刑罰:ゼイアレンテ潜行偵察 5
抵抗組織の実態は、想像した以上にいい加減なものだった。
単純に言えば、がっかりした、という印象が大きい。
俺が期待していたのは、軍人や都市査察官あたりを中心とした、作戦を立案して実行する能力のある連中だった。
あるいはせめて、王城務めの役人だとか、商工会の有力者だとか、そのあたりであればよかった。
だが、俺たちが助けた鹿みたいな顔の男によれば――
「……おれはもともと、冒険者をやってました」
と、俺とフレンシィが呆然とするようなことを言った。
こいつは自身を、抵抗組織代表の《もぐらの眼》マドリツ・ギナンと名乗った。旧メト王国領の出身を思わせる名前だった。
「で、その辺のならず者というか、冒険者繋がりで集まったやつらをまとめて……抵抗組織って感じでやってたんです」
あれからすぐに移動した俺たちが腰を落ち着けたのは、マドリツの言っていた『万が一のときの集合場所』だった。
繁華街から遠く、比較的所得の低い市民のための居住区の片隅。
お世辞にも広いとはいえない集合住宅の一室で、俺たちは話を聞くことになった。
大規模な人口削減と、強制的な居住区の再設定が行われたせいで、このあたりはまったく人気がなくて好きに使えるらしい。
そのため、こうやって警備をかわして潜伏してしまえば、なかなか見つからないだろうという話だった。
窓を塞ぎ、聖印符で明かりを灯す。
それから持ち込んだ簡易調理具で湯を沸かし、簡単な夜食を取りつつマドリツの話を聞いた。
麦で捏ねた団子を茹で、そいつに塩を振ってスリワクの実の粉末で辛みを加えるぐらいの夜食だが、食わないよりはずっとマシだった。
「――冒険者が、抵抗組織の構成員だったのか。なんでそんな連中が集まって抵抗組織なんてやろうと思ったんだよ?」
俺は団子の残り汁をすすりながら聞いた。
「軍人とかいた方がいいだろ。それか役人とか」
「そういう人たちは
マドリツはどこか捨て鉢な笑いを浮かべた。
どうやら、王家に忠誠心を持ち、蜂起を考えるような兵隊はいなかったらしい。
それはそうかもしれない。
そもそもそういう兵士たちは魔王現象の襲来で大勢死んだはずだし、生き残りもそれこそ第三王子と第三王女を守って脱出していた。
残りの兵士たちに過度な期待をするのは無理な話だった。
「要するにですね……おれたち冒険者は、食料予備軍の扱いだったわけです。やらなきゃやられるって焦りもあったんですよ。犯罪者とかよそ者とかは優先的に食料候補ですから」
要するに、ならず者ばかりというわけか。俺は呆れた。
「ひでえな。普通のやつはいないのか」
「普通の人は、まあ……自分や家族が食われる番まで、おれたちみたいなのを優先的に食わせて時間を稼いで、外の軍隊に助けてもらうとか……逆にがんばって能力をみせて管理側に回ろうかって考えるとか」
マドリツは、ひゅっと息を吸い込むように喉を鳴らした。
それがこいつの笑い方らしかった。
「つまり、我が身可愛さで必死にやらなきゃならないはぐれ者だけ、こっそり集まったってわけです……」
「こっそり集まった、つもりに過ぎなかったわね」
フレンシィが辛辣に指摘した。
無表情のまま放たれる言葉が、マドリツを大いにたじろがせた。
「結局は、一網打尽にされた。裏切り者がいたの? 密告の奨励があったとか、そんなところでしょう?」
「あ、ええと、はい。ケビルっていう子持ちの男がいたんですが、そいつが密告して……って、よくわかりますね……」
「当たり前よ。そんないい加減な組織、いくらでも摘発する方法を思いつくわ。まるでごっこ遊びの域です」
「は、はあ」
マドリツは怯んで、助けを求めるように俺を見た。
泣きそうな顔だ。
「あの、すみません。この方、すごく怖いのですが……」
「知るか。曖昧な言い方で慰められるよりもマシだろ、欠点はわかるんだから。いい加減な組織だったのは確かじゃねえかよ」
「うう……」
「うん。当然の結果だね」
最後にマドリツはうめき声をあげ、ライノーを振り返ったが、温かい言葉など返って来るはずもない。
「だが、僕らに会えたのはきみの幸運だ」
代わりに、過剰なほど前向きな発言が帰ってきた。それもかなり物騒な種類の。
「この街の奪還、ひいては人類の勝利のために、きみは果たすべき役割を再び負うことができる。喜んでいいと思う。我々がきみの果敢な意志と命を無駄には終わらせないからね」
