刑罰:ブロック・ヌメア要塞破壊工作 4
夜が明けると、村人から死者が五人出ていた。
原因はあえて調査する必要すらない。死者のうち四名がツァーヴ。一名はライノーに殺された、ということだ。
事情聴取をしてみたところ、その理由は簡単だった。
まずはツァーヴいわく、
「えーと、とりあえず――三人組はこそこそ村はずれに集まってたんスよ。そんでオレらの悪口言ってたんで、念のために殺しておきました!」
と、片目をつぶってみせたあと、あのだらしのない軽薄な笑顔でさらに続けた。
「あ、四人目っスか? その三人のうちの……ええと、誰だったかの弟くんでしょ! 家に死体を届けてあげたんスけど、いきなり襲い掛かられたんで反撃しました。いやあ……オレを相手に殺し合いで勝負しようなんて、マジで勇気ありますよね。感動したっス!」
よくもまあ、こんなにペラペラと喋れるものだ。
椅子に縛り付けているというのに、ちっとも反省した様子がない。
(頭が痛ぇな)
俺はなんとなく窓の外に目をやる。ちょっとした現実逃避だ。
臨時の作戦司令部として占領した、この村の長の家だった。建物の中ではもっとも頑丈で、村を一望できる。窓からは明るい光の差し込む、南向きの部屋だった。
「……ええと、参考までに」
ベネティムが小さな咳ばらいをして、俺の隣で声をあげた。
「ツァーヴが殺したその三人ですけど……どうやら脱走と密告を企んでいたようですね。おそらく敵の傭兵が紛れ込ませていた手下じゃないかと……。自宅から雷杖も見つかりました」
奴はいささか疲弊した顔で、そいつの家から押収したという雷杖を見せてきた。
最新型の狙撃用雷杖。やはりこの地域にも、兵器を横流ししている業者がいるらしい。そろそろ俺には、その背後にヴァークル開拓公社がいるであろうことも想像がついてきた。
あいつら、ホントに金が儲かればなんでもいいってことか。
「ですから、まだほかにも脱走の機会を窺っている人もいるかもしれませんね」
「かもな。ちなみにそれ、お前の推測か?」
「はい」
「なんでそこで嘘をつく」
「……実はその、フレンシィさんが、南方夜鬼の人たちを使って調べていました。推測もあの人からの伝言です」
だろうな、と俺は思った。ベネティムにそこまでの事情を調べる手際と、推測を働かせる頭脳はない。ただ、情報の中継地点としては便利だ。
村人の連中もなぜかこいつをやけに恐れているので、しばらくは指揮官でいてもらおう。使い道もある。
いまはそれよりも、もう一人の殺人の方が問題だ。
「――で? ライノーの方は、なんで殺した? 悪趣味な暇つぶしか、おい?」
「まさか。みんなのためだよ」
と、ライノーのやつは意味不明なことを平然と答えた。こいつもこいつで、少しも悪びれた様子のない笑顔だった。本当に悪いことをしたとは認識していないかもしれない。
そういえば椅子に縛り付ける間、なんだか不思議そうな顔をしていた。
「村のみんなで分配するべき食料を、不当に横領して備蓄している人がいると聞いたからね。確かめてみたら本当だったし、今後のためを考えて殺しておいたんだ」
そういえば、こいつは村の人員構成や備蓄状況を調べるため、あちこちの家を回る業務をさせていた。この死ぬほど面倒な作業を自ら志願したからだ――それが失敗だったか。
「ちゃんと食料は徴収して、適正に分配できる形にしておいたよ。安心してほしい」
「何が安心だよ、バカか!」
「でも、いいことをしただろう? 子供から感謝されたよ」
「おっ。さすがライノーさん! オレなんてすげえビビられちゃってるんスけど、なんかコツあります?」
「うん。子供と話す時はね、相手の目線に合わせることが重要だよ。それと心からの飾らない素直な言葉かな。彼らは幼くて純粋だから本質を見抜く……というようなことを聞いたことがある」
「ええー、マジっスか? 本当にちびっ子どもが本質見抜いてくれんなら、オレとかいまごろ大人気キャラクターじゃないっスか?」
