刑罰:カジット連山殲滅掃討 4

 俺たちが戦場に到着する頃には、状況はすでに終わりつつあった。

 遭遇戦から掃討戦に移行しかけている。

 よくもこの短時間で、という戦い方だった。峡谷に追い込み、逃げる道を待ち伏せで塞ぐ。敵の分断と、火力の集中。お手本にしたいくらいの手際の良さだ。


 ――もちろん、こんなことは俺たちの連れてきた『支援部隊』の仕事じゃない。

 冒険者と海賊の寄せ集めでは無理に決まっている。この混合部隊の指揮官は、いちおう元冒険者のマドリツという男に決めてあったが、お世辞にもそれが機能していたとは言えなかった。

 冒険者たちは突出した血の気の多い連中を援護するのに必死で、異形フェアリーどもをうまく捌けていない。海賊たちは隊列を固めてこそいるが、船の上での戦いに慣れきっているせいか、固まりすぎて柔軟な包囲態勢を作れていない。

 飛び交う罵声もひどかった。


「やばいっ、またオルド爺さんだ! 突っ込んで行きやがった!」

「一人にするな! あの爺さん、もう誰か縄で捕まえておけよ……海賊ども、何やってんだよ! そっちじゃなくて右翼に回れ! もっと広がれって!」

「てめえらがやたらと動くからだ! 隊列を崩すな、これじゃ包囲にならねえよ――トゥゴ隊長、どうします!?」

「どうしようもあるかよ。マドリツ! お前も指揮官ならちゃんと舵取りしろ!」


 冒険者と海賊を一緒にしたのが、そもそもの間違いだったかもしれない。

 あまりにも急造部隊でありすぎた。冒険者どもはマドリツが、海賊どもの方は赤い帽子のトゥゴという男が、それぞれ指揮する形になってしまっている。まともに戦うには、まずはこれをきちんと一本化しなければ。

 それに比べて――


「斉射」

 低い声が響く。

 黒衣の男だった。瘦せこけた頬に渦を巻くような刺青――おそらくは指揮官。

 その号令に従って、一斉に雷杖が放たれた。光と乾いた音が連鎖し、谷間から脱出を試みた異形フェアリーたちを射抜く。

 これこそ「殲滅」という呼び方がふさわしい――同時の射撃が、異形フェアリーたちの勢いを完全に止めていた。


 続いて、白兵部隊が抜刀する。あるいは槍を構える。

「逃がすな」

 短い命令。黒衣の兵たちが斜面を滑り降り、刃を振るう。一斉射撃を逃れた異形フェアリーを余さず狩りつくしていく。

 実に手際がいい、と言うしかない。冒険者崩れや海賊どもとは練度が違う。

 ――つまり、あれは俺たち懲罰勇者の『支援部隊』ではない。いずれも黒衣の、二百人ほどの兵だった。ただ、その統率のとれた攻撃が、人数をはるかに上回る殺傷力を発揮している。


「うわぁ」

 と、ドッタなんかはその光景を見て、露骨に怯えた顔をした。

「え、なんか変な人たちいない? あの……すごい強いみたいだけど……ぼくらの仲間と交換できない? っていうか、誰?」

「知るか」

 俺の返答は簡潔にならざるを得なかった。マドリツのやつが告げていた、あの黒衣の部隊たちの自称を聞いていたからだ。できれば関わりたくないとすら思った。

 だが、そうもいかない。


「うおっ……ダメだこれ! 止めらんねえぞ!」

「こっちくんな――くそ、いてえッ!」

 冒険者どもの悲鳴。一匹のトロールが抜けてくる。

 俺の五割増しくらいの体格――これでも小型の方だが、そいつが腕を振るうと人間は弾き飛ばされるし、少々の射撃では止まらない。黒衣の兵たちが舌打ちをした。何人かの手勢を向かわせる動き。

 ただ、間に合わないであろうことはわかった。行く手を塞ごうとする冒険者どもは拳の一撃で簡単に殴り倒される。


「うむっ。出番だぞ、ザイロ総帥!」

 ノルガユが馬鹿デカい声で怒鳴った。この野郎、俺の名前を大声で怒鳴りやがって。

「直ちに救援せよ! 我が王国の民を救え。これは勅命である!」

「うるせえっ、わかってる! ツァーヴ!」

 ノルガユに言われるまでもなく、俺は跳躍しながら怒鳴った。

「援護しろ。足を止めろ!」

「はいはい。それだけでいいなら、超楽勝っスけど!」

 ツァーヴの雷杖が閃光を放つ。トロールの足を撃ち抜き、膝から先が吹き飛ぶのを見るまでもなく、俺はすでにナイフを引き抜いて放っている。当然、狙うのはトロール野郎の頭部。