マドリツは明らかに困惑していた。
いや――ライノーの顔を凝視しているのか。そういえば、ライノーは冒険者だった時期があるとは聞いていた。
だとすれば、
「もしかして、その、あんたは……」
少し悩みながらも、マドリツはライノーと、彼が傍らに立てかけている槍に注目したようだった。
「《這い鮫》じゃない、ですか? 《這い鮫》のライノー・モルチェト?」
案の定、心当たりがあるらしい。
俺も思わずライノーを見た。もともとこいつは、うちの部隊の中でも特に謎が――いや、みんなじゅうぶん謎が多いな。とにかくライノーも過去のよくわからないやつだ。
しかし、《這い鮫》か。
なかなか物騒な異名じゃないか。
「ライノー、そんな二つ名があったのか? なにやってたんだ?」
「ん? うん……そうだね。過去は……僕の過去は、冒険者だったから、遺跡によく潜ってたんだ。そこで他の冒険者といさかいになることも多くてね。だから地面の下を這いまわる凶暴な生き物、という意味合いじゃないかな」
「いさかいなんて可愛いもんじゃなかったでしょうが……」
マドリツは何かおぞましいものを見るような目で、ライノーを見た。
「同業者殺しで有名だったやつ――っと、じゃなくて、有名人なんですよ。《這い鮫》ライノーといえば、北の方で仕事してた冒険者の間じゃちょっと知られた名前で……組んで仕事することになった相手も殺したって噂があるぐらいでしたから」
「――と、いうことは」
ライノーは少し考え込むように、口元に手を添えた。
一瞬、空気が緊張したような気がする。こいつの過去を知っていると、何か不都合でもあるのか。そう思わせる何かがあった。
「きみは、過去の僕を知っているということかな。以前に知り合いだったとか。僕の記憶にはないけれど」
「いや……一方的に知ってるだけですよ。魔王現象の支配域にある、『始祖の門』に向かうって話で噂になってましたよね? 大々的にパーティーを組んで……駆け出しだったおれも、出発するところを遠くから見ました」
『始祖の門』――確か遺跡の名前だったか。
魔王の支配域にあるとかいう、そんな場所を目指して盗掘に行こうなんて、やはりライノーというやつはわけがわからない。
「あのとき組んでた連中はどうしてます? ディーカさんとか、セドンさんとかは……やっぱりあの『始祖の門』で命を落としたってことですか?」
「ああ。まあ、そんなところだね」
ライノーは爽やかに、かつ胡散臭く笑って、曖昧な言い方でごまかした。
こいつ、さては昔の仲間を殺したな? あるいはそれに相当するようなことをやっているのか。もしかすると志願勇者というのも嘘かもしれない。
――と、このとき俺はなんとなくそう思った。
「その男の素性など、いまはどうでもよいでしょう。それより、ここから先の行動について考える必要があるわ」
脱線しかけていた話を、フレンシィの冷たい声が元に戻した。
「マドリツ。あなたたちがあっさりと摘発されたせいで、外に出るのがとても厳しくなってしまいました。ザイロ、ここの状況を外に知らせることはできる?」
「あと一時間で定期連絡だ」
俺は首元の聖印に触れた。
この聖印の通信は、どこにでも無制限に届くわけではない。詳しい理屈はノルガユにでも喋らせれば延々とご説明なされることだろうが、天候の状況に左右されるし、距離も重要だ。
偵察時に問題が起きた場合に備え、定刻にはベネティムが通信可能な射程までこの都市に近づくことになっていた。
「偵察の情報はたぶん外に渡せる。俺たちの動きもな。それでなんとかするしかないが――」
ここは考えどころだ。
仮にも抵抗組織を名乗る部隊が、内部からの裏切りによって崩壊している。
それも、密告の奨励によって。
これは魔王現象が自分で考えるような手ではない。少なくとも、いままでの魔王現象にはなかったやり方だ。
つまり魔王現象に積極的に味方して、そういう手段を思いつくようなやつがいるということになる。
状況がまずくなっているのかもしれない。
「外に出れないってことが伝われば、……俺が指揮官なら、偵察部隊に何か仕事をやらせようとする」
特に、懲罰勇者は殺しても生き返る。何かやらせておいて損はない。
問題はここにフレンシィもいることだ。どこまで無茶なことを言ってくるか――南方夜鬼の民が、どれだけ政治的に牽制を効かせられるかが重要になる。
