
『お前』
「も、もう…少し、待って」
ああ、まだ苦しい。走ってる時も苦しいけど、止まってからも苦しい。だから走るの嫌い……って、今私誰と話した? そういえば走ってる時も、同じ声と話した様な気がするんだけど……。心当たりといえば、と片手で抱えたままの仔犬を見る。
『ん? なんだ、もう大丈夫なのか?』
やっぱりしゃべったっ! 犬がしゃべったよっ!
思わず叫びそうになるが、無理矢理抑える。この状況で叫んだら、ただのヤバい奴だ、ここは冷静に。ここで仔犬と話すのも、ヤバい奴待ったなしなので、とりあえずどこか人気の無い所、でも全く人がいないのも、さっきのことがあるから……何か建物の影とか。丁度良い感じの、表通りに面した建物の、路地に入ってすぐの所にある非常階段に腰をかける。そして、仔犬の顔をこちらに向けて、視線が合う様な高さまで持ち上げる。
『お、もう良いのか?』
ああ、これはもう言い逃れ出来ませんわ、確実にこのわんこがしゃっべってますわぁ。
『何だ、黙っていては解からんぞ。一応お前は我が恩人だからな、礼儀は通すつもりだ』
「結構偉そうな話し方するな、このわんこ」
『我はわんこではないっ! 犬ころと一緒にするな、無礼者っ!」
いや、どう考えても犬ですやん。まあその発言は、火に油しか注がないのは解かってるので、とりあえず飲み込んでおく。
「じゃあ、貴方は何なの? 何で話せるの?」
すると、わんこは何だかドヤ顔をする、良くぞ訊いてくれたと言わんばかりだ。
『我は玻璃。邪を封ずる為に生み出された式神である! そして、犬ではなく狼だ』
「え、日本の狼って、確か絶滅したはずじゃないの?」
『さきも言った通り、我は式神であって、本物の狼とは違うからな』
「式神っ! そういえば、さっきも言ってた。式神ってあれでしょ、陰陽師が使ってった使い魔なんでしょ」
いや、もう何だか予想はしていたんだけど、すでにファンタジーだわ。もう良いです、すでに覚悟しました。付き合います、ファンタジーの世界に付き合いますとも。
わんこ改め玻璃は、少し驚いた様な声で答える。
『その通りだ。お前、陰陽師を知っているのか? あやつらのことは何百年か前から、世の人々にとって身近でなくなったと思っていたが。お前はもしや、そういった術者が近くにいるのか?』
「いない、いない。映画とか小説とかで見て知ってるの」
全力で否定する。私はそんなファンタジーの世界の住人ではない。いや、今まさにそういうモノと遭遇してますけどねっ!
『そうか。人間は物語とやらが好きだからな。千年経っても、人の根幹は変わらんな』
はい、大好きです。千年前って、平安時代辺りか。『源氏物語』や『竹取物語』とか、その頃には既にお話いくつもあっただろうな。平安時代と言えば、丁度陰陽師とかの時代でもあるな。
「それで、玻璃は陰陽師に造られたってことなの?」
『いや、我が造られたのは、陰陽道が確立するよりも前だ。まあ、その頃には式神だとかいう言葉も無かったが、我も封印の為に意識も何も無かったからな。封印が解かれた後にそう呼ばれた故、今はそう名乗っている』
中々の古株だった。それを誇る様に、玻璃の顔も何だかドヤ顔っぽい。
ん? ってかちょっと待って。こいつ名乗った時何て言ってたっけ? 確か「邪を封じる式神」と言ってなかった? ってことは、すっごく昔にその「邪」とやらを封じたんだけど、平安時代にその封印が解かれて、そんで今こいつはここにいるっと、さらにこいつ、さっき何か黒いのに襲われてたよね。それって、すごく嫌な予感しかしないんですが?
「ねえ、ちなみに訊くけど。それじゃあ、あんたが封じていた、その邪とやらは今どうなったの?」
黙った。さっきまで結構嬉々として話していたのに、急に黙った。しかもちょっと気まずげに目を逸らしてる気がするんですが、気のせいですかね?
