第4話 30年の恋が実る理由

 ———カランコロン


 私が店内に入ると、マスターらしき男性と目が合う。

 彼は拭いていたグラスを置き、手のひらで奥を示す。

 その方向を見ると太一がいた。


(おしゃれしてきてないんだけど…)

 私はおしゃれなバーにスーツ姿で入るのを気にしながら、奥へと進んでいく。


「よっ、おっつー」

 太一は前よりも凛々しい顔をしていた。彼もスーツ姿だが、オシャレなネクタイに、胸にもアクセサリーをしている。

「おっつーじゃないわよ。少し逞しくなった?」

「あっ?わかる。ジムに通っててさ…」

「へー、そうなんだ」

 私は興味なさそうに答えながら座る。


「ジンライムで」

 私はカクテルをマスターに注文する。

 

「それより、お酒…結構飲んでるでしょ、太一」

 薄暗い店内。太一の顔を見つめた。

「いやぁ?そんなに飲んで…っ、ないぞ」

 20歳の誕生日の太一の顔を思い出す。

 あの日も、太一は顔が真っ赤だった。


「てかさ、太一。終電大丈夫なの?私んち泊めないからね?」

 私は時計を見る。午後の11時50分。

 20代ともあと10分でお別れだ。


「えー、冷たいなー」

 軽く笑いながらグラスを回す太一。

「いや、無理無理。童貞とか勘違いして襲ってきそうだもん」

「勘違いなんか・・・しねぇよ」

「そうですか」

 私はマスターに会釈をして、カクテルを貰い、太一と乾杯をする。


「なぁ、美穂莉。魔法は信じるか」

「えっ?」

 私が一口飲んでいる姿を見ながら、太一が真面目な顔をして私に尋ねる。

「魔法だよ、魔法…」

「あんた、30歳にもなって…」


「まだ、29歳だ。美穂莉さ、お姫様に今でもなりたいって…思わないか?」

 言葉を選びながら私に尋ねてくる。


 私は自分のカクテルを見つめる。

「私も若い子からしたら…もう、おばさんかもね」

「そんなことないよ、美穂莉は!!今も昔も…」


 私の自虐を真剣に否定してくれる太一。

「…ありがと。太一は大人っぽくなったね」

「そうか?」

「そうよ…」

 10歳の頃は私の方が大きくて、私が手を引っ張っていた太一がこんなにも大人っぽくなっている。私の知らないところでいろんな経験を重ねて———


「魔法があったら…どこからやり直そうかな?な~んて…」

 柄にもなく、子どもっぽいことを言ってしまう。


「美穂莉、結婚しよう」

 

 太一の方を見ると、指輪ケースを私に差しだしていた。

 綺麗なダイアモンド。

 私は心臓がトクンと反応するのを感じた。


「時を戻すことは俺にはできない。けれど、これからの人生で美穂莉をお姫様にすることはできる。なんたって、俺はあと10分で魔法使いになるんだから」

「魔法関係ないじゃん…それ」

「いいや、ある」

「シンデレラをお姫様にしたのは魔法使いだ」

 私はそのダイヤモンドの指輪よりも、太一の黒い瞳に心を奪われた。


「屁理屈じゃん」

「あぁ…そうだよ」

 真面目に太一は私を見つめる。


 私は少し泣きそうになって上を向く。

「私って、お姫様になれないんじゃなかった?」

「あぁ…自分ではなれないよ、美穂莉。美穂莉をお姫様にできるのは俺だけだ」

「それ…20年前に言って欲しかったなぁ」

 なんだろう、20年前の悲しい気持ちと、よくわからない気持ちが混ざり合って涙が出てしまう。


「昔は…今だってちゃんと美穂莉を幸せにできるかは不安だ。俺は小心者ですぐ逃げちゃうし、美穂莉は怒りっぽい。だから、喧嘩をすることもあると思う。でも、俺は魔法をかけるんだ。自分と美穂莉に。これから幸せになる魔法を。だから、王子様みたいに君をずーっと幸せにするなんて言えないけれど、今なら少しだけ勇気をもって言える。わずかかもしれないけれど、今の俺なら美穂莉を幸せにできる」

 

 私は久しぶりに会った太一の言葉に困惑し、目が泳ぎ、時計に目が留まる。

「そうね…わずかならできるかもね。でもそれって今日の0時までかしら?私はあと7分くらいで夢から覚めるのかしらね?」


 太一が好きだ。


 でも、辛かった思い出が、私の不安を煽り、気持ちが高ぶって自分の気持ちもよくわからない。意地悪なことを言っているのも自覚している。

 

「私達は10歳の時も、20歳の時も二人で誕生日を迎えると、ろくなことがないじゃない」

 私と太一だけの厄年で厄日が近づく。


「いや、これからの記念日は美穂莉を必ず嬉しい気持ちにさせるよ。二人の誕生日、結婚記念日はこれからの人生、美穂莉をお姫様にするよ。その日だけは絶対に約束する」

「何それ、嘘くさい」

「俺って小心者だけど、嘘は嫌いっての知ってるだろ?」


「3度目の正直を信じて欲しい」

 太一は私の手を握る。


「これだから童貞は…。重すぎ」

 私は涙を流して笑っていた。

 初恋の相手はこんなにバカだったのか。

 20歳の時に言ったことを覚えていないようだ、今日はおしゃれに飲んで…次は、旅行なんか行ってとかにしてくれればいいのに。そんな、急にプロポーズしてOKなんて———



「さっきの話だけど、これからの人生は十の桁が変わるときは二人で楽しいことをしよう。10歳や20歳の時のことを笑って話せるようにさ。40歳、50歳、60歳…毎年、君がお姫様に感じるようなことを企画するよ。それで100歳の時にはシンデレラ城のモデルのお城に行くなんてどうかな」

「100歳なんてやだ…」

「じゃあ、明日はさすがに無理だから、10年後はどう?」

「…う~ん。どうしようかな?」


 私はちらっと時計を見る。11時55分。

 私は涙をこぼさないようにした。

 もしかしたら、今の気持ちが表情からこぼれているかもしれない。

 けれど、彼にはとびっきりの魔法使いになってほしいから、私は引き延ばすことに決めた。

 

 シンデレラは0時に終わる魔法で、王子様との安定した幸せを手に入れただろう。

 でも、私は0時からかかる魔法で、どうやら永遠の恋の魔法にかかってしまうだろう。

(そっちの方が、ドキドキが多そうで素敵じゃない)


 もしかしたら、すでに太一も私も魔法にかかっているかもしれない。


 5分経ったら、勝手なことばかり言っている彼には魔法使いを首宣告してやろう。

 そして、私も20年ぶりに勝手なことを言おう。


 私の王子様はやっぱりあなただと———

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私の王子は魔法使い 西東友一 @sanadayoshitune

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