刑罰:ヨーフ・チェグ港湾避難救助 6

 これも、後で聞いた話だ。

 避難民の退路を切り開く、タツヤの動きは異常だったという。

 俺たちが知るタツヤとは違う、という意味で。


 ライノーは市民を守れ、と指示したらしい。

 タツヤはまず、向かって来たボギーの群れを文字通りに叩き潰した。やつの反射神経は人間に可能なそれを超えているし、腕力も怪物じみている。

 ただ、このときはそれだけではなかった。


 屋根の上にのぼり、隊列を組んで雷杖を構え、射撃しようとしたゴブリンたちがいた。

 それを察知した途端、タツヤは壁を蹴って屋根の上へ駆けあがった。

 生身の身体能力でそれを行ったこと自体もすごいが、そこからだ。


 ゴブリンたちを撫で切りにして一掃すると、そのうち一匹が抱えていた雷杖を奪った。

 そして、そいつで射撃をしてみせた、とライノーは言っていた。こいつは避難民からも聞いた話だから、たぶん正しい。


「さすがに、あれは驚いたよ」

 と、ライノーは大げさに両手を広げて見せた。

「移動しながら射撃をこなすんだ。これから同志タツヤにも雷杖を持たせることを考えた方がいいかもしれないね」


 タツヤが雷杖を――というより聖印を扱えたとは、初めて知った。

 雷杖を使う敵を相手にしたのが、初めてのことだったともいえる。

 敵の武器を奪ったり、敵の体それ自体を盾にしたりするようなことは、タツヤもよくやっていた。

 それの延長上に過ぎないといえばそうかもしれないが、これはちょっとした発見だった。


 射撃の精度も、完璧なものだったと聞いている。

 放つ稲妻は路上のゴブリン、ボギーどもに狙いをつけ、一発も外さなかったという。

 それどころか、撃ち尽くした雷杖の蓄光弾倉を取り外し、他の雷杖と交換するという芸当までやってのけた。

 これはもう、タツヤは知っているのだ、と結論づけるしかない――雷杖の扱い方を。


 だが、いったいどこで、どうやって?

 こうした蓄光弾倉式の雷杖が開発されたのは、ここ二十年ほどのことではなかったか。

 タツヤは何百年も前に死んだ、異世界から召喚された人間ではなかったのだろうか? ベネティムが適当なことを言っていたのか?

 それとも、その頃はもうこの手の雷杖が存在したのか?


 俺は余計にタツヤの素性がわからなくなった。

 だが、やつが避難民の護衛を完遂したのは確かだ――ノルガユの築いた拠点にたどり着いた途端、タツヤは沈黙して動かなくなったという。


        ◆


 ライノーは拠点まで避難民を送り届けたあと、砲甲冑を残して数刻の間、姿を消した。

 これは命令違反として報告され、謹慎処分を命じられている。


 また、拠点にたどり着いた避難民の数は五十六名。

 死者なし。

 負傷者は、体格のよい頑強な者、肥満気味の者から順に九名。すべて男性。

 いずれも異形フェアリーの攻撃を受け、四肢や一部分が欠損していたが、死者はいなかった。

 彼らは意図的に囮にされたのだ、と主張する者がいたが、それを証明する術はない。


 ただし、身体を欠損した負傷者の体積は、同年代の女性や、痩せ型の男性とほぼ同じ程度になっていた。


        ◆


 一方で、ノルガユ・センリッジと、ドッタ・ルズラスの防衛する陣地も激しい攻撃に晒された。

 そこまでは記録に残っている。


「バーグェストだ。来たぞ。まだ射るな!」

 ノルガユの指揮は、とても卓抜していたとは言えない。

 己の身を最前線に晒し、冒険者と避難民たちを指揮していた。採用できる戦術も、人数を揃えて、聖印を刻んだ柵越しの射撃――それしかありえなかった。

 雷杖を扱えるものには雷杖を、そうでないものには弓を構えさせていた。

 原始的な戦い方というしかなかったが、陣地防衛という面では、このやり方は相応の効果を発揮した。


 こういうとき、戦いの要諦は射撃のタイミングを一致させること。

 射程内に引き付けてから放つこと。

 一度でも多く有効な攻撃を行う――この状況下では、ひたすらそれに尽きる。

 そしてノルガユは、動じないこと、指導者らしいふるまいをすることに関しては、異様な能力を発揮した。この態度は、混乱して寄る辺を求めていた避難民たちには、非常に効果的に作用していた。


