刑罰:白銀公道アスガーシャ攻防戦 2

 攻撃計画については、ぎりぎりまでせめぎ合いがあったらしい。

 問題は二つ。

 第二王都には東西南北の門と地下道が存在するが、そのどこを抜くかということ。

 それから、『聖女』だとかをどうやって戦わせるかということだ。


 幸いにも俺たち内部潜入班には、かなり裁量権の大きな攪乱任務が与えられていた。

 独自の判断で行動し、攻撃を援護せよ。

 これはかなりいい加減であり、つまり成果にはぜんぜん期待していないともいう。


 そりゃそうだ――俺は正直に報告した。

 俺たちが「抵抗組織」と接触したこと、それがほとんど壊滅していたということ、その残党がどんなやつかということ。


 その結果、『勝手にしろ』と言わんばかりの命令が下った。

 俺も全体の作戦を考える立場なら、そんな連中に過度な期待はできない。市内の情報を集め終えたら、せいぜい引っ搔き回してもらうか、せめて足を引っ張らないようにさせたい。

 そのところは間違ってはいない。

 ただ――


「アスガーシャ公道から来い」

 と、俺はベネティムに言った。

 南大門を攻めさせろ、という意味だ。市民の居住区もそこからが近い。

 それで俺がもっとも危惧している敵の戦術を一つやりにくくできる。それに、俺たちが合流しやすい――安全性が少しは高くなるということだ。


 この状況で安全もクソもないということはわかっていたが、それでも全力は尽くさなければならない。

 抵抗組織の冒険者ども――その成り損ないや成れの果てみたいな連中は、兵隊じゃない。

 世間的にはろくでなしの、自分の身がかわいいだけのやつらだが、こいつらの命を捨てることを前提に作戦を立てるのは間違っている。

 と、思う。思うだけだ。誰にも言わない。

 この俺の方針に真っ先に賛成したのがライノーだったので、余計に黙っておくことにした。


『南門からですか?』

 と、その定時通信で、ベネティムは困ったように言った。

『難しいですねえ。かなり難しいです。もう全体方針は決まってしまいましたし』

 こいつが「難しい」という言い回しを使うときは、「絶対無理だと思うけど直接それを言ったら怒られたり無能だと思われたりするので、やめておこう」ぐらいの意味だ。

 つまり、こういうときこそベネティムが仕事をするべきときなのだ。


『ほら、ザイロくんたちのおかげで、内部の情報はわかったでしょう? 魔王現象は最低でも三匹、もしかすると四匹ですよね』

 はっきりしている魔王現象の主は、三匹だ。俺はそう伝えていた。


 総指揮官である『アバドン』。詳細不明。

 航空戦力である『シュガール』。標的を追尾し、炸裂するなんらかの飛び道具を使う。

 そして、地下道を監視しているという『アーヴァンク』。凶暴な獣で、鋭い牙と爪を持ち、肉体を伸縮させて自在に襲撃してくる。

 あと一匹、もしかしたら他の魔王現象がいるかもしれない。

 そいつはおそらく周囲の温度を下げる能力を持っているだろう――あるいはそれこそが『アバドン』の持つ力かもしれない。


『なので、地下道は第九聖騎士団と、『毒』の《女神》が担当します。もともと閉所での戦闘は彼らの独壇場ですからね』

「そうだな。そこは妥当なところだとは思う」

 ホード・クリヴィオス率いる第九聖騎士団は、まさにそういった環境で驚異的な殲滅力を発揮する。

 魔王化した洞窟にこもった魔王現象を、数十名の精鋭で始末できるくらいだ。おそらく、うまくやるだろう。


『……で、東の大門からの攻撃を陽動にして、聖女様率いる本隊は西から攻めるようです。我々がその先導を務める……という計画です』

「なかなか雑だな。それは誰が考えた計画だ?」

 陽動というのはいいだろう。

 兵力が十分にあって、敵の防御部隊の警戒を引き付ける算段がついているなら。いままでの魔王現象や異形フェアリー相手なら結構有効な手段ではあった。


(だが、いまはどうだ?)

 魔王現象は賢くなってはいないか。特に、この都市にいる『アバドン』や、それに味方する何者かは。

 それに戦力も分散しすぎる。地下道から《女神》と聖騎士を突っ込ませるのに、この上で部隊を分けて、どれほど効果があるだろう?

