刑罰:ブロック・ヌメア要塞破壊工作 7

 俺は吹き飛ぶ異形フェアリーどもを眼下に見る。

 着地点は解決した。ぎりぎりのところで間に合った、ということになる。


 即興で築いた塔が、光の砂粒になって崩れていく。

 俺は『聖女』を抱え込み、宙を駆け、着地を果たす。ほとんど同時にナイフを放つ――異形フェアリーが一匹、二匹、飛び込んできてもその程度では相手にならない。

 とはいえ、まだだ。

 要塞内部に展開し、迎撃を準備していたらしい異形フェアリーの群れがいる。そいつらが押し寄せてくる。


「テオリッタ! ライノー!」

 俺は大声で怒鳴る。

「迎え撃つ! 援護頼む!」

「――はい!」

「いいね。今日は楽しいな」

 二人ともすぐさま応じた。

 テオリッタが虚空を撫でると火花が散る。刃が召喚される――テオリッタの精密な空間把握力があれば、そして敵が異形フェアリーだけに限定されるなら、百や二百は敵じゃない。


「このくらい――で、当たるね?」

 というライノーの呟き。右腕を掲げ、砲撃を放つ。轟音と衝撃が、要塞そのものに直撃した。狙撃や砲撃を試みようとしていたやつらは、これで頭を引っ込めるだろう。

 ライノーが一度狙いを定めたからには、移動しなければ何発でも外れなく着弾させることができる。


 ちなみにツァーヴの場合、あいつは移動しながらでも何度でも命中させる。

 以前にライノーが自分とツァーヴの違いについて言及していたことがある――つまり、ツァーヴは計算や経験などという確実な要素ではなく、単純に勘だけで狙撃をやっている節がある。

 だとしたらおおよそ超常現象の類だろう、と。


 ――とにかく、テオリッタとライノー。この二人の援護で、異形フェアリーの群れの勢いは止まった。

 角笛のような音が、要塞から吹き鳴らされているのがわかる。「後退」の合図だろう。群れが退いていく。

 まあ、その指示は間違いではない。百や二百の小勢による断続的な攻撃なんてものは、分断して撃破してくださいと言っているようなものだった。豊富な要塞内部の戦力と合わせて、一斉に攻撃をかけるのが得策のはずだ。

 よって俺たちはほんのわずかではあるが、息をつくことができる。


「ご、ごめんなさ――い、いえ。感謝。感謝……感謝し、……感謝する」

 抱えた『聖女』は蒼白な顔で、何度もつっかえながら、明らかに不自然に取り繕った言葉を発した。震える右腕の、その指先が火花を散らした。

「いまのは、私の失敗だ。すぐに、壁を……城壁を呼び出す。心配はない。きみたちを必ず守るから――」

「違う、アホ」

 俺は苛立った。まったくの的外れな提案だと思った。いままでどんな戦い方を教わっていたのか?