「よし」

 と、ノルガユは手を振り下ろし、攻撃を指示した。

「放て!」

 雷が閃き、矢が飛ぶ。

 それは象のような巨体のバーグェストに突き刺さり、肉を抉り、足を挫いた。横転すれば、簡単には立ち上がれない――いい的だ。


「陛下、また次が来てる、今度はフーアの群れだ。川から上がってきた!」

 頭上の櫓から、ドッタが叫ぶ。

「だいぶきつい。もう逃げた方がいいんじゃないかなあ……」

「禁ずる。そこから一歩でも降りてみよ、余が自ら貴様を処刑してやろう」

 ノルガユの言葉は厳しく、重い。


「ドッタ、少しは貴様の目の良さを活かしたらどうだ。杖はある。そこから狙撃せよ」

「無理だって、こんなゴツいの」

 このとき櫓の上には、ノルガユが調律した聖印兵器が据えられていた。

 それは狙撃用の雷杖で、レンズが取り付けられ、ドッタの身長を超える杖身を持っていた。


「さっき撃ってみたけど、当たる気がしないよ……」

「余があれほど改良してやったものを。貴様には聖印操作の才能がないのか?」

「好きに言ってくれよ、もう。無理なものは無理!」

「ならば、死守せよ。まもなくツァーヴが来る。それはあの男が使う」

「いやあ……本当に来るかな? ぼくだったら来るようなフリをして逃げるけど」

「来る」

 と、ノルガユは断言したという。


「やつは悪党だが、そのような種類の悪党ではない」

「それ、遠回しにぼくのことダメな種類の悪党だって言ってない?」

「そうでもない。余もかつてはそう思い、貴様を処刑するしかないのではないか、という話をベネティムやザイロと交わしたが――」

「ぼくのいないところでそういう話するの、やめてくれない?」

「我が軍の総帥に言わせれば、貴様の愚かな部分が奇跡を起こすこともある、だそうだ」


        ◆


 ――そうして、俺とテオリッタは素早く跳んだ。

 正面に《鉄鯨》。

 シジ・バウ。

 それからたくさんのケルピーども。


 ケルピーは藻に包まれた獣のような異形フェアリーだ。

 図体はだいたい人間ほどで、四肢に鉤爪を持つ。他の生き物に飛びつき、鉤爪で引っ掻いたり、肉を溶かす粘液を分泌して殺そうとしてくる。


 正直、接近戦なんてやりたくない相手だ。

 致命傷を与えられる内臓がどこにあるかわからない。


 ただ、テオリッタの前ではそれほどの脅威はない。

《鉄鯨》もシジ・バウも人間なのだろう。

 テオリッタは、彼らを狙って攻撃することができない――この前の襲撃でバレていることだ。

 もしかしたら、それを踏まえてこのケルピーの大量投入を行ってきたのかもしれない。

 しぶとい生命力を持つケルピーを盾に使うつもりだったとか。


 しかし、テオリッタの精密な召喚能力のことは、さすがに知らなかったようだ。

「テオリッタ。予定通り、まず一つ目だ」

「ええ」

 俺の呼びかけに、彼女は嬉しそうに反応した。

 すでに打ち合わせは済んでいる。やるべきことはテオリッタに伝えてあった。四つの召喚。あとは予想通りにいくことを願って、そのすべてを遂行するだけだ。


異形フェアリーどもが相手なら。……私の、役目です」

 金色の髪の毛が風になびき、火花を散らした。何本もの剣が虚空に生まれ、それは正確にケルピーどもだけを突き刺すように降り注ぐ。


 ケルピーという種は、そのしぶとさとは逆に動きが遅い。

 避けられない。

 呼び出した剣は、ケルピーどもを簡単に串刺しにして、屋根の上に縫い留める。


「ち」

 という舌打ちが聞こえた。シジ・バウ。

 俺は一直線に《鉄鯨》を目指した。

 そうなると、シジ・バウはこちらの移動を遮るしかない。距離を詰められた砲兵は無力に等しいからだ。


 俺たちとシジ・バウ、《鉄鯨》が一直線に並ぶ。