 ――俺は頭の中で、今回の戦闘の指揮を執るだろう二人の男の顔を思い浮かべる。


 第九聖騎士団、ホード・クリヴィオスの真面目一辺倒の鉄面皮。

 第八聖騎士団、アディフ・ツイベルのどこか他人を嘲るような冷笑。

 あの二人が、相手の頭の悪さに頼ったこういう作戦を立てるだろうか?

 ホードはよく知らないが、アディフは『影』の従者たちを運用するだけあって、西部方面での対魔王現象においてなかなかの戦果をあげている。俺も共闘したことはあった。

 アディフの用兵は、巧みとか果敢とかいうよりも、周到だ。

 こんな雑なことをするだろうか?


『ええ……ガルトゥイルから総指揮官がいらっしゃってますね』

 案の定、ベネティムは恐ろしいことを言った。

『マルコラス・エスゲイン北部第二方面軍総督。聖騎士団運営への有力な出資貴族の一人です』

「エスゲインか。戻って来てやがったな」

 俺の舌打ちはベネティムにも聞こえただろう。

 そのくらい迷惑な奴だった。


 ガルトゥイルの制度上では、総帥の下に方面軍総督という役職がある。

 これが旧王国風に言えば「将軍」にあたる階級だ。各方面への戦線を統括するものとして、たしか七、八人はいた。

 いまはもう少し多いだろう。

 なかでもエスゲインというのは、家格だけは立派な総督として有名だった。俺が聖騎士だった頃からだから、いまだ失脚していないと見える。


 エスゲイン家は資金提供も多いということで、軍部でも文句を言えるやつは少ない。

 だが、これは最悪なケースの一つだ。

 いわば芝居を見るのが好きな出資者が、自分で劇団を立ち上げて脚本も主演も演出もぜんぶ一人でやるようなものだった。

 そういうのができるのは、ごく一握りの――歴史上何百年かに一度出るか出ないかといった天才だけだろう。


 マルコラス・エスゲインは、自分がその一握りであるつもりでいる。

 この世にこれほど迷惑なことはあまりない。


「なんとかしろ。ここで兵力を分散なんてさせるな」

『そう言われましても、難しいんですけど……』

「全軍が無理なら、パトーシェだけでも回せ」

 俺は思いつく限り、最低限の条件を口にした。

「それならどうにかできる。空はどうせジェイスが抑えるからな」


 俺はパトーシェと、文字通りに轡を並べて戦った。

 その印象はこうだ――追い詰められるほど切れ味を発揮する。そして、パトーシェにとって『追い詰められる』というのは、自分の窮地を意味しない。

 他人の窮地だ。

 それがあれば、想像を何枚か上回る戦い方をする。


 トゥジン・トゥーガ丘陵で、ノルガユたち工兵を援護するためにやった迂回機動がまさにそれだ。

 後から聞いた話では、パトーシェを含む精鋭の二十騎のみが先行し、襲い掛かったのだという。包囲される前に後続が追いつくことを知っていたようだった。

 馬が潰れるぎりぎりのところを見極められる、という確信がなければできないし、あっても普通はやらない。


 だから、パトーシェは必ず目的を果たすだろう。

 あいつの性格はいまいち掴みづらいところもあるが、戦い方ならよくわかる。

 どんな時に力を出すか、ということも。


「じゃ、あとは任せた」

『あっ、ザイロくん、ちょっと……』

 ベネティムはまだ何か言おうとしていたが、俺は聞く耳を持たない。通信を途絶して、振り返る。

 すなわち、ライノーとドッタに。


「ベネティムが言うには、万事順調だからみんなで頑張ろう、だそうだ」

「絶対ウソでしょ!」

 ドッタは悲鳴のような声をあげた。

 こいつはここ二日ほどの酷使でひどく弱っていたし、蒼白な顔をしていた。さきほどようやく一息ついて、少しはマシな麦粥と豚肉の香草焼きを食べたくらいだ。


「ベネティムがそんなこと言った時点でベネティムも信用できないし、ザイロが言った時点でさらに信用できない! 信用できない箇所が二つもあるよ」

「一周回って信用できる感じになるだろ」

「ならない!」

 ドッタは絶望的な顔をしてみせた。


「なんでこんなことに……修理場から帰ったばっかりで、いわばぼくは病み上がりなのに!」

「でも、元気そうで何よりだよ。同志ドッタ」

 ライノーが一人、的外れなことを言った。

 いつもの通り胡散臭い笑みを顔に張り付かせたまま、ドッタが盗んできたワインにドライフルーツをぶちこんで温めたものを呷っている。

