刑罰:ゼハイ・ダーエ岩礁城砦脱出 4

 海賊どもの喧嘩のやり方は、悪くはなかった。

 雷杖だけでなく弓矢も交えて牽制してくる。砲撃が加わるとさらに厄介だ。中庭の木立を遮蔽にして突っ込もうとする、グィオの手下たちは完全に足止めを食らった。

 ジェイスとライノー、それに俺も例外じゃない。


「ううん――」

 ライノーはそのでかい図体をできるだけ縮めようとしながら、低く呻いた。

「あっちはなかなか豊富な物量だね。このままでは制圧されてしまいそうだ」

 その手には、どこで拾ったものか、弓が握られている。矢は、聖印を刻んだものが三本だけ。雷杖が開発される前に使われていた飛び道具だ。

 たしか開発名称は『ベカイッフォ』――着弾して破裂する、簡単なもの。攪乱ぐらいは期待できるか。


「同志ザイロ、僕らの友軍の海兵諸君も攻めあぐねているようだ。出足が止まってしまったよ」

「こっちにも雷杖があればいいんだが、飛び道具はせいぜいお前の弓矢ぐらいか。ライノー、それ使えるのか?」

「たぶん大丈夫だよ。弓で矢を飛ばすのも、ある程度は数学の問題だからね」

「だといいが……それだけじゃまずいな。このままじゃ釘付けだ」

 ナイフなんかの鍛造技術に対して、海賊どもが雷杖や砲まで備えているとはアンバランスな気がする。大方、ヴァークル社あたりが「最新鋭の装備」とか言って、その手の杖器や砲だけは売りつけているのだろう。


「面倒だな。突っ込んで殺すか」

 ジェイスはいつものとおり、不機嫌そうに言った。短槍を握る手に力がこめられるのがわかる。

「あの赤い帽子のやつが指揮官だったな?」

「まあな。……突っ込んで殺すって方針には賛成だが」

 俺もナイフを一本、握りこみながら尋ねる。

「どんな手を考えてる?」

「やつらは中央に飛び道具を据えてる。この射撃で足を止めてる間に、左右からこっちを包囲しようっていうんだろう」


 ジェイスの見立ては正しい。

 砲やら雷杖やらを持ったやつらが中央に固められ、曲刀を手にした歩兵隊が左右に展開されている。ごくごく普通、別に何の工夫もない戦術だが、向こうの頭数が多いのでとても有効だろう。