「もういい! うるせえから、お前らもう黙れ! ライノーに感謝したガキは、単に備蓄を横領してた野郎に恨み持ってただけだよ!」
怒鳴って黙らせたが、どんどん頭が痛くなってくる。……村人の中にも敵が潜んでいる。フレンシィたちはそれをある程度炙り出せるだろうが、このままじっくり腰を据えて構えるわけにはいかない。
なにより、この村の状況をブロック・ヌメア要塞に掴まれたら問題だ。いや、通常時は近隣の村となんらかの連絡を取り合っている可能性もある。
とにかく素早く動くしかない。
幸いにも、この村を押さえたことで状況が好転した面もある――俺は地図を机の上に広げた。
ブロック・ヌメア。その要塞と、周辺の地形が記された地図だ。
「ベネティム。ブロック・ヌメアには、物資を運び込む通路があるって話だな?」
「はい。この村の長の……ええと……、なんとなく具合の悪そうな人が話していました」
「名前くらい覚えろよ。お前がしばらく面倒見なきゃならねえ相手なんだから」
「はい、まあ、がんばり……えっ?」
ベネティムは瞬きをした。
「いま、なんて言いました?」
「……その物資搬入路を使うしかないな……ほかに使えそうな手もなければ、時間もない。ちくしょう。もう少し余裕があればな……いや、それを稼いでみるか?」
不可能ではない、かもしれない。
時間稼ぎ。陽動。とにかく要塞と、その援軍の戦力を自由に動かさなければいいのだ。少数の兵力を、大規模な友軍やゲリラ部隊が動き回っているように見せかける――そういうのはこっちの得意技だ。
フレンシィが率いる南方夜鬼の五十人と、味方につけた海賊どもがいれば――
「あの、ザイロくん、いま言ったことを詳しく説明してくれませんか? すごく不安になるような台詞だったのですが」
「ああ? いま忙しいんだよ。俺が真面目な考え事してるときは黙ってろ」
「いや、そうではなくて……」
「――ザイロ! 大変なことになりましたよ!」
さらに俺の集中力を削ぐ声が、入口から飛び込んできた。
テオリッタだ。輝くような金髪をなびかせ、部屋に踏み込み、そして目を丸くした。ツァーヴとライノーを交互に見る。
「おっ。テオリッタちゃん、今日も元気っスね!」
「やあ。いま、同志たちと談笑していたところなんだ。《女神》様もどうかな?」
どちらも、明らかに自分の状況を理解していない挨拶だった。テオリッタは面食らったように俺を見た。
「な、なんです? この二人?」
「まあ、ちょっとな」
テオリッタには昨夜に発生した殺人事件のことは伝えていない。士気にかかわると思ったからだ。
だが、少なくとも二人が怒られていることだけは察したらしい。眉を吊り上げ、両者に顔を近づける。
「ツァーヴもライノーも、また何か悪事を働いたのですか? いけませんよ! この《女神》が目を光らせている間は、我が騎士がそのような行いを許しませんからね! ……ですよね、ザイロ!」
「そうだな。それより、いま何か『大変なことになった』みたいな言葉が聞こえたんだが」
「あっ、そう、そうなんです!」
テオリッタはすぐに俺に向き直った。机の上に広げた地図の上に、どん、と手をつく。
「本営から連絡です。ブロック・ヌメア要塞に向けて、攻撃計画が開始されました! 海の『聖女』部隊が、それはもう果敢な進軍を始めたとのことです!」
一瞬、俺は頭が真っ白になった。ベネティムの顔面がさらに蒼白になるのもわかった。
「そこで、いますぐ私たちも攻撃計画に合わせて破壊工作を開始せよ――と!」
「はあ?」
俺は自分の顔がひきつるのを感じた。いま、時間稼ぎをしようと思ったばかりなのに。
(――何を考えてやがるんだ、あいつら)
というより、『聖女』か。俺には理解できない。あえてこのタイミングで動いたのは何が理由なのか。あるいは海上の兵隊の、士気の限界というやつか?