「塔を出せ」

 頭痛がする。砂嵐で頭の中を削られているような、不揃いな痛み。俺なら耐えられるだろう。その砂嵐の向こうに戦いのイメージ――あるべき形を思い描く。

「城壁なんて滅多に使うな、体力を消耗しすぎる。無駄だ。身長の倍の高さの塔を二つ。石造りで。遮蔽物にするなら、その程度でいい」

「塔を――」

「早くしろ!」


「は、りょ、了解――した!」

 慌てて虚空を撫でた、その様子だけは滑稽だった。

『聖女』の求めに応じて、二つの塔が呼び出される――俺はすぐその一方の陰に隠れた。敵の要塞陣地の真っ只中だが、次の新手が寄せて来るまで呼吸は整えられる。


「ザイロ!」

 駆け寄ってきたテオリッタが、俺の腕にしがみついた。やけに不安そうな顔だった。

「な、なぜ、『聖女』の方がここにいるのです?」

「間抜けだからだろ。おい――ふざけるなよ、お前」

 俺は『聖女』の襟首を掴んだ。正面から睨む。ありったけの怒りをこめた。

「自分が呼び出す建物の最先端にいてどうする。危ないって思わなかったのか? ああいうのは聖騎士の……」

 言いよどむ。こいつに、『聖女』にそんな役割の存在はいない。

「……兵隊のやることだ。だからこんな目に遭ってるんだろうが!」


「い、あ、う、私は」

 何度か、何か反論めいたことを口にしかけた。だが、結局は『聖女』は正直に言うつもりになったようだった。

「――囮になれば。役に立てるかと。イリーナレア様――が、攻撃を。私は敵を引き付ける役を担う。私の命が、勝利につながるなら」

 その言葉を裏付けるかのように、海側の城壁で轟音が響いた。イリーナレア。鋼の《女神》による強力な兵器が展開されているのだろう。

 だが、


「舐めてんのか」

 俺は『聖女』を突き飛ばす。そいつが呼び出した塔にぶつけるように。それほど腹が立っていた。ここまで腹が立つのは久しぶりだ。

「ふざけるなよ。異形フェアリーどもの前に俺が殺すぞ!」

「ザイロ。落ち着きなさい」

 テオリッタのささやくような声。

「彼女が怯えています」


「怯えるくらいなら、最初からこんな馬鹿な真似をしなきゃいいんだよ! 何が囮だ。命を使って勝つなんて言うなら、そんなツラをするな!」

「ですが」

 テオリッタは不安そうに俺を――俺と『聖女』を見た。そうだ。テオリッタには俺の怒りと、精神的な動揺が伝わる。平静に。いまの状況に集中するべきだ。

 それどころじゃない――俺は『聖女』から視線を外した。


「――まずいことになるぞ」

 俺はそびえるブロック・ヌメア要塞を見上げた。

「『聖女』がここにいるってことが知られた。テオリッタ、お前もだ。連合王国の最強の駒が二つ――とすれば、向こうの考えることは」

 要塞の正門から、赤い輝きがのぞいた。燃え盛る、炎をまとう虎――といえばいいのか。それ以外になんと表現すればいいのかわからない。毛皮それ自体が炎であり、天に向かって咆哮をあげると、その周囲が燃え上がった。

 ――魔王現象。

 海に炎の雨を降らせた、例のやつだ。名前はなんというのか――


「ブリギッド」

 と、『聖女』は呟いた。顔面は蒼白だ。

「……要塞から、出てきた……」

 それがあの虎野郎の名前か。そこにはいくらかの畏怖さえ感じられた。ビビってやがるのか。くそ。

 それなら、せいぜいもっと怯えさせてやる。後悔させてやる。二度とこんな無茶な真似をしようと思わないぐらいに、だ。

「あの魔王現象の狙いは俺たちだ」

 俺は冷酷に事実を告げた。

「ここで俺たちを仕留めれば、圧倒的に向こうが有利になる。ブロック・ヌメア要塞が抜かれても、やつらにとっては大きすぎる戦果だ。やるしかない」

「それは――」

「手を貸せ、『聖女』。俺とテオリッタでやる」


 俺はテオリッタの腕を掴んだ。

「いまが最大のピンチで、最大のチャンスだ。切り抜けるぞ。いつものことだ、たいしたことじゃない」

 俺がすごむと、テオリッタは泣きそうな顔をして、『聖女』は戸惑ったように燃える右目を押さえた。泣きたいなら泣けばいい。

 それがいい教訓になる、と俺は思う。


 魔王現象『ブリギッド』が咆哮をあげると、炎が空を覆ったように感じた。

 赤い火の雨が降ってくる。


        ◆


 白い炎が夜の底を照らした。

 瞬くような速度で草原を焼き、収束する。

 パトーシェ・キヴィアの槍だった。彼女の率いる騎馬隊は、少数ながら敵の騎兵型異形フェアリーを一手に引き受け、引きずりまわしていた。


 北から寄せてくる異形フェアリーの群れで、機動力のある種は二つ。

 馬を素体とするコシュタ・バワー。それに何らかの生物が融合した形のデュラハン。後者は主に装甲のような甲殻を備えた個体ばかりで、並みの雷杖の射撃では撃破は難しい。

 それを、パトーシェの槍は軽々と吹き飛ばす。


(すげぇな)