 中庭に突出した俺たちは少数だ。囲んでしまえば、あとは袋叩きにでも何でもできるということになる。


 俺たちとしては――というかジェイスとしては建物の中に後退するわけにもいかない。砲兵や狙撃兵を自由にすれば、空の竜が狙われることになるからだ。

 それに、やつらに時間を与えることで、捕まえてあるテオリッタを引っ張り出されたらさらにまずい。グィオの部隊も俺も降伏するしかなくなる。

 やはり俺としても同じだ。ここは時間をかけずに、速攻で決めてしまいたい。


「覚悟を決めて、縦列で突っ込むしかねえな」

 ジェイスは押し殺した声で言った。盾にしている樹木に雷杖の射撃が命中し、ばぎっ、と乾いた音が響く。

「中央の部隊と、左右の部隊の継ぎ目を狙う。的を散らして突っ込んで、中央と左右を分断する」

「待て待て。お前の作戦、人間が絡むと急激に雑になるじゃねえか……無理に決まってんだろ」

「ああ?」

 ジェイスは殺意のこもった青い目で俺を睨んだ。片手の短槍の先端がわずかに上向く。主に俺の首元を狙っているのがわかった。


「お前によほど名案があるんだろうな?」

「そっちは犠牲前提の作戦だ。そいつを成功させるにはグィオの手下どもの協力が必須だが、言うこと聞くわけがねえ」

 やつらにはそもそも懲罰勇者の指示を聞く必要がない。グィオの部隊の全面的な協力が期待できない以上、あくまでも補助として考えなければならない。

 つまり、単なる「そこにいる」だけの存在として扱う。あるいは、勝利が確定したときのダメ押しとして。


「それに左右中央のつなぎ目をよく見ろ。樹鬼が控えてるだろ」

「あの妙な生き物、そんなに手強いのか」

 ジェイスは樹鬼のことをまるで知らないらしい。それに脅威とも思っていない――竜騎兵の悪いところだ。ああいうのは単なる薪としか認識できないのかもしれない。

「強いというかしぶといな。仕留めるには手間がかかるし、やってるうちに囲まれる」


「そんなもん、お前とライノーが突っ込めばいいだろうが。あの木の化け物がしぶとかろうが、どうにかして足を止めろ」

 ジェイスは実にこいつらしい解決法を提示した。そんなことだろうとは思ったが、頭が痛くなってくる。

「やってられるか、アホめ」

「何がだ。図体のでかいお前らがせいぜい射撃を引き付けて、撃たれたら安心して死んでりゃいい。接近戦で一番強い俺が片をつけといてやる」


「なるほど、一理ある。それは大きな信頼だね」

 ライノーが能天気な笑顔を浮かべ、ジェイスはとても気持ち悪そうな顔をした。

「同志ジェイスの作戦、僕はとても納得できるけど、同志ザイロには何か名案があるのかな?」


「そりゃ俺は陸の喧嘩の専門家だからな。これでメシ食ってた」

 空の戦いならば、なるほどジェイスは人類の最大戦力かもしれない。ただ、歩兵の集団戦はあまり上手じゃなさそうだ。

「浸透して突破する。中央の射撃を止めてやるから、その隙に突っ込め。ライノーはその原始人みたいな武器で援護しろ」

「ああ。それは面白そうだね、きみの手際を拝見しよう! 勉強になりそうだ」

「待て、勝手に返事してんじゃねえぞライノー。誰がザイロの仕切りなんかで――」

 ジェイスが眉を吊り上げて反論するのを、俺は聞かなかった。


 握っていたナイフにはザッテ・フィンデの聖印が浸透している。

 それを投げる。目の前の地面に、まずは一本。地面に突き立ち、炸裂し、轟然たる音と光、そして土煙が立ち上った。

 それが簡単な煙幕となる。

 もう一本、ナイフを地面に投げて、さらに派手な煙を作り出し、俺は跳んだ。


 ほとんどの人間が、この方法でまともな照準をつけられなくなる。

 大半のやつは地面を駆けてくるはずの俺に対して、当たるはずのない射撃を行う。俺が跳べることを知っているやつにしても、命中を成功させる要素として高度や跳躍距離の予測が加わってくる。

 これで当たったら奇跡的に運が悪いやつということだ。

 ――実は最近密かに、俺は自分がその奇跡的にツイてない人間ではないかと疑っていたが、このときはうまくいった。


 雷杖の閃光、砲の炸裂を飛び越えて、敵戦列の後方へ。

 浸透突破というこの戦術の要点は、準備されている面倒な敵戦力を無視するということだ。

 高い機動によって後方へ進出して、敵の司令部や補給を無力化する。いつもいつも俺とテオリッタがやってきた手口はそういうものだ。雷撃兵が最も得意とする戦術の一つ。


 土煙の煙幕を抜けた、と思う前に、俺は最後の一振りのナイフを地上へ落とした。

 雷杖やら弓矢やらと違って、ザッテ・フィンデによる攻撃は完全に正確な狙いを必要としない。密集地点に投下するだけでじゅうぶんな損害を与えられる。

 そのための聖印だ。


 光と熱と衝撃が弾けて、地面の方から悲鳴が聞こえた。

(びっくりしただろ)

 と、尋ねたい気分にもなった。

 戦列が乱れている。それは無視して、敵の只中へと着地する。周囲にいるのは砲兵、狙撃兵、弓兵。

 人間がいきなり空から降りてきたため、反応が間に合わない。近接戦闘のために武器を引き抜くことすらできない。


 一方で、俺はすでに曲刀を抜いていた。

 叩きつけるような斬撃で、まずは手近な砲兵の腕を切り落とす。驚くほど切れ味がいい。そのままもう一人、脇腹を引っかいてすれ違い、さらに前へ。

 何人か、素早いやつが雷杖を俺に向けて来るが――

「やめろ! 撃つな!」

 赤い帽子の指揮官がそれを止めてくれた。

「抜刀しろ! 相手は一人だ、囲め!」

 そうだ。俺を狙ったら味方に当たるかもしれない。そのために指揮官のあいつが大声をあげるしかなかった。


(そこだな。場所がわかった)

 俺は再び地を蹴って跳ねた。

 槍を構えて突っ込んできたやつの首をかすめるように切り裂き、次のやつを蹴り飛ばす。それから跳躍。三人目の頭上を越えて、赤い帽子の男へ。

 一瞬の滞空で、戦場が見えた。

 包囲してくる海賊どもの動きにも、すぐに混乱が起きはじめている。


 ライノーが弓から矢を放っている――なかなか正確な射撃だった。あれも数学ってやつか、狩りか何かで弓矢を扱ったことがあるのか。

 それにジェイスも、すでに俺がつくってやった土煙を利用して正面に躍り込んでいる。慌てて抜刀しようとする海賊どもなんて、やつの槍にとっては訓練用に服を着せた丸太みたいなものだ。

