二兆億利休の茶室にて

「油断しておっては首が飛ぶぞ…儂のようにな…ノワァッ!?」

いつもの決め台詞を得意顔で言いきろうとした二兆億利休は、即座に泡を食う羽目となった。


利休が攻撃するかしないかの内に、柳生ベイダーから即座の反撃が飛んできたのだ。その太刀筋はあまりに鋭く、早い。利休の顔面が切り裂かれなかったのは、彼の周りをランダム軌道回転浮遊する八本の太刀の一つが偶然にもその剣に当たったからに過ぎない。


「ま、待て、いきなり殺す気で反撃する奴があるか…」

利休は慌ててサイコ浮遊バックステップで柳生ベイダーとの間合いを開ける。少なくとも相手は剣士、それも純粋剣士である。距離さえ開ければ口八丁とサイコ精神操作でどうとでもなろう。


20メートル近く距離を開ける。これでもう安心だ。

みしい。ベイダーがその場で僅かに体勢を歪める。

二兆億利休の極限肥大脳細胞の全てが最大級の警戒信号を発した。その正体が何かはわからずして、利休は反射的に緊急回避ポータルを展開し、そこに転がり込む。

次の瞬間、数瞬前まで彼がいた空間をベイダーの魔刃が通過する。あとわずかでも判断が遅れていたら、彼の巨大の頭部は両断されていただろう。


「う、う、うおッッッ!?!?なんじゃ、今の技は…!?間合いの詰め方が…おかしいぞっ!?」

辛うじてとはいえ、柳生ベイダーの秘技”爆縮流れ”を生き延びた利休は冷や汗を流しながら、さらに離れた箇所にジャンプアウトする。

利休が動揺する間もなく、ベイダーが驚異的な俊足で距離を詰めてくる。


待て、待て、待て、待て…利休の高速演算能力がようやく回転する。あまりにも決断的で無慈悲なベイダーの反撃に面食らって忘れていたが、彼はそもそも相手の精神が読めるのだ。であれば、いかなる攻撃であれど直撃は避けられよう。


「見せてもらうぞ柳生の魔剣士よ…お前の次の手を…」

利休の思念波はベイダーの脳に迫り…弾かれた。

「な、な、な、な、なんじゃとお!?」

それは柳生ベイダー本人すら知らぬことであったが、彼の装着する兜は『磁界王の兜』と呼ばれる伝説級アーティファクトだった。そのユニーク能力はただ一つ、サイコ波の完全遮断である!!!


利休の動揺は頂点に達し…ゼロになった。事ここに及んでは力を温存する余力もない。流石は柳生というべきか。利休は己の慢心を大いに反省した。

「儂は…反省すると…強いぞ」

利休の目つきが変わる。その目にはもはや動揺も驕りもない。ただ目的の為にのみ冥府魔道を突き進む、一個の復讐者がいた。


利休の全身の7色の発光が1680万色に増える!

「利休拵…一人大茶湯、聚楽偲(じゅらくしのび!)」

途端、常時500倍に空間拡張されていた茶室が更にその広さを増す。5000倍、いや、50000倍!もはや部屋の果ての壁すらも見通せぬ…!


ベイダーは辺りを見回す。利休は何処だ!?彼の眼が遥か彼方、米粒の如くに小さく遠ざかる利休を認める。利休は更に高速で後退しながらベイダーから離れていく。そして同時に周囲の畳や鉄窯などあらゆるオブジェクトを怒涛の如くにベイダーに乱投!


剣士に対して無慈悲極まる引き撃ち!いかに邪悪であろうと最良の戦術を躊躇なく思考し、採用する。それこそが人間コンピューター、二兆億利休の恐るべき無倫理演算能力である!


利休からの投擲オブジェクトは偶数弾、奇数弾、そして自機狙い弾が複雑に組み合わさった幾何学万華鏡弾幕となってベイダーを襲う!

ベイダーは弧を描くように左右に大きく切り返し弾群を誘導すると、自身をピンポイントに狙う必殺弾だけは最小限の動きで避けていく。


だが、弾幕の密度はさらに厚みをまし、ベイダーの逃げ道を塞いでいく。ベイダーに弾が届く!

「ホレ!これでしまいじゃ…何ィッ!?」

ベイダーの周りを爆風が覆い、周囲の投擲オブジェクトを一掃する。これぞ柳生新陰流、守りの形の奥義、緊急回避の型"墓無"である!発動には刀身に仕込んだ火薬を消費するためそうそう使える技では無いが、一度で十分!


飛び来たる投擲オブジェクトの残りを斬り落としながら、迷わず利休に向かって駆ける。常人を亀とするならば、柳生ベイダーはウルトラ新幹線!利休のサイコ後退飛行にもほどなく追いつけよう。


だが…!


茶室の彼方から轟音…ベイダーはそれを聴くや、足元の畳に刀を深く突き刺す。直後、濁流が一気にベイダーを襲う。これは…!


「コー…ホゴボゴボゴボ…」

何たるや!茶室を満たすのは莫大な体積の茶(ゲータレード混じり)の津波である!利休に迫っていたベイダーは、茶津波に流されぬよう、支えとする刀にしがみ付くのみで必死だ!


「ゴボゴボゴボ…!ホー!」

ようやく波が引き、茶とゲータレードの香りが辺りを満たす。


「カカ…カ!儂の勝ちじゃ、はぐれ柳生よ!」

濁流が、柳生ベイダーの兜を流していた。


無防備となったベイダーの脳髄を利休の思念波が満たす。余りの意志力の高さに洗脳判定は失敗したが、思考を読むことは可能!ベイダーの狙いは全て利休に筒抜けとなる!


そして…利休は己の負けを悟った。


ベイダーが構える。通常の爆縮流れよりずっと深く、歪な構え。

相手がこちらの思考を読み、そして空間を転々と逃げるなら、当たるまで辺り一面を斬り続ければ良い。


それは完全なるランダム軌道で周辺の立体空間を無意識、無差別に切り刻みきるまで爆縮流れを乱射し続ける邪技「爆縮流れ・微塵おろし」の構え!

人里で使える技ではないが、対手が場をお膳立てしてくれるなら話は別だ。


「コー…ホー…!」


「参った」

そして利休の声が響いた。


「儂の目に狂いはなかった…無礼を許されよ、柳生ベイダーどのよ」

利休はいけしゃあしゃあと穏やかな笑顔で述べる。彼であれば、ここからでも全て計算ずく、"あえて"の出来事であったかのように取り繕うことも容易であろう。


ベイダーのもとに丁重に兜を戻すと、彼にゲータ茶を勧める。

ベイダーは無造作に兜を被り直し、ゲータ茶を一息に飲み干した。


そして、利休の眼を見るとこう言った。

「コーホー」

利休の頬から冷や汗が落ちると、ベイダーはその雫を真二つに斬った。


(終わり)



※これはゴドー(@godo_sakamiti)さんのリクエスト「柳生ベイダー」を受けて書かれたものです。

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