 爆破音。直後の静寂――土煙が渦を巻き、頭を失ったトロールが倒れる。


 続いてボギーの群れ。額に角を持つ犬型の異形フェアリー。一気に突破を図ったようで、何匹かが抜けてくる。

「テオリッタ」

 と、呼ぶまでもない。虚空に火花が散り、剣が霰のように降り注ぐ。俺はそのうちの一振りを掴み、すくい上げるようにして迎え撃つ。先頭を斬り捨て、続く二匹目の首を抉り、三匹目には刃の切っ先を触れさせるだけでいい。

 爆破印による閃光と破壊がそいつを仕留めている。

 ――結局、それが最後の一匹だった。


「うおおおっ……先生!」

 マドリツのやつが、泣きそうな顔で手を振っていた。あの馬鹿。

「ザイロ先生! 遅いじゃないですか! おれら全滅するかと思いましたよ。あの黒いやつらが来なけりゃ、ほんともうヤバかった……!」

 こいつもまた、余計なことを言いやがる。

 確実に面倒なことになる予感がしたからだ。実際、その予想は完全に的中していた。


「……ザイロ?」

 頬に渦巻き状の刺青を持つ、黒衣の男が俺を見ていた。

「ザイロと呼ばれたのか、お前は?」

 ひどい目つきだ。いまにも飛びかかってきそうな、怒りすら帯びた視線。無表情を装うようでいながら、その殺気が伝わってくる。なんなんだよ。


「我らの領主の名と同じだな。本名か? 返答次第では容赦はしない。――カフィニ。狙いをつけろ」

 黒衣の兵の一人が、こちらにまた雷杖を向ける。

 俺はその雷杖の型に見覚えがあった。製品名『ジェカナド』。十年も前の製品だ。すでに閉鎖された旧トハル工房社が開発した、中距離射撃用の雷杖。弾倉交換なしに十三発という雷を放つことができるが、射程も精度も高くはない。

 早い話が、射手の腕に大きく左右される武器だった。


「えっ。えっ?」

 それを見てテオリッタがひどく慌てた。斜面の上から、俺に向かって大声で叫ぶ。

「ザイロ! なぜか狙われていますよ! わ、私が救助しましょうか!?」

「また俺の名前を……」

 頭痛がしてくる。なぜどいつもこいつも、俺の名前を大声で呼ぶのか。まったくいい予感がしなかった。

 フォルバーツ軍。そう名乗る連中だと、報告の際にマドリツは言っていた。あの黒衣の奴らがそれだとするなら、とてつもなく面倒なことになる気がする。


 それを裏付けるように、黒衣の男はさらに目つきを鋭くした。

「……私は質問している。速やかに答えろ。お前は誰だ?」

 明らかな敵意が、黒衣の男の視線に満ちている。俺に狙いをつけている、カフィニと呼ばれた女も同様だった。

「賊徒か、迷い込んだ連合王国の兵か。この数日で山中に増えたな。異形フェアリーと交戦していたところを見ると、魔王現象に与する傭兵ではないな?」

 これに対して、俺はどう答えるべきか。ベネティムのように偽名を使うか?

 だが、いまさら?


「あのねえ……ザイロ。早くなんとかしてくれない?」

 ドッタが控えめに声をあげた。振り返れば、両手をあげていた。他の黒衣の兵が、奴らの方にも狙いをつけていた。

「この人たちって、つまりきみの知り合い? ぼくは平和が好きだなあ。うまいこと仲良くしてほしいんだけど……」

「何を考えている、愚か者ども! 余に杖を向けるなど不敬である! さては反逆者か!」

「へへ……陛下が限界っスね。ま、喧嘩を売られちゃ仕方ねえよなぁ」

 ――限界だった。主にノルガユと、ツァーヴが。

 不毛な殺し合いに発展する前に、俺は白状することにした。


「ザイロ・フォルバーツ。それが俺の名前だ。何か文句でもあるか?」

「嘘をつくな」

 黒衣の男は即答した。

「我々が伝え聞くフォルバーツ卿の特徴と一致しない」

 理不尽なことを言われている、と思った。だが『フォルバーツ卿』という言葉を耳にして噴き出したツァーヴのことはよく覚えておこう。

「フォルバーツ卿はお前のように凶悪な顔ではない。カフィニ、見せてやれ」

「了解」

 俺に雷杖を向ける黒衣の女が、懐から紙片を取り出して掲げた。しかも、どこか誇らしげに。

「これが我らの領主、フォルバーツ卿です。あなたはまるで似ていません」

 そこには一人の男の肖像画――らしきものが描かれている。


(なんだ、それ)

 俺は目を細め、どうにかそこに描かれた人物の顔を視認する。

 髪を後ろに撫でつけ、口ひげを生やし、紳士然とした笑みを浮かべる男。俺と似ているのは、肌が色黒なこと。あとは眉毛の形ぐらいのものだろうか?

