ミラクルビューティホウヘアー!
桐谷はる
第1話
髪は女の命とは誰が言ったか知らないが、まあそういえなくもない、気がしないでもない。アニメのキャラにひそかに憧れ伸ばしに伸ばしたロングヘア、だんだん「急に髪型変えたら人に何か言われないかな」と自意識過剰で切るに切れなくなっちまった真っ直ぐブラックスーパーロング(腰に届く)。常にもっさりポニーテイル。暇すぎる連休にふと魔が差して、普段の三倍の時間をかけて洗い上げたらあらびっくり。シャンプーのCMも逃げ出すようなつやっつやヘヤーが現れた。
中学生は漫画研究会からの付き合いである坂元知代子25歳は、まじやばい、とつぶやきながら髪の一筋を引っ張った。輝く液体と化した髪は、知代子の指をすり抜けてつるるるるーんと手首を撫でる。うほぉぉう! と知代子が叫ぶ。
「まじやばい、やばくない? なに使ったらこうなるの」
「アジエンスの一番新しいやつ」
「いやいやいやいや、うちも同じの使ってる。一週間前までそんなんじゃなかったじゃん。なんで? 触ったとこ鳥肌立ってんだけど」
「すっごいていねいに洗っただけ。いやほんと。ほんとほんと」
祝日の池袋の昼下がり、五月のそよ風が吹き抜ける。光をはらんで輝きに輝く。トム・ハンクスを太らせ抜いたような外国人観光客がすれ違いざま「オゥ!ビューティホウ!」と感嘆する。「世界が嫉妬する髪じゃん…」と知代子。
「そういうすごい髪、漫画で読んだわ。なんだっけ、ネウロに出てくる…」
「あかねちゃん」
それだ!と知代子が手を打った。その例えは学生時代共にネウロにはまった友人知人の全員から聞いている。
「でもいいなあ、超きれいじゃん。ていねいに洗ってそうなるならいくらでも洗うし。すっごい女子力上がった感じじゃん」
「いやいやいやいや全然いいことない」
もともとまったく美人ではない。おしゃれも美容もそこそこでいい。性格は地味で、休日は仲間とバーベキューよりおうちでゲームをしていたいタイプだ。輝ける髪は目立って仕方なく、背後から近寄っていた男性が顔を見た途端去っていくのを見るのもつらく、生活に支障をきたしている。せめてまとめて目立たないようにしようと試みるも、ひっつめにしようがどうしようが隠しようもなくあふれ出る輝きは見るものすべてを魅了した。そもそもコシが強いのとすべすべすぎるのとで、苦労してさしたピンやゴムがぽいぽいはじけ飛んでいく。
「髪まとめてくれる達人か、超強力な整髪剤かなんか、どこかにないかなあ。それかもう、いっそ荒れさせちゃいたいよ」
「えーもったいない、すっごいきれいだよ」
「頭だけこんな光っててもさあ。顔見たら笑われたりするんだよ、最悪だよ」
知代子は何とも言えない表情を浮かべ、「ドトールでミルクレープ食わしてやるから元気だしな」と優しい口調で言った。スタバでフラペチーノとドーナツをいただきたいと要求するも、予算の関係で却下された。
その三年後、私は山で遭難した際に髪の輝きでもってはるか上空の救援ヘリに合図を送ることに成功し、補助教員として引率していた小学4年生30名とその保護者たちに神とあがめられることになるのだが、それはまだ遠い未来の話(四年後には教員試験にも受かった)。
ミラクルビューティホウヘアー! 桐谷はる @kiriyaharu
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