刑罰:トゥジン山奪取進軍援護 4

 西の方に光が見えた。

 炎と、聖印の放つ稲妻。砲撃の閃光。

 暗闇だったからこそ、はっきりとそれがわかった。


(ライノーさんだな、あれは)

 ツァーヴにはその光だけで判別することができた。

 いきなり立て続けに四度。あんな撃ち方をする砲兵は、ツァーヴの知る限りライノーしかいない。

 ツァーヴですら追いつけないような、異常な速度で頭を回転させることのできる男だ。とても同じ人間とは思えない時がある。


 周囲のすべてが急に騒がしくなっていた。

 騎馬隊が盛んに動き始めている。歩兵が雷杖を抱えて走り出した。

 それでも――ツァーヴが見る限り、ジェイスという男はまったく慌てた様子を見せなかった。落ち着いている、とさえいえる。


 それは他の竜騎兵たちも同じだった。

 敗走を余儀なくされた本隊の中で、かろうじて竜房からドラゴンを連れ出すことのできた兵士たちだった。

 合わせて十七騎。

 ジェイスを入れれば十八騎となる。なかなかの壮観だ。


 彼らは悠々と足を止め、相棒となるドラゴンの装具を点検し、携行する兵器を準備する。

 口数も少ない。せいぜいドラゴンと交わす囁き声ぐらいで、ツァーヴから見ると、その様子は葬式の夜のようにも思えた。

 彼らに比べれば、むしろジェイスはよく喋っている方だ。


「いいさ、ニーリィ」

 ジェイスの言葉は、人間に対するそれよりもずっと柔らかい。

「俺はぜんぜん後悔してない。俺ならきっとやれる。そうだろう?」

 たぶん、ジェイスにとってニーリィは、家族以上に重要なものなのだろう。そういう簡単な言葉でくくれないような何かを感じる。


 だからこそ、ツァーヴはいつも不思議に思う。

 なぜジェイスは、ニーリィを連れて飛ぶのだろう?

 彼女は自分たちと違って懲罰勇者ではない。死ぬかもしれないというのに。


「――なんでっスか?」

 と、気づけばツァーヴは口を開いていた。

 言ってから、またやってしまったと思う。お喋りなところが、自分の数少ない欠点だ――とツァーヴは認識していた。

 だが気になっていたことだ、いまのうちに聞いてしまえ。

「前々から思ってたんスけど、ジェイスさんって、なんでニーリィ姐さんと飛ぶことにしたんスか? めちゃくちゃ危ないっスよね、いつも」


「……お前」

 ジェイスは半眼になってツァーヴを見た。

「喋りすぎるとよく言われるだろう」

 だが、ツァーヴは知っている。ニーリィの手前、ジェイスが極端な暴力に及ぶことはないということを。


「はあ。まあね、オレってアレじゃないスか。暗殺教団で育てられて、沈黙とか規律とかバリバリ厳しい環境で育てられたじゃないっスか?」

「知らん」

「冷たいなあ! マジでそうなんですってば! だからオレ、その反動でスゲーお喋りになっちゃってると思うんスよね。悲しい過去の宿命なんスよ。普段は明るい反面、実は闇が深い男っていうか!」


「――理由……なぜ飛ぶか……。俺の理由なんて、どうでもいい。重要なのはニーリィの理由だ」

「ん、あ、え? はい?」

 ツァーヴは少し遅れて、ジェイスが質問の答えを口にしていることに気づく。

 この男は、まったく普段の自分の調子を崩さない。他人に合わせるつもりがないともいう。


「俺にとってはニーリィのことが最優先だ。もっと言えば、ドラゴンたちだ。ティル・ナ・ノーグから離反した、世界の庇護者の末裔だ」

「はあ」

 仕方がないので、ツァーヴは生返事で答えた。さっぱり意味がわからなかった。

 ジェイスはいつものように不機嫌そうにぶつぶつと続けている。


「ほとんどの恩知らずの人間どものことなんて、俺は知ったことじゃない。だが、ニーリィは違う。他のみんなも――俺に期待してくれている。俺なんかに」

 ジェイスが首筋を撫でると、ニーリィは小さく鳴いた。

 労わるような、あるいは慰めるような鳴き声だった。


「……俺は、ジェイスってやつは……小さな自分だけの世界じゃなくて、もっと大きな世界を守れる男だってよ。信じられねえよな。俺もいまだにそう思う。が、ニーリィやみんながそう望むからには」