 と、ツァーヴは地に伏せ、それを見ていた。背の高い草の海に身を沈めたまま、狙撃杖を抱えて、戦場を見据える。

(ただ腕が立つだけじゃないわけだな。ああいうのは、オレにはできない)

 馬の扱い、兵士の指揮についてのことだ。我ながら、動物に好かれない性質だと思う。たぶん気まぐれだからだ。


 パトーシェの動きは卓抜していた。

 距離をとるべきときには馬の速度をあげてしっかりと引き離し、追いつかせるべきところで仕留める。

 こちらの仕掛けた罠と、一応数だけは揃えた歩兵たちの槍衾と合わせて、実に巧みに敵をあしらっている。もちろん全滅させることなどできないが、森から大挙して突撃し、こちらの小規模な陣地を包囲させないような動きは可能だ。


(それと、ベネティムさんね)

 ツァーヴは喉の奥で笑いをこらえながら、やや離れた位置で――ツァーヴの目からすれば「呆然と」立ち尽くすベネティムを見た。

(なんかアレ、意外に効果があるな……)

 周囲から見た、指揮官としての姿のことだ。ベネティムはもはやまったく戦況を把握できていないので、緊張らしい緊張もなく、ただぼんやりと薄笑いを浮かべたまま中空を見つめている。


 その姿は、あるいは「茫洋と」――あるいは「動じることなく」、勝利を確信した笑みを浮かべているように見える。

 それを証明するように、周囲の歩兵たちは圧倒的少数で囮の役目をさせられているというのに、ほとんど動揺は感じられなかった。彼らはベネティムのその態度から、何らかの安心――らしきものを獲得しているのかもしれない。

 それは大きな間違いで、ベネティムにこの先の戦況の見通しなど存在しない。

 ただ、逃走を抑止し、一応の士気を保つ効果はある。


(こいつはウケる。後で脚色して話すか――)

 この調子ならば、うまくいく。

 向こうが本隊ともいうべき大型異形フェアリーが追いつき、一斉攻撃の態勢を整えるまでは、時間が稼げるかもしれない。


(――だが、向こうもそんなに悠長に構えちゃいられない。だろ?)

 制限時間がある。時間さえかければ大軍を用意できる異形フェアリーどもにしても、要塞を落とされるまでの話だ。

 だから次に打って来る手は予想できていた。そのためにザイロも自分をここに配備した。よくわかっている。こういうところで、自分ほどザイロの戦い方と、その目的を理解している者はいないだろう。

 ジェイスは陸のことはさっぱりだし、パトーシェはこういう意地の悪い戦い方に向いていない。


『ツァーヴ!』

 不意に、鋭い声が響いた。パトーシェからの通信。

『北西と北東から新手だ。重装甲のデュラハン』

 その言葉の通りに、森から騎兵のような姿の異形フェアリーが飛びだしてきている。二手に分かれてきた。

(嘘くさいな)

 と、ツァーヴはなんとなくそう思う。


『引き付けて、そっちに追い込む! 歩兵に準備させろ!』

「はいはい、了解……」

 ツァーヴは応答し、呼吸を詰めた。必ず来る。この状況で動かなきゃ、よほどの無能だ――狙撃杖に意識を集中させる。

 視界、だけではない。風と地面の振動でその機を計る。パトーシェを注視する。


 二手に分かれて襲い掛かってきた異形フェアリーたちは、彼女と騎馬隊を挟み撃ちにしようとしたようだった。

 が、パトーシェは双方から逃げると見せかけ、渦を巻くような動きで反転し、一方にだけ突っ込んだ。集団にあれをさせることができるのが、パトーシェの強みだ。馬上にいるのは、聖騎士団時代からの手下だという。

