第2話 いま、あなたのうしろにいるの

「お母さんのばかーっ!メリーちゃんは、メリーちゃんしかいないんだからっ!」


怒る美羽ちゃんに、ごめんね、と、ただ謝るだけしかできないお母さん。

無理もありません。美羽ちゃんの大事なメリーさんお人形を捨ててしまったのですから。


メリーさんお人形は、美羽ちゃんが三歳の時に買ってもらった、特別なお人形。

双子のように、美羽ちゃんにそっくりなお人形です。

ぱっちりとしたおめめに、夜空のように黒い髪、雪のように白い肌。

「ううん。私より、メリーちゃんの方がずっとかわいい」

にっこりと、自分の妹のように自慢をします。



「メリーちゃんはね、わたしの妹なんだけど、自分のことをお姉さんだと思っているから大人ぶって、自分のことをメリーさんって呼ぶんだよ」

買ってもらってからつきっきりで可愛がっている美羽ちゃんのことを、お母さんは微笑ましく見守っていました。

今となってはもう、美羽ちゃんの方が大きくなってしまったので、どう見てもメリーさんの方が妹なんですけどね。



ところが、そんな美羽ちゃんの大事なメリーさんを、お母さんは、引越しの時の荷物に入れ忘れてしまったのです。


引越し先の家で、真っ先に荷物を開ける美羽ちゃん。

もちろん、早く、メリーさんに新しい家を見せてあげたいからです。

「メリーちゃん、新しいおうち、すごく綺麗なんだよ」

自分の部屋に運び込まれた箱を開きながらメリーさんを探す美羽ちゃん。

でも、どこにもいませんでした。

「おかーさん、メリーちゃん、そっちにいない?」


荷物を全部開けても見つからなかったので、お母さんは、引越し業者の人に連絡してみました。

でも、もう、遅かったのです。

「うーん。それっぽいものは無かったような気はしますがねぇ。

 一応、廃棄業者の方に連絡してみますね」

そんな事を言ってくれましたが。

大人というのは、無駄な事はしないものなのです。




「今度のおやすみに、新しいの買ってあげるから」

と、お母さんはなんとか、美羽ちゃんのご機嫌を取ろうとしますが、返事は最初と同じ。

「メリーちゃんは、メリーちゃんしかいないんだからっ!」

どうしようかな。以前に頼んだ所に問い合わせて、同じものを作ってもらうしかないかしら。

そんな事を、お母さんは思います。

とにかく、何かで機嫌をとらなくちゃ。

そんな訳で、お母さんはおうちを留守にしました。



じりりりりん。

美羽ちゃんがひとりになってしばらく。

突然、電話が鳴り出しました。

「お母さんかな?」

それとも、ひょっとしたらメリーさんお人形が見つかった、という連絡かもしれません。

「はい、もしもし?」

しかし、受話器を取ると聞こえた声は、思いもしないものだったのです。


「わたし、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」

え?と、聞き返そうとしますが、がちゃり、と切れてしまいました。

「なんだったんだろう?」


しかし、そんなに考えている暇はありませんでした。

じりりりりん。

また、電話が鳴ったのです。

「はい、もしもし?」

それに答える声は、先ほどと同じ。

小さな女の子の声で

「わたし、メリーさん。今、空港にいるの」

前の家、空港までどのくらいあったかな?などと考える間も無く電話は切れてしまいました。


「今、駅にいるの」

そんな電話がかかってきたのは、それからしばらく後のこと。

美羽ちゃんが、「メリーちゃんなの?」と、話しかけようとしても、電話の相手は返事をしてくれません。

ただ、だんだんと、近くの地名、覚えのある場所を言うだけです。



そして、夕方。

「わたし、メリーさん。今、玄関前にいるの」

その声に、玄関口まで走ろうとした美羽ちゃんの後ろで、再び電話が鳴ったのです。

「わたし、メリーさん。今、あなたのうしろにいるの」

その声に、思わず美羽ちゃんは叫びました。

「メリーちゃん、会いたかったよ!」

そして、後ろを振り向いて・・・




帰ってきたお母さんを待っていたのは、泣きじゃくる美羽ちゃんの姿でした。

「それでね、メリーちゃんが帰ってきたと思ったんだけど、誰もいなかったの」






「わたし、メリーさん。

 美羽ちゃんには姿を見せられないの」



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