 ジェイスがニーリィに跨る。大きく翼が広がり、思わずツァーヴはのけぞった。

「やるしかねえんだ。呆れられたくねえからな。……行くぞ、ツァーヴ!」


 後ろに乗れ、とツァーヴを手招きしている。

 気づけば、他の竜騎兵たちもドラゴンに騎乗し、すでに戦闘準備を整えていた。

 夜空には、深い紫色の月に照らされて、いくつもの異形フェアリーたちの翼の影が見えている。どうやら今夜は、予想に反して晴れそうだ。


「急げ、アホ。やられたドラゴンたちの仇はとる」

 ジェイスの目が暗く燃えているのがわかった。

「狙いは魔王現象『フリアエ』だ。お前には一度だけ機会をやる、外したら突き落として殺す」

「マジっスか。緊張するなあ!」

 ツァーヴは自分が笑っていることを自覚する。楽しんでいる。そのことがよくわかる。

 こういうことでこそ、ツァーヴは自分が生きていると実感できた。


 鐙に足をかけながら、西の方角を見る。

 赤く輝く閃光が一条、鮮やかに迸って自陣を貫くのが見えた。


        ◆


「いまのは――」

 レントビーは思わず背後を振り返った。

 赤い輝きが迸り、前方の敵陣を貫いていた。雪原を溶かし、抉り、何匹かの異形フェアリーたちを巻き込んだようだ。

 が、向こうの被害の方が大きいだろう。


「『フリアエ』だな」

 トリシールは感情を押し殺した声で呟いた。

 さすがに戦場の彼女は、直前の感情の昂ぶりが別人であったように冷静だ。馬の手綱を握り、振り返ることもしない。


「お前は見たことがないのか、レントビー?」

「は……いえ、遠目には……何度か」

「熱線というらしい。連射はできないが、防御するには集中した聖印の防御を行う必要がある。つまり、足が止まる」


 トリシールの言おうとしていることを、レントビーも理解する。

 止まるのは、何がなんでも守らなければいけない存在。

 王女と王子のいる部隊だ。無理に進軍するつもりでも、狙い撃たれないように囮を放ち、複雑な動きで攪乱する必要が出てくる。


「連携した攻撃を期待されている。我々は王女と王子のいる場所を見極め、そこに攻勢をかける。……今度こそ、だ」

「はい。承知しています」

 これにはレントビーもうなずかないわけにはいかない。

 王族の二人を逃がしたこと。その責任がいま重くのしかかってきている。


「《首吊り狐》。やつの率いる部隊がどんな策を仕掛けているかわからない。……それを慎重に見極めてからだ」

 トリシールは、よほど先日の敗北が堪えているらしい。確かに――レントビーも思う。奇術のような戦い方をする連中だった。


 ありえない方法で、ありえない攻撃をしてくる。

 やつらの陣地も見たことがないような代物だった。おそらく五百人にも満たない人数で、こちらに甚大な被害をもたらした。

 始終、戦闘の主導権を握られていたという印象だった。

 レントビーも恐ろしくないといえば嘘になる。


「……まもなく『アメミット』も攻勢をかけるようだ。我々も動くぞ。破毒面は持たせたな?」

「はい」

 レントビーは身震いをして、トリシールに続く。

 第九聖騎士団の使う手口はわかっていた。簡易的なものではあるが、聖印を利用して毒に対する汎用的な防御能力を持たせた面は、部隊に携行させていた。

 どこまで効果があるかわからないが、いまは当てにするしかない。


 なんとしても生き延びなければ――ここまで来た以上は、それが最優先の問題になる。

 どんな手を使ってでも、こんなところでは終われない。

 そうでなければ惨めすぎる。


        ◆


 赤い光が、防御の陣形を貫いていた。

