刑罰:トゥジン・トゥーガ最前線陣地防衛 3

 閃光が、夜の雪原を焼いた。

 それは騎兵どもを打ち据える、輝く光の鞭だった。


「ぎ」

 と、タツヤの喉から唸り声が漏れた。

「ぎぃぃっぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎ!」

 ある種の雄叫び、それとも笑い声に聞こえる声だった。

 向かってくる騎兵――人間もデュラハンもコシュタ・バワーも、区別なく雷の閃光が貫いていく。


 ハルグト種掃撃印群は、もともと複数人での運用を想定された雷杖だ。

 単なる雷杖と呼ぶには大きすぎる。

 雷を連続的に投射することで、広範囲を攻撃する。連射可能な雷杖、というのが設計思想だった。


 ヴァークル社の開発部門がいかにも考えそうなことだ。

 軍では、やつらのことを『変態おもちゃ箱』と呼んでいるやつらもいる。

 もっともそんな悪口を言うのは、主に俺とか第六聖騎士団の団長とかではあるが、たぶん間違いではない。ガルトゥイルの技術室もそんな傾向はある。


 ――ともあれ、この手の印群が積極的に運用されないのは、あまりにも属人的な兵器だからだ。

 搭載された多数の聖印を起動するのに、相当な体力を消耗する。それどころか、人体に貯蔵された体内蓄光まで強制的に引きずり出される。

 それなりに素質があって、かつ蓄光弾倉を聖印として体に刻んでいる俺でさえ、難儀に感じるほどだ。


 そんな状態で馬鹿みたいに重い杖身を操作し、また狙いをつけなければいけない。

 だからもう、これはとても一人では手に負えない、ということになる。

 結果として熊みたいにタフで、体内蓄光量のデカい人間を、何人かそろえて運用している状況だ。


 タツヤにこれを使わせてみたのは、実験でそれなりにうまくいったからだ。

 最初の想定では、後ろにくっついているベネティムが杖身の操作を補助するはずだったが――これでは、やつの出る幕はない。

 タツヤは肥大化した両腕で、ハルグト種掃撃印群の杖身を軽々と動かす。

 左右に雷が尾を引く。雪原の敵を薙ぎ払っていく。


「……あのー、これ」

 ベネティムが俺を振り返った。

「なんなんです? タツヤって、こんなことできたんですか? 誰かご存じで……?」

「一番付き合い長いお前が知らないんだから、俺らが知るわけねえだろ」

 俺は呆れた。

 いろいろと噂を口にしていたのも全部怪しく思えてくる。そもそも、こんなやつを情報源にするべきではないのかもしれない。


 ただ、タツヤが懲罰勇者9001隊に所属していたという話。

 あれが本当だとしたら、第一次魔王討伐――史上唯一、人類が魔王現象に勝利を記録した戦いに参加していたということになる。

 人間がもっと強かった時代に、異世界から召喚された戦士。

 それならば、このくらいの芸当はできてしまうのかもしれない。


 ただし、いくらタツヤと掃撃印群といえども、やはりすべてを止めることはできない。

 ライノーの砲撃をかわし、左右に大きく迂回した騎兵が寄って来る。

 主にデュラハンだ。コシュタ・バワーが異形化した馬なら、こちらは馬に何かが寄生するような形で同時に異形フェアリーとなった存在だった。

 馬に乗った人間が、そのまま異形フェアリーと化す場合もあると聞く。


 総じてコシュタ・バワー単体よりも速度に劣るが、知性が高く、当然のように体も大きい。

 馬上の生物によっては武器も持っている。

 この場合は、いずれも槍のようなものを抱えていた。それが五騎、六騎。まだもう少し増える――さすがに多い。続々と突っ込んでくる。


「き、来ましたよ、ザイロくん。すぐそこですよ」

 ベネティムが怯えた声をあげた。雷杖を持つ手が震えている。

 こいつが前線に立つのは久しぶりすぎた。ドッタ以上に射撃の腕は当てにならないだろう。


「もっと引き付けろ。気にすんな、大物はツァーヴが仕留める」

「そうそう! そうっスよ。このオレを頼るのが一番確実! これでもオレは暗殺教団の定例射撃大会で何回も優勝してるんスよ。百発百中、めちゃくちゃ殺しまくったんスから――ってことで、ドッタさん、誰狙えばいいっスか?」