 ――やっぱりこの肖像画を見て爆笑したツァーヴには、絶対に報復してやると心に誓う。


「以前に二度、フォルバーツ卿とその縁戚を名乗る者がやってきた。やつらは詐欺師だった」

 黒衣の男の目には、憎悪すら窺えた。

「我らの領主の名を騙る者は許せん。お前は誰だ?」

「いや……待てよ。お前らは何なんだ? 俺はお前らのことを知らねえぞ」

 覚えていない、といった方が正確かもしれない。

 だが、直接の面識はないのだろう――たぶん。たしかに俺はこの一帯の、名目上の領主であったことがある。とても統治などをできる状況にはなく、俺がこの『領地』に滞在した時間は、すべて合わせても十日に満たなかったはずだ。

 それでも――


「我々はフォルバーツの軍だ。ノーファンの防衛を担っている」

 そんな部隊がなぜ山の中にいるんだ。都市はどうした。俺の知らないところで俺の名前を名乗らないでくれ。というか、その肖像画はいったいどこからどうやって手に入れたんだ。

 ……など、言いたいことはいくらでもあったが、状況はそれを許さない。

 俺は俺がザイロ・フォルバーツであることを速やかに証明する必要があった。


「わかった」

 と、俺がナイフを引き抜くと、黒衣どもは明らかに緊張した。

「動くな! 妙な真似をすると――」

「いま証明してやる」

 外套の下、衣服を切り裂く。胸元から腹部にかけてを露出させる。密に刻まれた刺青。聖印だ。ほとんどは封じられているが、痕跡は明白に残っている。

 それで、黒衣の兵たちが息を呑むのがわかった。


「その聖印は、本物か?」

「どうやって確かめるつもりだよ」

 呻くように尋ねてきた黒衣の男に対して、笑いかける。たぶん、肖像画の人物とは似ても似つかない笑いだっただろう。

「実力で試すか? ……本物のフォルバーツの軍って名乗るからには、偽物の俺より強いんだろうな?」


        ◆


 市内での死者が増えている。

 第十聖騎士団――グィオ・ダン・キルバがその報告を受けたのは、ノーファンに到着してから十日目のことだった。

 情報を持ち込んできたのは驚くことに『聖女』ユリサ・キダフレニーであり、グィオは深夜の事務室でそれを聞くことになった。


「無差別的な殺人、ですか」

「はい。そ……そう、だ。市民だけではなく、兵士たちからの訴えも上がっている」

 ユリサ・キダフレニーは、わずかに咳ばらいをして言い直した。

 いまだ彼女は言葉や態度に、『聖女』らしくない部分が残っている。その手の作法の教育は主にサベッテが担当していたが、グィオも折に触れて警告してきた。そのせいだろう。いまでも相対すると、ユリサはひどく緊張し、言葉遣いも『聖女』らしくなる。

 サベッテに言わせれば、「ようやく少しは効果が出てきた」というところか。


「六日前より、日に一人か二人。昨夜は三人。まるで獣に襲われ、食いちぎられたかのような惨状だった――とのこと、だ」

 グィオは手元の紙片に目を落とす。ユリサが持ってきた報告書だ。かなりぎこちない筆跡で、いくつかの情報がまとめてあった。ここまでに被害者は十一人。彼らの簡単な人物概略から見て取れる関連性はない。性別も年齢も大きく異なる。

 殺害現場は、家の中、街路、監視塔。様々に分散していて、こちらも共通点は感じられない。凶器は爪や牙のようなもの、ということだった。


「……私のところまでは、何も報告は上がっていませんね」

 グィオもまた、『聖女』に対するにふさわしい言葉を使う。この場にはユリサの他には、彼ともう一人――彼の《女神》イリーナレアしかいない。それでも言葉遣いには注意する。

