第7話 隠れんぼ(3)
「それじゃ、探しに行きますか。まずは近いところから探してみるか」
俺はそう言いながら軽く背伸びをして、冒険者ギルドの近くにある露店街の場所を探すことにした。冒険者たちが集まる賑やかな場所で、冒険に必要なものが何でも手に入ると言われている。もちろん「何でも」と言っても、信じるかどうかは自己責任だけど……。
露店街は雑然としていて、冒険者たちが立ち寄る飲食店、怪しい武器屋、果てには古びた書物までが無造作に並べられている。おまけに「未鑑定」と大きく書かれた看板が目立つ魔導具の露店も目に入る。その看板の下には何やら輝く小さな石や、怪しい形状のアクセサリーが無造作に置かれていた。そもそも魔導具なのか疑わしい。
周囲には様々な冒険者たちが行き交っていた。
「木を隠すなら森の中、冒険者を隠すなら冒険者の中…ってね」
今日の俺は妙に冴えている気がする。
ここには百人を超える冒険者がいる。各々が武器を持ち、鎧を纏い、忙しく動き回っている。そんな中に一人、ひっそりと姿を隠している奴がいてもおかしくはない。
俺は足を止め、周囲を見渡した。装備に身を包んだ冒険者たちが、露店の品を手に取りながら交渉をしている光景が目に入る。魔術師らしき人物が本を吟味し、戦士風の男が剣の切れ味を確かめている。誰もが目的を持って動いているように見える。
これだけの人混みの中で、隠れている人を見つけるのは至難の業だ。
露店を一つ一つ、丹念に回ってみたが、≪堅牢の盾≫のメンバーどころか、リナさえ見つからない。
「見つからないな…、ここじゃないのかな」
俺は静かにそう呟いて、立ち止まった。冒険者たちが入り乱れ、喧騒に溢れている。武器を手に取り、装備を選ぶ者もいれば、露店の主と価格交渉に夢中な者もいる。その中で、俺の視線は次々に移り変わるが、探している人影はどこにもない。
もしかすると、別の場所で隠れているかもしれない。ここに誰か隠れていると思ったが、全く違う場所を探していたのかもしれない。
「次は…どこを探そう?」
ふと頭を巡らせる。≪堅牢の盾≫のメンバーがよく集まる場所、リナが好むスポット――思い出されるのは、いつも冒険の前に立ち寄る居酒屋やギルド近くにある訓練場。それとも、彼らが準備のために装備を調えるために行く町外れの武器防具屋か。範囲を第7区画にしているから武器防具屋はないだろう。
リナが好むスポットは、……ちょっとわからない。
「…とりあえず探さないと始まらないか」
考えていても、仕方がない。次に探すのは訓練場だ。理由はここから近いからってだけだ。
「よし、訓練場に行きますか」
そう決めて、俺は露店の通りを抜け、訓練場へ向かって歩き出した。
訓練場に行くには、必然的に冒険者ギルドの前を通ることになる。
灯台下暗しってこともあるし、ギルドの周りも念のため確認してから訓練場へ向かうとしよう。もしかしたら、リナたちがここに隠れているかもしれないし、何か手がかりが見つかるかもしれない。
俺はひとまずギルドの裏手に回ることにした。静かな裏手なら、隠れられる場所もいくつかあるだろうし、少なくとも人目は少ない。いくつかの木箱や樽が積み重なっていて、まさに隠れるのにうってつけの場所だ。俺はゆっくりと木箱の陰を覗き込んだが、そこには誰もいないようだ。
「まぁ、こんな簡単なところにはいないよね」
仕方がない。訓練場の方へ行ってみるか。
しかし、その場を歩き出そうとした瞬間だった。
「えっ?」
突如として、何かが背後から迫ってきた。その次の瞬間、重い衝撃が頭を襲い、目の前が真っ白になった。
「———ッ!」
背後から何者かに強く殴られたのだ。驚きと痛みで思わず足をすくませた。頭がぐらりと揺れ、視界がぼやける。その隙をつかれ、粗末な大きな麻袋が頭に被せられた。中は暗く、袋の中で息が詰まりそうなほど圧迫感が襲ってきた。