「じゃあさ、さっき玻璃を襲ってた奴って、そのあんたが封じてた奴らと関係あったりするの?」
今度は反対側に目を逸らす。嘘吐けないなぁ、こいつ。思わずため息を吐く。私が誤魔化されていないと気付いた玻璃は(誤魔化せるわけないだろう)、しかし誤解を解こうと言い募る。
『いや、言っておくが封印を解いてしまったのは、我ではないし、我が奴らに敗れてあやつらが飛び散ったのでもないぞっ! 良いか、我の手落ちは無いのだ、全くな! それは誤解するなよ』
いや、そんなこと言われてもねぇ。
「じゃあ、何で解放されてんのよ。てか、あんたが封じてた邪って何なの」
また黙った。
『さすがにそこまで聞かせるのは、お前の為にならん』
知られたからには的な、マフィアみたいな論法があるのかな? まあ、これ以上は言わんぞって決意感じるし、いいか。私の方は、ただの好奇心だしね。
「解かった。じゃあ、まあそこまではいいや。
それじゃあ、とりあえず私ん家行こうか」
私がそう言うと、玻璃は何やら慌てだす。
『いやいや、何を言う。さっきのを見ただろう、どう見ても面倒な案件だろう、ここでさよならしてしまうのが一番だろうっ!』
いや、まぁ正しくその通りなんだろうけどさ、
「だって玻璃、ケガしてるじゃん。その状態でさよならしても、私すっごく気になっちゃう自信あるもん。このままさよならは後味悪いじゃない」
そう、私の精神衛生上の問題でほっとけません。私も結構頑固なので、大人しくそのケガを手当させてもらおうか。
『我は普通の動物と違って、この程度のケガであれば、一晩もあれば治ってしまうぞ』
「じゃあ、一晩うちに来て、治ったのを見たらさよならしよう」
しばらく見つめ合う。玻璃にも私の頑固さが伝わった様で、ため息を吐くと、
『では、一晩厄介になるか……』
尻尾も体も脱力しながら言った。
「よし、こんなもんかな」
一通り手当を済ませて、声を上げる。ケガ的には大きな絆創膏で何とかなりそうな感じだったけど、綺麗な白銀の毛で絆創膏貼るのは無理そうだったので、ガーゼを当てて包帯で巻いた。ちなみに、汚れてた毛はうちで飼ってるうさぎ用のシャンプーシートで綺麗にした。
『すまんな。迷惑をかけた』
少し殊勝な態度で玻璃が言う。出会って数時間で言うことじゃないけど、らしくない。
「私が勝手にやってることだから、気にしないで。
自分でもお節介だっていう自覚はあるのよ。でも、ほっとけないんだから、しょうがないよね。見て見ぬふりしたら、余計気になっちゃう。自分の精神安定の為にしてるの、だからさ、本当に気にしなくていいよ」
『変わった奴だな』
まだ少し耳は垂れ気味だけど、苦笑しながら玻璃が言う。それに私も小さく笑いながら、返す。
「よく言われる。でも、後で気になってうだうだする方が嫌じゃんか。少なくとも、私はそう思うから、気になったら手を出すことにしてるの」
今までも、何人にも変だって言われたけど、それでも後でうじうじ思い悩むより、ずっと良いと思うんだけど、うん、理解されないんだよなぁ。
「そう言えば、玻璃はケガが治ったら行くとこあるの?」
思わず連れて来ちゃったけど、式神だし飼い主? とかいるよね。そうなると、これって誘拐になるのだろうか? いや、まあ玻璃も手当に感謝してくれたし、飼い主に怒られたら庇ってくれるよね? てか、庇ってください。
『うむ、相棒がいるが、そいつと逸れてしまってな。まずはあいつを探さないと』
相棒ねぇ、ご主人様とかではないのか。
『あ、そうだ。そいつ、そいつなんだっ!』
「な、何が?」
ずいぶん興奮した様子で主張する玻璃に、面食らいながら、先を促す。
『何百年も我が施して来た封印を解き、邪を放ってしまったのがだっ! 我の落ち度は一切ないからなっ!』
あ、その話まだ気にしてたんだ。
「はいはい。で、その封印を解いちゃった人と逸れちゃったんだね。逸れたのはこの辺りなの?」
『お前、ちゃんと解かっているのか? なんだか我の扱い、ぞんざいじゃないか?』
いくら凄まれても、見た目がどうみても仔犬だからね、緊張感に欠けるのよね。
「解かってるよ。
で、その相棒さんは、この近くにいそうなの?」
『うむ。逸れたのがこの街だし、そこまで遠くにいる気配もしないしな』
「遠くにいる気配?」
『我とあれは玉の緒が繋がっているからな、近付けば居場所が解かるし、どれくらい離れているかは気配で感じられる』
「玉の緒って、確か命って意味だよね?」
国語で出て来た和歌に使われてた。
