第3話 冷めた恋の動く理由

 202X年1月9日———

「高寺さんも帰れそう?」

「あっ、はい。もう少しで終わる予定です」

「そう。困ったら言ってね?」

「ありがとうございます」

 私が一礼すると後輩の高寺さんも深々と礼をしてくる。


 私はタイムカードを切って、会社を出る。

 あれから、9年と364日経った。


 私は旅行会社に勤めていた。土日お構いなしの仕事。

 周りの女の子が寿退社や育休を取る中、出会いもなかった私はキャリアを重ね、今や後輩の指導係になっていた。


 ピロンッ


 会社の自動ドアを抜けようとすると、スマホが鳴ったので、通行人の邪魔にならない場所へ移動し、スマホを見る。


 連絡してきた相手は———太一だった。


『よぉ、美穂莉。明日でいよいよ三十路だな。お互い』

 笑いを抑えるスタンプ。

『うっさい、黙れ』

 怒りのスタンプ。


 私は言葉を選ぼうと思ったけれど、ありのまま打ってしまう。


『ちなみに俺の横空いてるぞ?』

『童貞乙』

 鼻で笑うスタンプ。

『童貞言う無し!!』

 泣き叫びスタンプ。

『無理無理。あんたいつも急すぎ』

『いやいや、30になって独身だったら結婚しようって約束したじゃないか』

『はっ?してないし。自演乙』


『でも、苗字変わってないから結婚してないだろ?』

『はぁ~』 

 ため息のスタンプ。


 私はゆっくりと文章を打つ。

『私、嫁いでもらったんだ』


 テンポが急に遅くなり、既読になっているのに返信がない。

 少し私も不安になる。

『嘘乙。美幸に聞いたぞ。お前が寂しい独女だって』

 笑いをこらえるスタンプ。


(もしかして…いやそれはないか)


 美幸を呼び捨てにしているのが気になったが、さすがに美幸と太一が結婚するなんて報告があるとすれば、美幸から来るはずだ。


『んで、太一はどうなのよ?できたの初カノ?』

『できてたら、お前になんか誕生日の前日に連絡なんてせんわ!!』

 ブーメランで痛そうなスタンプ。


「ふふっ」

 私はなぜだか、笑ってしまった。そして、文章を考えていると太一の方が、連続コメントを送ってくる。

『なぁ、30歳になるの寂しいから祝ってくれへん?』

 太一のうるうるスタンプ。

 はっ?のスタンプを送り返す。


(太一の誕生日は、私の誕生日なの、まさか覚えてないの、こいつ…)


『一生のお願い』

 土下座スタンプ。


(あんた、まだ学んでないの?私ら10歳の時も、20歳の時も…最悪だったじゃん)

 私は画面をじーっと見て、1分ほど考える。


『ケーキよろ』

『マジ、やった!!』

 喜びスタンプ。


「返信はやっ」

 私は「童貞、がっつくなし」と書き込んで送信しようとしたが、辞めた。


『じゃあ、ここで待ってるから』

 太一は地図を載せてきた。

『カウントダウンしたいからよろ』

 侍がお願いする古風なスタンプ。


「私の家に近いな…ふふっ。りょーかいっと」

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