そしてテオリッタは、俺の反応を別の意味に捉えたらしい。
「ええ! ――これは負けていられませんね。我が騎士!」
テオリッタの瞳は燃えていた。小さな拳を握り、うなずく。
「必ずや『聖女』部隊を凌ぐ武功を立てて、大いに賞賛されましょう!」
俺はなんと言うべきか迷った。
迷った挙句、ベネティムを振り返るしかない。ベネティムはとてつもなく不安そうな顔をした。目の前に煮えたぎる油で満たされた落とし穴でもあるかのような顔。
どうやら察したようだ。
またしても信じられないほど無謀な作戦をやる必要がある、ということに。
「……我らが《女神》もこう言っていることだし、作戦展開を前倒しにするぞ」
「え……」
「本営からの命令だし、無視することはできねえだろ」
「あの……」
「ベネティム。お前には今回、指揮官をやってもらう」
「……いつもやってますけど……?」
「いつもと違って、戦闘の指揮官だ。野戦を指揮しろ」
俺はベネティムの悲痛な表情を無視して、地図上を指で示す。
ブロック・ヌメア。その北西部に広がる平地。丘。山岳地帯へと続く、小規模な森林。
「ブロック・ヌメアが籠城すれば、援軍が来る。本隊は、あの気に食わねえビュークスの第十一聖騎士団が止めてる。ただ、迂回してくるやつらはどうしようもない」
俺は山岳からさらに東側を指で辿る。
「そいつらを止めろ。この村の戦える連中を半分くらい集めて、そうだな……ツァーヴと、南方夜鬼から三十。それから海賊どもも使っていい」
船の方には、すでに追加の派遣を要請している。合わせれば、二百程度の頭数にはなるだろう。攪乱にちょうどいい。
「派手に近くの村を襲って、存在感を主張しろ。いいな」
俺が説明するほど、ベネティムの頭上に疑問符が増えていくようだった。
そのくせ、何かを深く考え込んでいるような顔つきで、口元に指を当てる。数秒後に絞り出した言葉は、まさにベネティムらしかった。
「……すみませんが、意味がよくわかりません。私は何をすればいいんです?」
「囮だよ」
俺はベネティムにもわかるように、はっきりと言った。
「懲罰勇者が来たって宣伝するんだよ。とんでもない悪党集団が襲ってくるぞってな」
ツァーヴとライノーの無茶な行いも、この際だから利用させてもらう。噂として広めるべきだ。
問答無用で理不尽な殺しをやる、凶暴な連中が暴れ回っていると知らせる。そのことで、魔王現象の目を引き付ける。
特に増援ならば、まずは目障りな外の部隊を捻り潰してから――という気にもなるだろう。
その時間稼ぎが、俺たちには必要なものだった。
「あの、ザイロくん。私、実は戦闘を指揮した経験なんて皆無なんですが」
「誰にでも初陣ってのはある」
適当なことを言っている。その手の学習や、従軍経験、訓練といったものなしに軍隊を指揮することなど普通はできない。
「敵が来たら散って逃げろ。適当に相手すりゃいい」
「無理ですよ!」
「冗談だ。ツァーヴがいるだろ、適当にやるのはこいつの得意技だ」
俺が名前を出すと、ツァーヴはまた軽薄に笑った。
「へへ。もしかして、また天才ツァーヴくんの出番っスか?」
「そうだ。兵隊が死なないように戦えよ。指揮はそこそこできるだろ」
「できるかなあ。ま、やってみますけど」
「よし、じゃあこれで――」
俺は話をまとめようとしたが、ベネティムが俺の腕を掴んで食い下がってきた。
「ま、待ってください! 実質的にツァーヴが指揮するということはわかりましたが、それでも私、かなり危ない立ち位置で働くことになりませんか?」
「よく気づいたな」
俺はその部分だけでも理解したベネティムを褒めてやった。
「じゃあ、お前もこっち側を担当するか?」
「……ザイロくんの言う『そっち側』って何をするんですか?」
「要塞に忍び込む。ちょっと強引な手段でな」
俺はライノーを見た。やつはいつもの胡散臭い笑みを返してくる。すでに嫌気が差してきたが、仕方がない。
「下手すると全滅するかもしれない。それでも命令は命令だ、やってみる。どうだベネティム、役目を交換するか?」
「……遠慮します」
賢明な判断だ、と俺は思った。
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