刑罰:トゥジン・トゥーガ最前線陣地防衛 2

 迎撃準備を完了させるにあたって、やらねばならないことは多かった。

 準備の時間は短い。

 だからグズグズしている暇もない。


 第一には、かつての第十三聖騎士団のことだ。

 俺たちの支援部隊として寄越された、その数は四百ほど。一万ぐらいいそうな敵に対してささやかすぎる増援かもしれないが、これでも大盤振る舞いといえるだろう。

 この部隊に仕事をさせなければいけない。

 それも、だいぶ頼みにくい種類の仕事だ。


 ベネティムはこの役目を俺とパトーシェに丸投げした。

「元・聖騎士団なんだから話がはやいでしょう」

 とのことだ。アホか。

 そういう本人は死にそうな顔でへたりこんでいた。久しぶりにちょっと肉体労働したぐらいで倒れるとは、本当に兵隊としてはぜんぜん頼りにならないやつだ。


 かつての第十三聖騎士団――彼らが控えているのは、俺たちが築いた陣地の後方。

 乗馬したまま待機している。

 なかなか統率が行き届いているじゃないか。

 いずれも表情は固く、こちらを見る目には微妙なものがある。つまり、どういう感想を抱いていいのかという顔だった。


 ただ、その中から一騎だけ進み出てきたやつがいる。

 俺には見覚えのある顔だった。たぶん、名前はゾフレクとか言ったか。


「――どうも。キヴィア元団長」

 控えめではあったが、はっきりとした線引きを感じさせる物言いだった。

 ゾフレクの顔は皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「こんな状況になっても、まだ団長殿の指示を受けられるとは、感無量ですな」


 その口調でごまかしてはいたが、そこには多少の敬意と、それと同じぐらいに怒りが潜んでいるように思えた。

 理不尽な状況に対する怒りだ。

 なぜ、こんなことになったのか、という類の。

 彼らは裏切り者の部隊として生きることになる。あと何度汚名を雪ぐための戦をしなければならないのか。


(――生きているだけ上等じゃないか。俺の部下は――)

 俺は自分が強く拳を握っていることに気づいた。

 やめておけ、と言い聞かせる。そんな感想は逆恨みの八つ当たりだ。自分の方が不幸だと主張したところで、何が変わるわけでもない。

 不幸な人間を集めた不幸話の自慢大会でも開催されなければ、意味はない。


「ゾフレク」

 と、わずかな沈黙の後、パトーシェは応じた。

「残念ながら、私はこの部隊の指揮官ではない。命令を下す立場にない」

「知っていますよ。ベネティム・ニコーデルですね?」

 ゾフレクはベネティムの名前を口にした。

 微妙に家名が違う、と思った。あいつはしばしば適当な偽名を名乗る癖がある――実家になにか嫌な思い出でもあるのかもしれない。


「でも、あれは飾りのようなものでしょう。せいぜい部隊の手綱を締める程度の。実際の作戦は、いまはあなたが立案しているんじゃないですか?」

 ゾフレクの発言は、最初の部分は正しい。

 あいつは飾りのようなものだ。戦闘の指揮などできはしない。


「懲罰勇者は、正規の部隊からあぶれたやつらの集まりでしょうが。もともと軍人ですらないやつがいますよね。まともな戦い方を知ってるなんて、そこの《女神殺し》ぐらいなもんだ」

「いや」

 パトーシェの声は硬質だった。意図して感情を表に出さないようにしている。

「……確かにそうだが、……それだけでもない。いまはそう思う」


「冗談でしょう。オレは、そうであってほしいと思ってます。みんなも同じですよ。元団長、あなたがせめて、そういう人であってほしいってさあ――ラジートのことも、伯父上殿のことも」

 ゾフレクは顔を歪めた。

 笑おうとしたのか、あえて険しい顔をしてみせようとしたのか、どっちだろうか。

「何かの間違いか、冤罪だったと思いたい。あんたはそういう不正とは程遠い人だった。何か理由があるんだ、そうでしょう?」


「パトーシェ」

 俺は小声で言った。

 理由ならば、すでに彼女から聞いていた。伯父を殺さなければならなかった理由も、部下が死んだ本当の理由も。

 これを聞いたのは、俺とベネティム、それにテオリッタだけだ。

 聞き終えた時、テオリッタは憤慨し、ベネティムは一つ大きなため息をついた。俺は俺が叩き潰すべき相手を知った気がした。

 ――共生派だ。


「例の件は、部下には言わないのか」

「言ってどうする? それ以上に、信じてもらえたとして、どうする」

 パトーシェは凍ったような目で俺を見た。


「軍や国家に不信感を持ったまま戦えと言うことになる。それとも反乱を起こせとか、共生派どもを探れとか――あるいは軍をやめろとでも言うのか? 他の生き方を選びなおせと。それは無理だ」

