8.ハロウィンマジック

 誰かのあくびで目が覚めた。天井が白く、近い。部屋の中にいるようで、お菓子やらジュースやらが雑然としている。どうやら僕はソファで眠ってしまっていたらしい。

 自分の服装を見て、ようやく思い出した。なんでこんなファンタジーみたいな格好をしているのかと思えば、ハロウィンパーティーをやろうという話だったのだ。僕たちはネコの家に集まり、前夜祭を満喫していた。差し込む光に目を細めて時間を確認した。八時三十八分。

「レオ、お前は俺の親友だあっ」

 突然大きな声が聞こえたので、僕は思わず肩をビクッと震わせた。声の主、ひろろんはいびきをかいて眠ったままだ。どうやら寝言だったらしい。

「……レオ?」

 聞き覚えがある。レオ。ホワイトタイガー。ひろろんの相棒――。

「あっ」

 起こしてしまったのではないかと慌てて口を塞いで、みんなの様子を見た。誰も起きていなくてほっとした。

 そう、僕たちは異世界に行って、敵と戦い勝利した。町の人たちに感謝され、料理を振る舞ってもらっていたのだ。普段の夢とは全く違う感覚だったけど、夢としか言いようがない。むしろ、あれが夢じゃないというのなら一体なんなのか。しかし、今ひろろんは間違いなく「レオ」と言った。僕の夢の中で、彼の相棒として僕たちと行動をともにしたホワイトタイガー。その名前をひろろんが呟いたのは、果たして偶然なのだろうか。

 一人で考えていると、次第にみんなが起き始めた。そして口々こう言った。「不思議な夢を見た」と。中身をすり合わせてみるとみんな同じ夢だったことが分かった。

「え? え? どういうことなのー?」

「アキ落ち着いて。あたしたち全員、混乱してる。こんなこと普通ならありえない」

 サクラも眉間にしわを寄せている。

「そうだ、アオ。あなたの太腿の傷は?」

 カナやんに言われてハッとした。

「あっ傷! えっと……服は、破れてない。痛みも、ない」

 それでも一応確認してみることにした。ソファの裏に隠れてズボンを下ろす。脈打つスピードが徐々に速くなっていった。

 確認を終え、ズボンを履き直した。

「ど、どうだったんだ?」

 ネコの声に緊張を感じた。他のみんなの唾をごくりと飲み込む音が聞こえてきそうだ。

「薄らとだけど……切り傷みたいなのが、ある」

 皮膚を見てみて一瞬呼吸が止まった。赤装束の男に斬られた位置に、細い切り傷があったからだ。こんなの今まであっただろうか。

「ということは、あれはただの夢じゃないってこと?」

「でもさ、カナやん。まさか本当に異世界転移しちゃうなんて、しかも現実世界に戻ってくるなんてさあ。スコールでお酢が凍るよお、ありえないよ~」

 さすがにこの状況では、サクラもアキのダジャレには笑えないようだ。みんな静かになり、変な空気が流れた。

「けどよ」

 その空気を変えたのは、ひろろんだ。

「楽しかったよな! 俺は戦闘こそしなかったが、相棒のレオと出会えて、人を避難させてよ。こう、『人の役に立った』ってすごい実感できたぞ」

 わはは、と笑う彼に、みんな笑顔を取り戻していった。

「そうだね。僕、あんなに感謝されたの初めてかもしれない」

「あたしも。みんないい人たちだった」

 サクラが初対面の人たちに笑顔を見せていた姿は、とても新鮮だった。

「あんな経験二度とできないな。素敵な思い出だよ」

 あーちゃんはうっとりとした表情だ。

「そうね。ハロウィンマジック、ということで、胸の内にしまっておきましょうか」

「カナやん、上手いこと言う~」

「アキ、からかってるでしょ。というか、こういうのはあなたの役回りよ」

 僕はズボンの上から傷をなぞった。気のせいだと思おうとすればそう見えなくもないけれど、そこにはやはり傷があるように見えた。

 あれは現実だったのか、それとも夢だったのか。この不思議だけど出来事はカナやんの言うとおりハロウィンマジックとして、脳裏に焼きつけておこう。

「顔を洗って準備しよう。今日はハロウィンだよ」

 そう言って、僕は部屋の扉を開けた。

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