 それは何人もの兵士をその盾ごと貫き、六人ほどを吹き飛ばしてようやく途絶えた。

 俺はほとんど目の前でそれを見た。


異形フェアリーごと吹き飛ばして撃ってきたのか!」

 馬上のパトーシェが、叱責するように言った。

 彼女の騎兵も、一人が巻き込まれていた。あまりにも唐突で、一方的な攻撃の始まりだった。

「強引すぎる攻撃だ。なんだ、この長距離射撃は! 防げんぞ!」


「……強力な障壁印を並べて、防衛陣を構築すれば防げるとは思うけど。十人くらいで盾を重ねて固まれば十分かな」

 これには、ライノーが嘘くさいほど冷静に答える。

 口調は穏やかだが、それは正確な計算結果を口にしているだけ、という気配があった。

「ただ、そんなことをしたら動けなくなるね。数の上では間違いなく敵の方が優勢だ。あっという間に消耗して敗北するのは確実だと思うよ」


「……わかっている。我々にしても、足止めの役目が果たせん」

 パトーシェは顔をしかめた。

 たぶんライノーから指摘を受け、不快に思ったようだ。よくわかる。だが、それで少し冷静になったらしい。

「どうする、ザイロ。このまま敵の攻勢を受けるわけにはいかん」


 異形フェアリーどもの群れが、もう目の前まで近づいている。

 次に赤い閃光が火を噴くのはいつだろうか。

 だが、


「結局、攻めるしかないってことだ。ここを突き抜けて、魔王現象を討つ」

「さすが、同志ザイロ! 僕の相棒だ」

 ライノーは両手を叩き合わせた。砲甲冑に身を包んでいるためわかりにくいが、絶対に大喜びの笑顔を浮かべていることだろう。


「だけど、いまの射撃。推定射程距離はあまりにも長大だね。ちょっと計算しきれないな。方角は推測できるけど」

「ほっとけ、いまのやつは『フリアエ』だ」

 俺はその魔王現象の名前を思い出す。

「だからジェイスとツァーヴが仕留める。気にしなくていい」

 そうでなくとも、ジェイスたち竜騎兵が空に上がった時点で、『フリアエ』も長距離射撃の標的を変えざるを得なくなる。


「パトーシェ、お前は北回り。ノルガユの罠にかかったやつを叩き潰して、完全に北への動きを止めろ」

 北の最前線では、第九聖騎士団と先駆けた異形フェアリーたちとの戦闘が始まっているだろう。王太子を連れた一団が突き抜けてくれさえすればいい。


 俺は白い息を吐き、馬を疾走させはじめる。

 目指すのは異形フェアリーどもの群れの中。魔王『アメミット』を叩くのは、俺たちの役目だ。

「ライノー、砲撃で援護しろ。俺たちに当てたらまずお前を殺す!」


「そんなこと、僕がしたことあるかな?」

 ライノーは雪原にうずくまるような、砲撃体勢をとった。

「行こうじゃないか、同志ザイロ。我が相棒。待ちわびたよ。魔王を殺す戦いだ、僕はこのために懲罰勇者を志願したんだからね」

 その声には震えるような喜びが滲んでいた。

 気味の悪いやつだ、と俺は思った。


 背後から閃光――爆音。ライノーの砲撃に外れはない。

 立て続けに二度の着弾。俺たちの前にいた異形フェアリーどもに隙間が生じる。群れが乱れる。


「行こうぜ、テオリッタ。ジェイスとニーリィより先に『アメミット』を仕留める」

「ええ。それは構いませんが――」

 テオリッタは少し声を低めて、囁いた。

「まさか、そのことで賭けをしていませんよね?」

「答えられねえな。嘘をつくことになる」

「ザイロ!」


 ふざけて言っただけだ。

 俺はナイフを引き抜き、突っ込んできた異形フェアリーに投げつける。爆破。

 そうして、騒々しい戦端が開かれた。

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