 そうかもしれない、と俺は思った。

 容赦なく他人を巻き込もうとする、うちの部隊のやつらに聞かせてやりたい台詞だ。

「彼ら個人の幸福のためには、私はただ個人で凶行に及んだ聖騎士となるべきだ」


「わかった」

 その言い分は理解できる。俺に生き残りの部下がいれば、たぶん同じことをしただろう。

 要するに、

「嫌われたいんだな?」

「……まあ、そうだが」

「手伝おう。得意分野だ。それに、やつらにはやってもらうことがある」

「待て。貴様のやり方はいちいち不要な摩擦を――」


「――おら、仕事の時間だ!」

 俺は両手を叩いて、彼らの前に進み出る。

「ここにいるアホはもはや諸君の上官でもなければ指揮官でもない。事前の作戦通り、こっちの支援要請と作戦構想に従ってもらう」

 これを言われると、軍人は弱い。

 明快な命令系統、明快な状況。俺の言葉はゾフレク以下数百名をざわつかせ、なおかつ反論を封じることに成功した。


「まずは半分、馬を降りろ」

 俺の指示はさらなるざわめきを生んだ。

 騎兵に向かって馬を降りろとはひどい侮辱にとられるかもしれない。なにしろ相手もかつては聖騎士団、連合王国が誇る最高の地上戦力だ。

 しかし、そうしなければ仕方がないし、嫌われる効果は抜群だ。


「騎兵の大将、馬から降りる奴はあんたが選べ。元・狙撃兵はみんな徒歩組で頼む! 迎撃を手伝ってもらうからな、乗馬組は後ろで待機だ」

 俺はできるだけ憎たらしく笑った。

「急げよ、元・聖騎士団。怖いならさっさと逃げてくれ、追いかけてる余裕はないから安心しろ」


「……ザイロ」

 それだけ言って、背を向けた俺の腕を、パトーシェが掴んだ。

 その目が語っている――「なんでそういう言い方をするのか」。案の定、続く言葉はそういうものだった。

「言い方というものがある」

「配慮した」

 俺は彼女の肩を軽く叩いた。

「これで逃げるやつがいるといいな。故郷に家族とかがいるなら、いますぐそうした方がいい。……それでも、自分たちや元・隊長のために名誉挽回しようってやつがいるなら」


 パトーシェは俺の言葉を聞くにつれて、あきれ返った顔になっていく。

 それで問題ない、と俺は思った。

「そういうやつらは、救いようのない連中だ。この先の戦いにも付き合ってもらおう。せいぜい守ってやれよ」

「……やはり、言い方というものがあると思う。それだから、貴様は」

 パトーシェはその先を言わなかった。

 ただかすかに息を吐き、それは笑ったように見えたが、たぶん俺の気のせいだ。


 ――結局、パトーシェのかつての部下たちは、そのほとんどが残った。

 たいした人望じゃないか。


        ◆


 戦闘は、閃光と轟音から始まった。

 ライノーの曲射砲撃だった。


 押し寄せる騎馬隊の猛威を止めるには、まずこの手に限る。

 正確な砲撃は先頭集団の只中に炸裂し、何匹ものデュラハンや、人間の騎兵を吹き飛ばした。そう――人間の騎兵。

 信じたくなかったことだが、やつらは人間を使っている。

 しかも、相当な数で投入されていた。

 人間が、コシュタ・バワーのような馬型の異形フェアリーを率いている。


 テオリッタがその光景に、青ざめた顔でうつむいた。俺の腕を掴んでいる。

「ザイロ。なぜ、人間が魔王現象の側に? 何か――操られているのでしょうか?」

「かもな」

 俺は何か気休めを言おうと思った。

 ただ、何も思いつかないし、テオリッタにはそれが伝わってしまうだろう。


「勝つ方につくのが傭兵ってもんだ。仕事なんだよ。あんまり責めてやるな」

「責めるつもりはありません。ただ……」

 テオリッタは胸のあたりを掴んだ。

「人間が傷つくと、私は、とても苦しいです。嫌な気分になります」


「そりゃお前が――」

 人間に作られた、人間を喜ばせるための《女神》だから?