『ああ、あれはこのお役目を果たすまで、我が玉の緒に紐づかれて、死ぬことは許されない。まあ、それは我も同様だがな。とは言え、我の場合はこのお役目を終われば、再び自我が消えて封印を守ることになるのだから、死ぬ訳ではないが』
なんか、すごいこと平然と言ってない? お役目を果たす為に、死ぬことも許されずに頑張って、その先にあるのは自我の消滅。すごく理不尽に感じるんだけど。
「玻璃は、それで良いの?」
『何がだ?』
「だって、玻璃はどんなに頑張っても、お役目が終われば、自我が亡くなる、今の玻璃はいなくなっちゃうってことでしょ?」
『ああ、何のことかと思えば。もとより我はその為に生まれたモノだ。本来のお役目を全う出来るのだから、それがあるべき状態だ』
そう返した玻璃は、迷いの無い様子だった。本人が決断したことなら、私の口出すことじゃない、か。納得は出来ないけど、もう何も言わないことにする。
「そう。
じゃあ、明日玻璃のケガが治ったら、相棒さん一緒に探しに行こう」
『いや、お前そこまでは……』
「乗り掛かった舟、毒を食らわば皿までってね」
私がそう返しても、玻璃はまだ何か言いたそうにしてたけど、私は時計を見て、今の時間に焦る、もう六時を回っていた。
「いっけない、ご飯作らなくちゃ」
両親が共働きのうちは、一番早く帰宅した人が夕飯を作ることになっている。まあ、大体は今日みたいに、部活してない私なんだけど。
「玻璃の分は部屋に持ってくるね。何食べたい? てか、何食べられるの?」
犬なら塩とかで味付けちゃいけないし、葱とかもご法度だけど、普通の動物じゃない玻璃はどうなんだろう?
『特に、人が食べる物で、我が食して害になる様な物は無いが、個人的好みを言わせてもらうと、辛い物を食べる人間の気がしれない』
やけに神妙に言う玻璃に、笑いが漏れる。
「了解。大丈夫、私も辛いの苦手だから、辛い物は作らないよ」
『うむ。世話になるな』
「気にしないで、頼まれてないのに、私が好きでやってるだけだから」
そう言って、台所へ向かう。さて、今日の冷蔵庫には何が入ってたかな?
その日はその後、残ってたシチューのルーで味付けした野菜炒めで夕食を済ませて、何事も無く就寝した。そして明けて次の日、朝食後に包帯を取って、ガーゼを外して、血をぬるま湯で洗うと、玻璃が主張していた通り、魔法の様にすっかり傷は治っていた。
「本当だ、もう綺麗に治ってる」
『言った通りだろう!
あ、ちなみに我の血が着いた、そのあて布は魔除けの守りになるぞ。世話を焼いてくれた礼だ、好きに使え』
え~、多分効くんだろうけど、着いてるの血だからなぁ……なんかヤダ。その感情が顔に出ていたのか、玻璃が重ねて言う。
『まあ、無理に使えとは言わんが、本当に霊験あらたかな魔除けになるからな』
玻璃が普通じゃないことは、充分解ってるから、効力に関しては疑ってないけどさ、だって血だよ、血。でもまあ、せっかく礼だと言ってくれてるし……、一応残しておくか。
「うん、まあ有り難う」
そう言って、ラッピングの余りの袋に入れておく。魔除けのお守りか、お守り袋でも作ろうかな。でも、持ち歩くのか、血を。でもせっかくのお守り……うーん、これはどうするかもうちょっと悩もうかな。
「じゃあ、相棒さん探しに行こうか」
『うむ』
今日は学校も休みだけど、お母さんの仕事も休みだから、お母さんに玻璃がバレないように、大きめのショルダーバッグに入れて家を出る。
さて、問題はここからだ、あてが無い。
「まずは、相棒さんと逸れた辺りに行こうか」
『そうだな。ではあっちの山の方だ』
玻璃の案内に従い、玻璃と逢った街中を抜け、私の高校のさらに奥にある山の方へ向かう。そう言えば、あの山はあんまり入るなって言われてるな、運動部とかのトレーニングには良さそうなのに。
あ、ていうか、私玻璃の相棒さんのこと全然知らないよ、探してる相手なのに、大問題。
「私、まだ玻璃の相棒さんのこと何も知らないんだけど、どういう人なの? てか、まず男の人? 女の人?」
玻璃が鞄から顔だけ出して言う。
『ああ、言ってなかったな。女だ、見た目はお前より少し若い感じだな』
ってことは、私より年下の頃に、お役目とやらを課せられたってことか……。
「ねえ、そのお役目って何なの?」
はぐらかされることも覚悟で訊いてみるけど、思ったよりあっさり教えてくれた。
『我が封じていた、あいつが解放してしまった邪神を再び封じ、それを阻もうとする眷族を滅することだ』
ん? 大体予想通りではあるんだけど、邪神? 邪神って言いました? 相手神様なの?