何が起きたのか理解できなかった。逃げようとしても袋に包まれた状態では身動きが取れない。息が苦しく、頭がぐるぐると回るような感覚がした。
その直後——。
「うッ……!」
再び襲いかかる衝撃。今度は腹部に重い一撃が加えられた。鈍い痛みが体を駆け抜け、思わず小さく呻き声を漏らしてしまった。
俺はその直後、意識を失ってしまった———。
◆
「———様ッ、ソウ様ッ!」
誰かが俺を必死に呼ぶ声で、俺は目を覚ました。
ぼんやりとした意識の中で、重い瞼をゆっくりと開けると、目に飛び込んできたのは、縄で縛られたリナの姿だった。
「リナ様……?」
俺も手足が縄でしっかりと縛られている。床に転がっている自分の姿を見ながら、拘束されていることに気づいた。頭が鈍く痛むのは、襲われたときの影響だろう。
「ソウ様ッ! 大丈夫ですか?」
「——平気だよ! それよりリナ様は大丈夫?」
「わたしは……なんとか大丈夫です」
リナは必死に心配そうな表情で俺を見つめている。その小さな体は震えていた。
正直、痛みは相当なものだったが、そんなこと今はどうでもいい。リナを安心させてやることが最優先だ。
俺はできるだけ平静を保ち、彼女を安心させるように微笑んだ。リナは頷きながらも、まだ不安げな表情を崩せない様子だったが、少しだけその目に安心の光が戻ってきたように見えた。
俺たちは縛られて、どこか分からない場所に閉じ込められている。しかし、ここでパニックになっても何も解決しない。冷静に、まずはこの状況をどうやって切り抜けるか考えなければならない。
幸いこの世界に来て、こういうハプニングには何回も巻き込まれており、慣れっこになってきている。全然良いことではないが…。
「ソウ様、何とかなりませんか……?」
リナの声が震えている。彼女の不安を少しでも和らげたいが、何もできない。俺は戦闘力が皆無だし…。
妹や弟たちが持っているような力があれば、こんな状況でも余裕なのだが———、せめて魔道具を持って来ていればよかった。それならこんな縄、切れたのに……。
「大丈夫だよ。きっと助かるから。ただ、今はタイミングじゃない。もう少し待っていよう」
俺はできる限り安心させるような声で告げた。なかなか探しに来ない俺を≪堅牢の盾≫のメンバーが探して助けてくれるかもしれない。
「———ソ、ソウ様ッ! ものすごく強い魔力の持ち主が、こちらに近づいてきていますッ!」
リナの声が、これまでになく震えていた。小さな体が目に見えて恐怖に震えていて、まるで今にも泣き出しそうな表情をしている。明らかな恐怖が滲んでいた。彼女がこれほど恐怖するということは、よほど強力な存在が俺たちに迫っているのだろう。
俺らを攫った犯罪者のボスかな?
俺には魔力感知がないからいまいち凄さがわからない。リナは圧迫感や魔力の異常さを感じているのだろう。
まぁ、今、生かされているのだから、すぐに殺されるということもないだろう。
「大丈夫だよ。安心して」
俺はリナに向けて、できるだけ穏やかで落ち着いた声をかけた。こんな言葉が彼女をどれほど安心させられるかは分からない。気休めにしかならないかもしれないが、言わないよりましだろう。
「ソ、ソウ様、でも…」
リナが不安げにそう言った瞬間だった。
突然、隣の部屋から激しい争いの音が聞こえた……だが、それは一瞬だった。次の瞬間には、まるで何もなかったかのように、部屋は静まり返った。
え? 何? 怖いんだけど…。
そんなことを考えているうちに、突然、俺たちのいる部屋に繋がる扉がゆっくりと開かれた。
一瞬身構えたが、ここに現れたのは全く予想外の人物だった。
「ボスぅ~、こんなところで何してるのッ?」
ん? あれ? ライカじゃん———。
妹のヒモとなって異世界で生きていく~最弱の俺が英雄に至る~ 雪下 ゆかり @yukishitayukari
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