「たぶん、外からの攻撃に合わせた破壊工作だな。その準備をすることになる」
「でしょうね。ここで惰眠を貪るわけにはいかないわ。攻撃が失敗すれば、私たちも危ない」
「幸いにも、狙う場所はわかりやすい。聖印兵器は……素材さえあれば、俺にもできないことはないな……」
軍に入った時、簡単な聖印彫刻の技術を学ぶ。
簡単とはいってもかなり複雑な印を、専用の塗料や素材に刻む必要があり、ちょっとした手投げ爆弾を作るにも根気と時間がいる。この辺りは、ノルガユが特別すぎるのだ。
「フレンシィ、ライノー、聖印彫刻に自信は?」
「手習い程度ね。手伝いができるとは思うけど、期待はしないで」
「……僕もそんなところかな。複雑なことはできない」
あまり当てにならないということは、よくわかった。だが、いまある手札でできることをやるしかない。
「それに当たって、この街の警備態勢がどんなもんか知りたいんだが」
「人間の兵士と、
マドリツの顔に、はっきりとした怯えの色がよぎった。
毎日、よほどの恐怖と背中合わせに行動していたのだろう。この男の神経の細さと雑なやり方で、よくもまあ集団として抵抗組織を維持できたものだ。
「街中はさほど厳しくはないです。自由に動き回るってわけにはいきませんが、まあ、監視されていない地下道もありますし」
「……下水の道ですか」
フレンシィは無表情のまま言ったが、それは嫌悪の意思表示であることはわかった。
フレンシィ・マスティボルトは、無駄に相手の言葉を繰り返したりしない。
「ただ、外に繋がる通路は、完璧に監視されています。魔王現象が見張ってるんです……あれはとんでもないやつですよ……」
マドリツは少し身震いした。
「魔王現象『アーヴァンク』。頭は良くないんですが、かなり凶暴なやつです」
「魔王現象の本体が監視役をやってるのか? その辺の情報をまとめる必要があるな。この王都に魔王現象は何匹いるのか、そいつらをわかる範囲で――」
俺が言いかけたときだった。
最初に気づいたのはライノーだった――立てかけていた槍を無造作に掴んだ。
「同志ザイロ。外だね」
という、静かな警戒の言葉。
それから足音、人の気配だ。ドアを叩く音。まず二回、少し間を置き、続けて四回。何かのリズムをとっているようにも聞こえた。
フレンシィも顔色をまったく変えないまま、無言で曲刀の柄に手をかけた。俺もナイフを抜いている。
「おい。見つかったか?」
「ち、違います。いまのは合図です!」
マドリツが慌てて立ち上がった。
「あの、おれの仲間たちが万が一のときは、ここに集まる予定で。その取り決めの、ノックの合図なんです……っていうかみなさん、ほんと物騒ですね!? いま、ドア越しに問答無用で攻撃するつもりだったでしょう!」
そして、マドリツの言葉を証明しようとするように、ドアの外から声も聞こえてきた。
押し殺してはいるが、切羽詰まった声だった。
「マドリツ! ここにいるんだろう? 助けてくれ、ケビルの野郎、あの裏切り者! 降参っつったのに、俺たちを
「そうだ、ケビル! あいつだ、俺が貸した金を踏み倒すつもりなんだ……!」
「俺なんてもう絶対無理だ、ケビルの嫁さんに手を出そうとしたのがバレちまった。降参しても殺される!」
六人か七人か、そのくらいは外にいるらしい。
中には裏切り者もいるかもしれない。だが、いまはそのことを気にしていられる状況でもない――あんな騒ぎ方をされたら、ここが見つかる。
「……マドリツ。まだ、やる気はあるか?」
俺はマドリツを見た。
睨まれていると思ったのか、マドリツは露骨に怯えて後ずさりした。
「やる気って……あの、なんの?」
「抵抗組織だよ。即席だが、立派な破壊工作員にしてやる」
結局のところ、人手はどうしても必要で、どこまでやつらが使えるか。信用できるのはどういう部分か。
そういうことを試してみながら、探っていくしかない。
「頼む。マドリツ、あんたらの手を貸してくれ」
「ザイロ。言い方が不適当ね。マスティボルト家の婿ならば、堂々と言うべきよ」
フレンシィは俺の発言にケチをつけ、立ち上がって鋭く後を続けた。
「いまから我々がこの組織を乗っ取ります。諦めて従いなさい」
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