第6話 隠れんぼ(2)
「それじゃあ、俺が最初に捕まえる役をやるから、みんなは隠れてよ。俺が数え終わるまでに、どこかに隠れるんだ。範囲は冒険者ギルドがある第7区画だけ、建物の中に隠れるのはダメだから注意して」
俺は宣言して、数を数え始めた。
「1、2、3……」
数を数えている間に、彼らの足音があちこちに広がっていくのが聞こえた。冒険者たちはそれぞれのスキルを駆使して隠れようとしているだろうし、リナも負けじとどこかに隠れているはずだ。
「……10! もういいかい?」
俺は数を数え終え、ゆっくりと目を開けた。第7区画はそれなりに広い。道が複雑に入り組んでいて、屋台や雑貨店が並んでいる場所もあるので隠れる場所には困らない。
隠れる側には、主に2つの方法がある。
1つ目の方法は、誰もが考える隠れ方だ。できるだけ見つかりにくい場所に隠れる。木の上、屋根裏、はたまた地下室の暗がり。今回は建物の中に隠れることを禁止しているため隠れる場所は大幅に制限されている。
2つ目の方法は、玄人の隠れ方だ。鬼の動きを追跡しながら、見つからないようについていく。言わば、鬼に気づかれずに背後を取り続けるというスリリングな隠れ方だ。この方法は、単に隠れるだけではなく、相手の行動を監視し、まるでストーカーのように常に先回りする技術が要求される。
リナは1つ目の方法で隠れるだろうが、冒険者たちは油断できない。特に斥候のマリルナは追跡の技術も持っているだろう。2つ目の方法で隠れる可能性も十分にある。
しかし、こちらは子供の頃から隠れんぼをしており経験値が違う。言わば、隠れんぼのプロ(?)だ! 今日初めて隠れんぼをやる冒険者たちに負けるわけにはいかない。
「よし、変装するかな」
まず俺はギルドマスター室へ向かった。
2つ目の方法の対策として、彼らの追跡を撹乱するために、まずは俺自身が「俺だと分からない存在」になるためである。
変装は、そのための有効な手段だ。いつもの服装を変えることで、追跡者たちを混乱させることができる。
フフフ、我ながら冴えている! 天才ではないだろうか!
鏡に映った自分の姿を見つめながら、考え込む。頭に浮かんだのは、浮浪者のような服装だ。彼らはどこにでもいるし、冒険者たちにとっては目にも止まらない存在。これなら油断を誘えるかもしれない。
「よし、浮浪者風にしよう」
すぐに決めた俺は、部屋の奥から古びた布地のコートを引っ張り出した。色あせた茶色いコートに、シミだらけのシャツ。そして、ボロボロのズボン。これなら、まず俺だとは気づかれないだろう。さらに、帽子も被って顔を隠すことで、完璧に変装できたはずだ。
「これで大丈夫だな」
そう思った矢先、ギルドマスター室のドアがガチャリと開いた。入ってきたのはアルジェだった。彼女は俺を見て、目を丸くしている。
「………何をやっているんですか?」
俺は帽子を深くかぶり直し、平然と答えた。
「変装だよ。見つからないためのね」
「………浮浪者の格好が、ですか?」
「そうだよ。この格好なら目立たないし、気づかれないだろ?」
アルジェは小さく溜息をつきながら、俺を上から下まで見回した。その一息には、呆れ半分、諦め半分が込められているようだったが、彼女はこれ以上、追及をしないようだ。
「じゃあ、行ってくる」
帽子のつばを軽く指で押さえながら、俺はギルドマスター室を後にした。さあ、この完璧な変装で、冒険者たちを出し抜いてやるんだ。
◆
今まで出会ってきた人たちは、私、リナ・グラディウスに伯爵の娘として恥ずかしくない立派な淑女になるように求めてきた。
家庭教師の先生たちも教えてくれるのは、礼儀作法や学問についてばかり。もちろん、それがお父様であるカーク・グラディウス伯爵の方針だからでもある。余計なことは教えてくれず、ひたすら担当している教科について実直に教えてくれている。
別に不満があったというわけではない。お兄様やお姉様もそうやって学んできたおかげで、今や立派に王都の貴族学校に通っていると聞いている。
そんな中、出会ったのがソウ様だ。
ソウ様は今まで出会ってきた人たちとは違っていた。
私を伯爵の娘としてではなく、ただの一人の少女として扱ってきたのだ。
「子供の頃はもっと遊ぶべきだよ。よかったら遊び方をいろいろ教えてあげるよ」
これが、最初にソウ様から言われた言葉だった。
意外なことにお父様も彼を評価しているようで、「彼から学ぶべきこともあるだろう」と言って、ソウ様と遊ぶことを認めてくれたのだ。これには予想外だった。
頻繁に会えるわけではないが、会うたびに新しい遊びを教えてくれるソウ様との時間が楽しみになった。
———正直なところ、教えてくれた遊びから何を学べばいいか、わからないけど……。
今日は初めて冒険者ギルドに訪れ、冒険者と一緒に隠れんぼをすることになった。
冒険者たちとの接触は初めてで、少し緊張したがワクワクが止まらない。
ソウ様の合図で、冒険者たちは一斉に冒険者ギルドを飛び出し、隠れる場所へと向かっていった。建物の中に隠れるのはダメってルールなので、私も急いで冒険者ギルドを飛び出した。
普段、一人で街は出歩かないし、冒険者ギルドに来るのも初めてなので隠れる場所に検討がつかない。どこか隠れる場所はないかと周囲を見回すも、すぐに見つかってしまいそうだと感じる。
「普段、街を一人で出歩くこともないから、ここがどんな場所かもわからないし…」
自分がどの場所に隠れるべきか全く見当がつかず、少し困った様子で考え込んでしまう。
ここだと人通りも多いし、隠れる時に他の人から見られてしまいそうだ。
よし、もっと人通りが少ないところに行こう。
人通りが少ない場所に来た時だ。突然、視界が暗くなり、誰かに口を押さえられる感触が襲った。驚きと恐怖で心臓が激しく跳ねる。
必死に抵抗しようとしたが、恐怖で力が入らない。
「うう……!」
小さな悲鳴を上げた直後、視界は完全に暗闇に包まれた。目隠しと口に紐を咥えさせられた後、袋に詰められたのだ。袋の中で息を切らし、心臓が圧し潰されるような恐怖に見舞われる。どこかで聞こえる声や音が一層不安にさせられる。
(どうしよう、どうしよう……)
リナは、何度も心の中で叫んだ。自分がどうしてこんな目に遭ったのか、何が起きているのかさっぱり分からない。涙が頬を伝い、呼吸も荒くなっていた。
袋が揺れる度に、心はどんどん不安になっていった。周囲の音は、まるで遠くから聞こえるようで、不安を一層煽るばかりだった。いったいどこに連れて行かれるのか、何が待っているのか、全く見当がつかなかった。
さっきまであんなに楽しい気持ちだったのに————。
やがて、袋が静かに置かれる感触が伝わり、リナはその中で息を殺した。彼女の頭の中では、数々の恐ろしい想像が駆け巡っていた。ソウ様の顔がちらつき、彼が助けてくれるのではないかと、一縷の望みにすがりついていたが、現実は冷たく、彼女はただ身動きが取れないままでいた。
心の中で必死に祈った。彼女の心は強く願っていた――誰か、私を助けてくれるようにと。
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