 瞬時に二人、突き殺されている。かわいそうに。

 グィオの部下たちまで見えなかったが、さすがにこの機会を逃すような間抜けではないと思っておこう。必ず続いてきている。


 そして俺は、一番の大物と相対する。

「本気かよ、お前」

 赤い帽子の指揮官は苦笑いのような表情を浮かべた。余裕のあるふりだろう。こういうときの精神のコントロールをよくわかっている。

 俺は俺で、呼吸を詰めて距離を測った。

(少し遠いな)

 距離は七歩と少し分。跳躍すれば一歩だが、やや遠い。跳躍中に一度は雷杖による射撃を加えられるだろう。周囲のやつらも槍を構えている。


「妙な技を使うんだな」

 赤い帽子の男は、すぐさま周囲に突撃の命令を出さなかった。

「お前も『聖痕』持ちか? それともそんなツラしといて、もしかしてお前も《女神》なのか?」

 こいつがやたらと喋る理由もわかる。時間稼ぎだ。俺もよくやる。

 より強力な援軍がいるということだ――要するに、左右から樹鬼が突っ込んできている。檻から放たれた熊のようで、実際そんなに違いはないだろう。海賊どもが樹鬼を繋ぐ鎖を外していた。


「ぎぃぃいいいいいっ」

 と、軋むような咆哮が響いた。樹鬼の出す鳴き声、あるいは体表を覆う樹皮が軋む音そのものか。

 振り回され、叩きつけてくる長くてデカい腕をかわす。

 炎がない以上、こいつらを相手にするのは無駄だ。それは、この赤い帽子の指揮官についても同じことが言える。


「あんまり動くなよ、樹鬼どもに当てたくねえんだ」

 心にもなさそうなことを言いながら、赤い帽子の男が雷杖を俺に向けてくる。やや杖身が低い。懐に潜り込んで、組打ちに持ち込んでくると思ったか。

 残念ながらそうはいかない。


 何度も言うが、浸透突破の本質の一つは、敵が準備した戦力を無視して後方へ進出することだ。

 そして戦闘力の低い司令部や兵站を破壊する。

 このとき、この場で本当に戦闘力の低い司令部というのは、この赤い帽子の男ではない。とにかくそういう、強力な抵抗が可能なやつらと戦わない。弱いやつを叩く。重要なのはそれに尽きる。


 だから俺はもう一度、大きく跳んだ。

「……こいつ!」

 赤い帽子の男は瞬時に気づいた。俺を狙い撃とうと雷杖を放つ。

 その光は俺の足をかすめたかもしれないが、撃ち落とすことなどできなかった。こいつの腕前は普通よりやや上という程度で、最高速度で跳んだ雷撃兵を落とすにはちょっと足りない。


 そうして俺は、海賊どもが背負うように展開していた建物――ひときわ頑丈で立派な館に向かって跳ねた。おそらく城主の居館だったのだろう。

 二階建てのその館の、窓を砕いて中へ飛び込む。

 なぜその行動を決断したか。

 理由は簡単だ。窓辺で両手を振りながら飛び跳ね、おまけに何かを叫んでいる、金色の髪の少女が見えたからだ。


「悪いな、テオリッタ。少し遅れた」

 転がり込んで、テオリッタを見上げる。

「居心地がよくて寝すぎた」

「――ええ! そんなことだろうと思いました!」

 テオリッタは炎の目を一度だけ瞬かせ、また開いたときには、もう偉そうないつもの彼女だった。髪の先から火花が散り、収束する。


「私も退屈していました。次からもっと早く助けに来るように! いいですね?」

「そうだな」

 こいつもずいぶんと言うようになった。

 俺は素早く周囲を見回す。広い室内、三つ編みに赤毛の女が一人――傍らにパトーシェ・キヴィア。やや強張った顔。

 その頭部に、短い杖身の雷杖が突きつけられている。

「ザイロ、慎重に」

 と、テオリッタは小声で囁いた。わかってる。と、その背中に触れる。


「……近づかないで」

 三つ編みの女が言った。

「両手を上げて床に伏せなさい、侵入者」

 まるで犯罪者扱いだな、と俺は思った。まさか海賊にそんなことを言われるとは――だが、間違いではない。

 この三つ編みの女は知らないだろうが、懲罰勇者の、それも《女神殺し》の男こそは、この世のどんな犯罪者よりも罪深い。

 少なくとも、この国の裁判でそう決まったからにはそういうことだ。

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