 なるほど、全員がなかなかの手練れだと思えた。


『突き抜ける。まっすぐだ』

 パトーシェの一声で、騎馬隊は一斉に槍を構えた。その甲冑と槍に刻まれた聖印が起動する。彼女たち自身が一本の、燃える槍の穂先であるようにも見えた。

 白い炎の槍が、デュラハンの群れを突き抜ける――蹴散らされる。脱落者はいない。


『次!』

 パトーシェが頭上で槍を旋回させた。突き崩されたデュラハンたちが追いすがろうとしている。もう一方の群れは包囲しようと動く。

 それを見て、パトーシェはわずかに馬の速度を緩めさせた。釣り出して、こちらにおびき出そうとしている――


(来る)

 と、唐突にツァーヴは感じた。

 大地の振動。何かが地中を蠢いている。先頭を行くパトーシェの、馬の足元――その地面が、唐突に砕けた。

 長大な蛇のような異形フェアリーが飛びあがった。


(ボガート!)

 地中を移動する種類の異形フェアリー。しかも、大型。よく調教されている――単独行動で、騎馬隊の指揮官を暗殺するような動きをさせるとは。いままでにないほど計算された、個体の行動だった。

(単体の異形フェアリーにあんな真似ができるのかよ)

 そのことはツァーヴにとっても驚きであったが、やるべきことは変わらない。

 敵の姿を捉えた、と思った瞬間にはもう狙撃杖を起動させている。


 ばっ、と、乾いた破裂音。強烈な閃光。

 それがパトーシェを襲おうとしたボガートの頭部を、一瞬のうちに砕いた。どすぐろい体液が爆ぜる。

(完璧……)

 後はもう見る必要はない。ツァーヴは狙撃杖を肩に担ぎ、体を起こす。


「ベネティムさん、いまの見ました? こいつが天才ツァーヴくんの――」

 そのとき、ツァーヴは信じがたいものを見た。ベネティムが、ゆっくりと倒れこんでいる。緊張しすぎて吐き気でもしたのか、と一瞬だけ思った。

 だが、その首筋から噴き出す血が、その呑気な発想を否定していた。


「嘘……」

 ベネティムは自らの喉を押さえ、そんな単語を口にした。唇の動きでわかった。

「でしょう? あの、こんな」

 こんな。その後に何を続けようとしたのか。ツァーヴは即座に狙撃杖を構え直した。ベネティムの傍らにいた歩兵の一人が、俊敏に動いていた。誰もが呆気にとられる中で、その動きは際立っていた。

 ツァーヴですら、一呼吸ほど遅れたかもしれない。


 そいつは傍らにいた伝令を殺し、馬を奪った。

 よって、ツァーヴの放った雷撃は虚空を穿っただけだ。最後にその顔を見た時、ツァーヴは気づいた。

(あの目。いかにもって陰気な目つき)

 見覚えのある目元だった。その男を知っている。

(スウラ・オド!)

 ツァーヴは唇を噛み、その場で転がった。スウラ・オドの片手が何かを投げつけて来たからだ――小さな筒。爆発性の聖印を刻んだもの。

 ツァーヴの動体視力はそれを確実に見てとって、そして、爆発を回避した。それが隙だった。


 煙と混乱。炎。

 それを背後に、スウラ・オドが駆け去っていく。

(畜生、あの野郎……)

 二度目だった。二度目で殺せない相手であり、しかも今度ははっきりと負けた。

(絶対ぶっ殺そ)

 その前に、やるべきことがある。歩兵の混乱を沈めなければ。自分が本格的に指揮官をやるしかないのか。


 ザイロに殺されたくなければ、まずはそうするしかないだろう。

 最悪だ、とツァーヴは思った。目の前でベネティムを殺された。面と向かって、思い切り嘲笑されたような気分だった。

 舐められたままでは終われない。

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