「……相手、神様なの?」
『……』
あからさまに目を逸らしたよ? さては、そこまで言うつもり無かったのに、うっかり言っちゃった的な。うん、まあ私も深く訊くの止めよう。
その後は、何となく言葉少なくなりながらも、山の方へ足を進める。そう言えばこの道は、ほとんど通学路なわけなんだけど、休日だからか、やけに人が少ない気がする、気のせいかな? 街の辺りも少なかった様な気がするんだけど。
そんな疑問が頭を過ぎるが、足は止めていないので、当然目的地は近付いてくる。家から歩いて三十分くらい、いつも曲がる学校へ続く道を通り過ぎ、普段は行かない山の方へ向かう。
「近付いてきたら、相棒さんとの場所解かるんだよね。今はどう?」
山が間近になったので、玻璃に訊いてみる。
玻璃は、鞄から出した頭をキョロキョロと見回しながら、言う。
『近付いてきてはいるが、まだお互いの場所を関知するほどではないな』
「そっか。それじゃあ、山の中少し歩き回ってみる?」
『そうだな』
そんな高い山でもないし、ここ数日雨も降ってない、加えて私はスニーカーを履いてるので、この辺を歩き回るくらいなんでもない。
少し歩き回ると、見覚えのある服装の女子が二人。うちの高校の制服だ。おかしいな、この山は基本的に入らない様に言われてるんだけど。まあ、だからたまに肝試しに来る人がいないわけではないんだけど、昼間に女子二人で肝試しとか、する?
二人がこちらを向く。顔は見た事ある、多分同じ学年の人だ。クラス違うから、名前とか知らないけど。
「えーと、こんにちは?」
とりあえず、目も合っちゃったのであいさつをするけど、反応は無い、何か変な雰囲気だ。すると、
『いかん、逃げるぞ』
「へ?」
突然の玻璃の言葉に戸惑って、視線を玻璃に移し、また視線を戻すと、数メートル先にいた二人が、一瞬の間に間近に迫っていた。そして、至近距離になって気付いたけど、この二人、目がイっちゃってる。
「うひゃぁっ!」
命の危機も感じて、私は咄嗟に避ける。そこからは、なりふり構わず猛ダッシュっ!
「何何何、何が何で、どうなってるのっ?」
パニックになりながらも、遮二無二逃げながら、玻璃に問いかける。
『おそらく、邪の眷族だろう。我を襲って来た奴らだ。あいつら、人を傀儡にすることが出来る奴だったのだろう』
「マジで? 何それ、そんなこと出来るの?」
『いや、色んな奴がおるから、多分』
「何その知識、心許ないっ!」
返って来た情報の心許なさに、思わず本音が漏れる。
『奴は、今も眷族や使い魔を増やしているからな。新入りのことは解からん』
大変正直な返答、有り難うございます。
「ちなみに、どうにか出来たりしない?」
『無理だ。我に戦闘力は無い』
素直か。今その素直さいらないよ!
「だって出逢った時、戦ってなかった?」
『あの時は、全身全霊で攻撃を躱していたんだっ!』
言われてみれば、そうかもしれない? いや、でも今この状況で知りたくなかったよ、それ。
「え、でも眷族を滅するとか、言ってなかった?」
ほんのり残る希望を込めて訊くが、
『戦闘は、相棒の役目だ』
あ、左様ですか。
そろそろ、息が上がって来た。しかも、適当に走り回ったから、場所も解からなくなってきた。ちょっと、恐る恐る後ろの様子を伺う。
「うひゃああああぁっ!」
思ったより、目の前にいて、思わず大声を出してしまう。しかも、初めは二人だったはずなのに、何か五人くらい見えたんだけど、増えてる? 増えてるの?