 そうした行動の積み重ねが、いざというときの備えを作る――と、グィオは信じていた。


「市民と軍の安全にかかわる重要な情報は、すべてマルコラス・エスゲイン総帥に集約されるはずですが」

「総帥は、あなたに。グィオ・ダン・キルバ聖騎士団長に対応策を検討するように、命じられた。おそらくは異形フェアリーか、魔王現象の仕業と推測されているらしい……」

「……なるほど」

 グィオはうなずく。マルコラス・エスゲインのやり方らしい方法だ、と思う。

 責任をすべて聖騎士団に押し付けることができるし、異形フェアリーか魔王現象の手口を探り出して対応することは、《女神》と聖騎士の本来の業務でもある。どう転んでも本人に傷はつかない。

 こういう政治的な動きの巧みさは、エスゲインの最大の武器だった。


「……あの。気になる点が、ある。意見を述べてもいいだろうか」

『聖女』は、控えめに片手をあげた。まるで学校の生徒のようだ。

「どうぞ。参考にさせていただきます」

「これは本当に、魔王現象や異形フェアリーの手口だろうか。被害者の人数が少なすぎるし、不規則すぎる。ように、思う……」

「それについては同感ですね」

 異形フェアリーならば、これだけ被害が少ないということはあり得ないように思う。そして市内に潜入している魔王現象による殺人だとすれば、被害者はどのような基準で殺されているというのだろう。

 もっと的確に、軍の将校や、民間でも重要人物を狙うのではないだろうか。


「厄介だな」

 不意に、イリーナレアが呟いた。グィオはそちらを振り返る。

 彼の契約した《女神》。滑らかな金髪の先を指先で摘まんでいるのは、不機嫌である証だ。不安の証、と言い換えてもいい。

「あたしの兵器は、直接的に攻撃してくる敵は得意だ。迎撃はうまくいってる」

 事実だ。イリーナレアの召喚する兵器が配備されたいま、この街を正面から落とすのは極めて困難だろう。

「だけどな、内側に入り込んだ敵の相手は苦手だ。そういうのはフィムリンデとか、生意気で認めたくねえけどケルフローラの仕事だからな」

 どちらの《女神》も、ここにはいない。グィオはため息をつく。その顔を、イリーナレアに見咎められた。


「ため息はやめろ、グィオ。お前がそんな顔をするとさ、この世は終わりなんじゃないかって感じに陰気になるんだよ」

「配慮します」

 表情の陰鬱さは、もはや生来のものだ。考えなければならない。何者が殺人を行っているのか。

 こうした猟奇殺人で思い出すのは、やはりかつての第一王都での連続殺人だろう。


「……以前、似たような事件がありました。連続殺人犯、《食人鬼》ツァーヴ……しかしあのときは死体がまるで上がらず、完璧に処分されていた……」

 グィオは一つずつ、あるべき要素を検討していく。

「せめて、何かの共通点を割り出せれば。何者かが潜んでいるとして、何を基準に、殺人を行っているのか。時間帯、所属、身体的特徴……なんでも良いのですが」


「それについても、気になる点が」

 ユリサ・キダフレニーは、またしても律儀に片手をあげた。

「被害者の共通点として、みんな夢を見たことがある、らしい」

「夢……ですか?」

「そうだ。それも、恐ろしい怪物に襲われる悪夢を」

 グィオは返答しなかった。何か、引っかかるものを感じたからだ。悪夢という単語を聞いたとき、記憶のどこかに残っている――そんな感触があった。

 まさか、と思う。しかし、戦場では常に最悪を想定しておくべきだ。


「イリーナレア。第一王都との通信に使う例の箱は、召喚を維持していますか?」

「ああ。当然、まだ余裕はある。誰と通信するつもりだ?」

「フィムリンデ……いや、シグリア・パーチラクト。第七聖騎士団長。彼女の歴史に関する知識が必要です」

 グィオは陰鬱な顔で、窓の外に目をやった。

 黒々とした夜の闇。その向こうには、砲撃都市ノーファンの象徴ともいえる、巨大な塔が聳え立っている。あれが『砲』だ。

 しかし、それでは防ぎきれない敵が迫っている。そのようにしか思えない。


(まずいな。このままでは、ノーファンは陥落する)

 ほとんど確信に近い予感だった。推測が当たっているなら、この敵は、イリーナレアの召喚する兵器や『聖女』の呼び出す城壁では阻めない。

(我々は、あえてこの市内に誘い込まれたのか)

 とすら思う。

 この敵に対抗するための手がかり。それがなければ、ノーファン市の陥落どころか、全滅もあり得た。


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