「あ? あ、うん、ええと」

 ツァーヴが声をかけると、ドッタは遠視用のレンズに顔を近づけた。


 こいつだけは、高く積んだ木箱の上に腰掛けている。

 その必要があった。ジェイスが空で取っ組み合いをしている間、俺たちにも目が必要だ。ドッタ以外にこういうことができるやつはいない。


「……十時方向から来るやつがいちばんデカい、ような気がする。あいつが親分みたいなものかも。後ろに結構引き連れてるみたいだし……っていうか、これさあ」

 ドッタは落ち着かない様子で、木箱の上で貧乏ゆすりをしていた。

「ぼくの位置、かなり危険じゃない? 飛び道具とか来たらどうすればいいの!?」

「歩兵が寄って来るまでそれはないと思うが、ヤバいと思ったら、そこから跳べ。誰かが受け止めてくれるかもしれない」


「誰かって……」

 ドッタが周囲を見回す。たぶん、順番に俺たちの顔を見たのだろう。

「誰!? ぼく、もう降りていい!?」

「その場合、俺たちがお前を殺すことになる。かなり苦しむと思うからおすすめできねえな」

「むっ。ザイロ、やはり言葉が乱暴すぎますよ! ドッタがすごい顔になったではありませんか。かわいそうに、怯えています」


 テオリッタには咎められたが、俺のありがたい助言を聞いて、ドッタが沈黙するのがわかった。

 その沈黙の隙をつくように、ツァーヴの雷杖が閃光を放つ。

 空気が裂ける乾いた音。ひときわデカいデュラハンが吹き飛び、崩れ落ちた。周囲の騎兵の足並みに乱れ。それでも突っ込んでくる。


「迎撃するぞ! 元・聖騎士ども、出番だぜ」

 馬から降りたかつての聖騎士たちは、すでに鉄条網の前で配置についている。

 それぞれ、黙って雷杖を構えた。どうも俺に指示されるのが不満そうだが、ちゃんと手を動かしてくれるなら、それでいい。


「まあ、皆さんは気楽にどうぞ」

 と、軽薄に言ったのはツァーヴだ。

「オレみたいに華麗に決めるのはどうせ無理だと思うんで、目の前に来たやつを撃ちまくってください。ドッタさんでも当たる標的っスから!」


「――射撃準備」

 そういうツァーヴの挑発じみた台詞に、少し苛立ったのかもしれない。

 狙撃部隊の長であるという女――あれはたしかシエナといったか。彼女は雷杖を構えたまま、言い添えた。

「全員、一発も外さないで。いきます」

 疑う余地なく機嫌を損ねたのだと思う。その眉が、片方だけ吊り上がっていた。


 それと、騎兵たちが突っ込んでくるのはほとんど同時だった。

 デュラハンは槍を構え、コシュタ・バワーはまっすぐぶつかって来る。

 ――だが、それは眼前の障害物の脅威をまったく理解していない突撃だった。


 鉄条網は、俺が想像した以上の効果を発揮していた。

 がちん、と、蹄が針金に弾かれる音。肉に棘が食い込む。牙も槍も針金細工によって阻まれる。