 違う。たぶん違うだろう、というより、ただそれだけではないだろう、と信じたくなった。我ながら虫唾の走るようなことを考える。ひどい欺瞞だ。

 それでも言うことにする。


「……救いようのないお人好しだから」

「我が騎士は口が悪いのが欠点です」

 俺が言うと、テオリッタは少し笑った。

 その横顔が真っ白になるほど、激しい砲撃が連続していた。


 ライノーの放つネーヴェン種迫撃印群による曲射は、何匹もの騎兵を一気に巻き込む威力がある。

 奔流のように押し寄せていた騎兵を、大いに堰き止めていた。

 今日はここ数日のうちに済ませていた蓄光も十分だし、替えの蓄光弾倉もある。


 それを装填するのは、ノルガユ陛下の役目だ。

 バカでかい桶のような筒状の弾倉を、砲甲冑の背中にぶち込むようにして入れ替える。

 こいつもなかなかの腕力だ。


「手伝え、メルネアティス」

 と、やつは病み上がりの少女にまで命令を下していた。

 どれだけ偉そうなやつなんだ。

「これぞ王族の務めだ! 雪をかきあつめ、これを埋めろ。冷却する」

 何が王族の務めだ。やつは砲甲冑の腰部分から棒切れのような何かを引き出し、それを地面に放り出す。赤熱しているようで、雪が少し溶けた。


「……は、はい!」

 メルネアティス、と呼ばれた少女は、どういうわけかやや戸惑いながらもそれに従う。

 ついでに、ノルガユに何か尋ねる声も途切れ途切れに聞こえてくる。どうやらそれは質問責めのようだった。

「ですが、あの……ノルガユ様。なぜあなたがここに? それに、あの、この部隊はいったい? 神殿の学院は――」


「これは、余の率いる勇士たちだ。《女神》テオリッタも祝福してくれている」

 やっぱり、何の答えにもならない答えが返って来る。

 メルネアティスも途方に暮れたようだ。

「は、はあ……? あの、それで、私の質問については……」

「王族の務めを果たせ。安逸に玉座に鎮座することが王の責務ではないぞ! 我らこそは、いま人民の盾! その最前線に立っているのだ!」


「いいね、同志ノルガユ」

 この吠えるような雄叫びに、ライノーは嬉しそうに呟いた。

「なんて面白いんだ。凄いよ。尊敬している……僕も全力を尽くせそうだよ」


 ライノーの曲射砲撃は、初めて見たとき、なんだこいつはと思った。

 どこか無造作に見えるほど立て続けに砲を放ち、そして打ち終えたら黙って待つ。俺が知っている普通の砲兵のように、一発撃って修正して、というようなことをほとんどしない。


 やつに言わせれば、

「砲撃はそれなりに難しい計算だから、このやり方の方が僕にはいいんだ」

 と、何か面倒くさい数式のようなものを、自前のノートに書きこみながら言っていた。

 ライノーの持っているノートはかなり分厚く、何冊もある。日記かと思ったらそうではなく、勉強の成果をまとめているらしい。

「外的要因による弾道と着弾の予測ができたら、……そうだなあ。あえて誤解を恐れずに言うと、代入するべき値がわかったのなら、わかったときにまとめて撃つべきだ。外的要因は刻一刻と変わるからね」

 ――だ、そうだ。

 さっぱりわからないが、とにかくその砲撃は正確だ。


 それでも、近づいてくるやつがいる――いくらライノーの砲撃でも皆殺しにできるわけではないからだ。

 ジェイスはいま空にいて、制空権の取り合いをやっている。

 となれば、あとは寄ってきたやつらを叩き潰すしかない。


「タツヤ」

「ぐうううるっ」

 俺が声をかけると、隣で唸り声が聞こえた。

 タツヤが塹壕から立ち上がり、ひときわ大きな――丸太のような雷杖を抱えている。その先端が発光しているのがわかる。

 どうやら、ちゃんと使えるらしい。

 もっとはやくやらせておけばよかった。ヴァークル社製の、雷杖――の一種。本来なら、数人がかりで運用するような代物だ。


 製品名を、ハルグト種掃撃印群という。

 砲甲冑とはまた違う、別の種類の破壊力を追求した兵器だ。


「やっちまえ。近づいてくるやつは全員撃ち抜いていいぞ」

「ヴ」

 タツヤは応じるようにまた唸り、掃撃印群を担ぎ上げる。

 いくらなんでもやや重いか――一人じゃ無理かもしれない。誰かに手伝わせるか。

 そう思った時、その指先が、虚空を複雑な動きで撫でた。なんの意味があるかわからないが、それはタツヤの癖のようなものだ。

 何か新しいことをやらせようとすると、しばしばそういう仕草をする。


 そうして次の瞬間、タツヤの体が一回り膨らんだ。ぼこ、と、両肩の肉と骨がいびつな音を立てる。肥大化した両腕で杖を抱える。

 なんだそりゃ、と俺は思った。

 みんなも同じ気分だったに違いない――そうして、一方的な殺戮が始まった。

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