 こいつはいくら飲んでも酔っぱらった様子を見せない。まるでお湯でも飲んでいるようだ。


「それになかなか面白い兵士を副官にしているようだね。彼女、名前はなんだっけ?」

「トリシール……。いや、副官っていうのも自称だからね。ぜんぜん意味わかんないからね」

 ドッタがすごい勢いで否定する。

 幸いにもトリシールはこの場にはいない。フレンシィと温泉を利用した地下の入浴設備で体を洗っているところだった。さすが第二王都はその辺の生活用水が完備されている。

 また、トリシールもなぜかフレンシィと妙に気が合っているようだ。性格が似ているのだろうか。俺にはよくわからない。


「そうだね。トリシール」

 ライノーは穏やかに呟いて、何か考え込むような遠い目つきをした。

「興味深い右腕をしている。あれは人間のものではなさそうだね?」

「ああ、うん。なんか……異形フェアリーの右腕を移植されたんだって。おかげで異形フェアリーの群れに紛れるのが便利でさ、ここに潜り込むときに助かった」


「はあ!?」

 俺は思わず大声をあげた。そのくらい驚いた。

「なんだそりゃ。異形フェアリーの右腕って、人間に移植できるもんなのか!?」

「できてるみたいだよ。腕力も右腕だけ強くなったんだってさ」

「なんで平然と受け入れてるんだよ! もっと疑問に思え、お前は」


「ありえない話ではないよ、同志ザイロ」

 ライノーは腹立たしい平静さでうなずいた。

異形フェアリーはもともと魔王化した生物だ。他の生き物を侵食して取り込もうとする力がある。それに本人の抵抗力……生命力というべきかな……あるいは魂の力。それが拮抗していれば、中途半端な同化で止まる可能性はあるね」


「お前、詳しいな。たまに異形フェアリーの肉を持って帰ってきてるのは、そういう実験でもしてるのか?」

「まあ、そうだね」

「ええ……? じゃあ、ライノーはさ……ぼくも前から聞きたかったんだけど」

 と、ドッタは控えめな声をあげた。

異形フェアリーの死体だけじゃなくて、人間の死体とかたまに持ち帰って来てるときない?」


「気のせいだよ。なんで僕が人間の死体を持ち帰る必要があるのかな?」

「そう言われるとぜんぜん説明できないけど……その、解剖したり食べたりとか……」

「なんでそんなことを?」

「い、いや、ライノーならいかにもやりそうだなあ、って……」

「なんで僕が?」

「あ、じゃあ、いいです……」

「はは! 同志ドッタは面白いね。斬新な説を次々に出してくる。とても興味深いよ」


 ライノーが爽やかに笑ったので、ドッタは口をつぐんだ。

 それが賢明だろうし、俺も同感だ。ライノーのすごい気持ち悪い癖に踏み込んでも得られるものは何もない。

 こいつと分かち合いたい秘密は何もないな、と思わせる何かがライノーにはある。


 だが、それはそれだ。

 人間の死体を食用に保存していようが、異形フェアリーの死体を解剖していようが、たいした問題ではない。

 まったく信用できないやつではあるが、そんなことよりもライノーは、俺が知る限り最高レベルの砲兵だ。少なくともこいつと同じことができる人間は、この世にはいないだろう。


「ライノー。これからベネティムが、何が何でも南門から攻めさせるように動く。少なくとも砲甲冑を届けさせる。その後、お前には死ぬほど働いてもらうからな」

「全力を尽くすよ。同志ザイロと同志ドッタの前だ、恥ずかしい戦いはできないね」

「ぼくはできるだけ働きたくないんだけど……」


「狙いは、たった一つ」

 ドッタを無視して、俺は床に広げた地図の一点を指さす。

「魔王現象『アバドン』だ。こいつを殺す。それで戦いを終わらせる」

「うん。……うん、素晴らしい……」

 ライノーが唇を舐めたのがわかった。

「死んでもきみについていくよ、同志ザイロ。一緒に戦えて光栄だ」

「気持ち悪っ」

 ドッタが呻くような声をあげた。まったくもって同感だった。


 あと数時間で、戦いが始まる。

 俺は頭の中から『聖女』のことを追い出した。

 考えるべきじゃない――考えると、それだけで怒りが湧いてきそうだった。

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