 突進は完全に止まった。

 横転する者、それに巻き込まれる者、追突する者が続いた。強引に突き抜けようとしたデュラハンが、棘に混じった聖印に焼かれて膝を折る。


 そうなると、もう射撃部隊の的でしかない。

 雷杖が閃光を放ち、轟音とともに敵を射抜く。さすがに元聖騎士は練度が高い。

 ベネティムがビビりすぎて目の前の標的にすら当てられなかったのに対し、ほとんど外したやつはいなかったのではないだろうか。


 そして、この鉄条網にはもう一つ利点がある。

 爆破の衝撃によって破壊されない障壁、ということだ。

 射撃と射撃の合間、次の一群の接近が見えたとき、俺は怒鳴った。


「全員、伏せろ! テオリッタ!」

「はい!」

 即座に短い剣が呼び出され、俺はそれを掴んで投げつける。

 この場合、まともに命中させる必要すらない。起爆――閃光。デュラハンたちをまとめて吹き飛ばす。雪が爆ぜて飛び散る。


 鉄条網越しの、一方的な攻撃になる。

 塹壕にうずくまれば爆破の衝撃も受けない。いままで野戦陣地で使っていたような聖印つきの木の柵なんかでは、こういう迎撃の仕方はできなかった。

 ザッテ・フィンデの爆破印を積極的な防御に使うことができる。

 思った以上に、ノルガユの新兵器は有効に機能していた。


 ライノーの砲撃。

 タツヤの掃撃印。

 ツァーヴの狙撃。

 頭数を揃えた射撃防御に、俺とテオリッタの迎撃――あとオマケのベネティム。これらが有効に機能していれば、そう簡単に突破されることはない。

 ただし――


「……数が多すぎるようですね、我が騎士」

 テオリッタは深刻そうな顔をした。

「次々に来ます。止まりませんよ……!」

「そりゃそうだ」


 ライノーの砲撃も、延々と撃ち続けるようなことはできない。限界というものはあるし、それに、敵の数が多すぎた。

 左右から歩兵も近づいている。

 騎兵がほぼ一方的に迎え撃たれているのを見て、後方に回り込むか、鉄条網を飛び越えたり切断したりできるやつを回してくる頃だろう。

 騎兵も物量にものを言わせて、こちらの射撃を突き抜けようとしている。

 味方の死骸を踏み台にすれば、鉄条網を飛び越えることもできるだろう。


 そのくらいは当然、予想している。

 ここからだ。


「我が騎士。やはりここは我々が、みんなを守るべく奮起するべきときではないでしょうか? 私――私は、準備ができています!」

「無理するな」

 テオリッタが拳を固めている――明らかに過剰な力がこもっている。

 俺はその拳を押しとどめた。

 いくら正確に狙いがつけられるとはいえ、人間相手の攻撃ができない以上、テオリッタをこの局面で前に出すことはできない。人間から狙われたとき、咄嗟の防御ができないことを意味する。