『お前が慌てると思って、言わなかったが、実は順調に増えているぞ』
知りたくなかった、その情報。ちょっと、そろそろ本当に苦しくなってきた。ヤバイ、さすがに今度こそ、本当にヤバイのでは? ああ、やっぱり変なお節介は身を亡ぼすのね、知ってた、言われて来た。
『おい、上だっ! 頂上の方へ走れ』
突然の玻璃からの指示に、面食らう。てか、登るの? 上に? この状況で? え、辛い。でも、他にどうすることも出来ないので、足を叱咤し、頂上を目指す。とはいえ、疲れが出たのに加え、登りになったことで、当然スピードが落ちる。
『右に避けろ』
「へ?」
玻璃の声に従い、咄嗟に左足に力を込める。
すると、左足が浮いた途端、さっきまで足があったところに、泥だらけのジャージの男子が飛び込んで来た。
「うひゃぁっ!」
『前に』
無理矢理に、足に力を込め、転がる様に前に出る。
『次、左』
『また左』
玻璃の指示通り、とにかく体を動かす。さっきから、その度に体の近くを何かが通ったり、布が触れたりしているので、間違いなく間一髪で躱し続けてるんだろう。
「頭屈めてっ!」
進行方向からの声に従い、転ぶ様に地に伏せる。すると、何か湿った音が周りからした。
「悪いけど、すぐ立って、ここから離れてくれる」
さっきと同じ声に促され、体を何とか起こす。その時、ついでに周りを見ると十人を超える人が呻いていた。まさか、この人たちが私を襲ってたのか? ひぇ。
てか、なんで呻いてるんだ? あれ? なんか、飛び散った様に、不自然に着いた赤い物を拭おうとしてる。
って、こんな場合じゃない。
『剣っ!』
「え、玻璃?」
驚いた様に玻璃を呼んだのは、血まみれの両手で、やっぱり血に塗れた刀を構えた中学生くらいの女の子。ふわりと靡いた長い髪が綺麗で、こんな状況なのに思わず見惚れてしまった。
ハッと我に返る。もしかして玻璃の相棒さん?
鞄からするりと抜け出て、玻璃が剣と呼んだ相棒さんの所へ駆け寄る。私も何とか体を起こし、玻璃の後を追う。
「玻璃っ! 探してたんだよぉ」
『それはこっちの台詞だっ!』
「いやいや、逸れたのはそっちでしょ?」
「危ないっ!」
喧嘩を始めた二人の隙を逃すまいと、剣さんが対峙していた、邪の眷族だろう黒い影みたいなモノが襲い掛かって来たので、喧嘩に夢中で気付いていない二人に声をかける。
私の声に反応した剣さんが、襲ってくる黒い影を迎え撃ち、影に刃を入れる。すると、刃を入れた所からその影が消えていく。さらに追い打ちかける様に、一番影の濃い所に刀を突きたてる。すると、刃の触っていない所も薄れて消えて行った。
「で、どこにいたのよ、玻璃っ!」
敵を倒した感慨もなく、早速剣さんが玻璃との喧嘩を再開している。
『あやつの所にいた』
玻璃が視線でこちらを指す。そこで剣さんも私の存在を思い出した様で、
「あなたが、玻璃を保護してくれたの? 有り難う」
「いやいや、お節介を焼いただけだよ。
それよりも、すごいね、あっと言う間に倒しちゃって」
あんまりあっさりやっつけたから、ビックリしちゃった。
『邪やその眷族、使い魔どもにとって、こいつは天敵だ。こいつの血を体内に取り込むと、邪本体や特に強力な眷族なら弱体化し、それ以下であれば、さっきの様に触れたそばから消えることになる』
なるほど、さっき操られてた人たちに着いてたのも、じゃあ剣さんの血か。とそこまで考えて、剣さんの血まみれの腕を思い出す。
「ってことは、もしかしてその腕の血って、剣さんの血?」
「え、うん」
何かあったらと思って、救急箱から応急処置セットを持ってきてて良かった。
『剣、こやつはかなりの頑固で世話焼きだ。大人しく手当されろ』
この一晩で、すっかり私の性格を理解してしまった玻璃が声をかける。
「え、えぇ……」
戸惑う剣さんの腕を、濡らしたガーゼで綺麗にしながら、さっきの剣さんの血の効果を思い出し、家に置いて来た玻璃の血付きのガーゼを、お守りとして持ち歩こうと、決意した。
封魔の玻璃 橘月鈴呉 @tachibanaduki
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