 いま使うのは、別の力だ。


「そのときが来たら、思う存分頼ることにする。めちゃくちゃ働いてもらうから安心しろ」

「そうですか? 本当に? 私に頼りますか?」

「頼る。だから待て。人間の相手は、人間がやる」

 俺は片手でナイフを抜き、強く聖印の力を浸透させた。

 振りかぶり、全力で投げる――徐々にこちらへ殺到しつつある、騎兵たちの進軍路へ。


 ただ、そいつら自体を狙ったものではない。

 ナイフは雪面に突き刺さり、光を放ち、大きな爆発を生んだ。


 同時に、騎兵たちの群れが止まった。

 爆発に怯えたわけではない。やつらの足が地面に大きく沈み込んでいた。馬は嘶き、コシュタ・バワーやデュラハンたちは奇怪な叫び声をあげる。

 そうやってもがくほどに体勢が崩れるし、そのまま転ぶ奴も出てくる。

 その混乱の波は、あっという間に後方へと伝染していく。


「……砕屑さいせき印?」

 狙撃兵の誰かが呟いた。たぶんシエナだ。

「ここで使うなんて。危険なことをしますね……」


 言いたいことはわかる。

 砕屑印は土地を細かく砕き、ぐしゃぐしゃの沼のように変えてしまう。

 馬止めにも非常に有効と見られてきたが、問題点は二つある。


 一つ、防衛作戦のときにこれを使うと、効果範囲を誤った場合に自陣も巻き込む危険があった。土壌の質と、聖印の効果範囲を慎重に見極める必要がある。

 ただ、それは聖印技師の腕によって解決できる問題だった。


 二つ目は、この罠がとても見破りやすい点。

 大きな樽状の器具を埋め、盛大に掘り返す必要があるので、偽装がなかなか難しい。人間やちょっと賢い異形フェアリーが相手なら、誰でも罠だと気づくだろう。

 よって、雪が地面を覆い隠すようなときにしか使えない。

 ――以上二点、今回は条件に恵まれた。


 以前に魔王現象『イブリス』を罠にかけたときほどに、大規模なものはさすがに準備ができなかった。この手の聖印は、何日も前に埋めて浸透させておくものだからだ。

 今回はせいぜい、人間でいえば膝下ぐらいまでを沈み込ませる程度のものでしかない。

 ただし、騎兵にとっては違う。

 この雪と混じって、もはや致命的な罠となった。


 これで、騎兵の足は止めた。

 歩兵の状況も整いつつある。足の速いやつ、針金細工を切断・破壊できそうなやつを前に出してきたせいで、隊列に隙間ができている。

 騎馬部隊が真価を発揮するのは、こういうときだ。


「ドッタ、まだ落ちて死んでないよな? 合図出せ!」

「りょ、了解……!」

 俺の怒鳴り声に、ドッタは速やかに応じた。

 頭上で雷杖を振る――緑色の閃光。それを待つまでもなく、パトーシェ・キヴィアなら動き出しているかもしれない。


 これで打てる手は全部だ。

 あとは――と、俺は正面を見た。


 巨大な体躯の怪物が、こちらに向かって進軍してきていた。

 騎兵を踏みつぶす勢いで、バーグェストが一匹。巨大な四足獣だ。それも、普通の個体よりもデカい。

 あれなら砕屑印による地形も関係ないだろう。

 その獣の上には、何匹かのゴブリンが乗っているのがわかった。


 近づけたら、俺たちの陣地ごと踏みつぶしてしまいそうだ。

 それほどデカい個体だ。破格の巨体といっていい。あんな異形フェアリーがいたのか。ゴブリンどもを乗せているところを見ると、歩く要塞、といったところか。

 真正面から来るということは、たぶん一種の陽動だろう。それでも放っておける相手ではない。


 つまり、あとは、隠していた奥の手で殴り合う勝負になる。

 俺はテオリッタの肩を叩いた。

「行くぞ。《女神》の出番だ、頼ってもいいんだよな?」

「ええ」

 テオリッタの髪の毛が、小さな火花を飛ばした。


「待ちかねました。きっと役に立ちますよ、私は」

「馬鹿か。何度も言うが、お前はそんなくだらねえ――」

「わかっています。いまのは」

 テオリッタが俺の首に手を回した。

「ザイロがそういう反応をしてくれるところを、見たかっただけです」


        ◆


 トリシールは信じられないものを見た気がした。

 騎兵の大軍が、ほぼ完全に動きを止めていた。


 あの防御陣地の針金細工は、想像以上の効果を発揮しているようだ。蹄や槍で簡単に破壊できるようなものではない。

 狙うとしたら、それらを連結し固定している木の柵だろう――が、当然のように火力が集中されていて、そう簡単にはいかない。


 こうなると、歩兵を両翼に展開してしまったのが悔やまれる。

 騎兵を背後に回り込ませるような運動が困難になっていた。いま、周囲にいる騎兵だけでも回すべきか。


 そして、いまはもう意識を凝らして目を閉じなくても正面に見える。

(――《首吊り狐》か)

 仮につけた名前だが、それはあの指揮官の本質を表しているかもしれない。

 大胆にも積み上げた木箱の上に座り、そこから指示を出しているようだ。意表をつくようでいて、周到で緻密。そういう印象がある。


(ここまでは私の負けだな。それは認めよう)

 しかし、こちらにはまだまだ比べ物にならない兵力があり、なにより奥の手もある。

 大型の異形フェアリーたちと、なにより自分自身がいた。


「レントビー」

 トリシールは兜の面頬を下ろし、あの真面目すぎる副官を呼んだ。

「騎兵で回り込む。こっちの手札では、やつらの陣地を正面からは崩せない。ついてきな」

「それでは、正面は――」

「囮を使うに決まってるだろう? 例の大物を前に出せ。やつらには、せいぜい遊んでいてもらう」

 直接、指揮官を狙う。

 これで戦況を覆し、何より、あの《首吊り狐》にここまでの借りを返せるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る