 これが必要だった。

 距離が詰まる。シジ・バウが右手を前に差し出す、独特の構えをとる。その籠手の外形が崩れて、鋼のロープとなって展開される。

 それは俺とテオリッタを包み込むように広がった。


「撃つなよ、《鉄鯨》」

 と、シジ・バウが言った。

「始末をつける」

 鋼のロープが、牙のような形に編み上げられていく――その瞬間を狙うしかなかった。よって、俺はテオリッタに次の作戦の開始を伝えた。


「テオリッタ」

「はい。二つ目を」

 と、彼女は言った。

 空中に何本もの剣が呼び出される。

 が、それは攻撃のためのものではない。

 シジ・バウの、展開途中だった鋼のロープに絡まり、阻害する形で出現していた。


 シジ・バウが顔をしかめたのがわかった。

 ばきばきと音が鳴る。鋼のロープは、空中で機能不全に陥った。彼女は念のために残していた左手での迎撃を試みてくる。

 ただ、至近距離だった。

 ここまで近づけば十分だ。俺はテオリッタの肩を叩いた。


「いいぞ、三つ目」

 彼女はその意味を理解している。俺から手を放し、跳び離れた。

 これでいい。

 あとは思い切りの良さと、根性だけ。


 俺はシジ・バウに、突進の勢いそのままに、体当たりぎみにぶつかっていく。突っ込んで、肩を触れさせる。胸倉を掴んで、前のめりに体勢を崩させる。

「いいよな、お前らは」

 俺はその次に起きることに備えた。

 シジ・バウが目を見開くのがわかる。空を見てしまったのだろう。


「やめろって言えばやめてくれる仲間が居るんだろ?」

 俺たちは違う。

 空から炎が降ってきた――咆哮、青い翼、ニーリィの瞳とジェイス。すべて一瞬だった。


 シジ・バウは左手の籠手も展開し、炎から身を守ろうとしたようだったが、それは無理だ。

「ひッ――」

 彼女は悲鳴をあげてのけぞろうとする。

(そうはいくか)

 俺は体を縮め、シジ・バウの胸倉をより強く掴んだ。炎からの盾にする。悲鳴が絶叫になる。俺も大声をあげたかったが、どうにか耐えた。


 そうして俺は彼女とまとめて焙られながら聞いた。

「どうだ?」

 という、ジェイスの声だ。

「助かっただろ、感謝しろ」


 これに対する文句は後にする。

 俺はシジ・バウの体を、思い切り蹴とばした。飛翔印を使って、真横へ。

《鉄鯨》が見える。

 遮るものはもはやない。


 やつはすでに光のつぶてを放っていた――誘導弾。

 この手の飛び道具は、もう脅威ではない。

 テオリッタが剣を召喚し、そのすべてを空中で防いでいる。同じく狙われたジェイスも、急加速して再び空へ舞い上がった。

 だから残る手段は一つしかないとわかっただろう。


《鉄鯨》はこちらに右腕の砲身を向けた。

 聖印の発光。

 砲撃が来る。

 この瞬間を正確に掴みたかった。砲撃の予兆は、俺もよく知っている。


「テオリッタ――最後だ、四つ目」

「はい!」

 激しい火花が虚空に散った。

 自ら銀色に輝くような、両刃の片手剣。その刀身を除けば、まるで装飾の無い、いっそ無銘なのではないかと思えるような平凡な剣だ。


 俺はそれを掴むなり、真正面に斬り下げる。

 砲撃のまばゆい輝き。

 目の前で光が弾けたようにも思えた。

 要するに、タイミングは万全だった。もともとそれだけが問題だった――テオリッタがこの剣を維持できるのはおよそ一呼吸。それだけで足りた。


 振り下ろされた刃は、砲撃の光を断ち切り、消し去った。

 この剣に滅ぼせないものはないという。

 形のないもの、砲撃ですらそうなのだ。滅ぼせないものはその存在が許されない。


 混乱した《鉄鯨》まで、ほとんど一瞬で距離を詰める。

 あとは単なる後始末にすぎない。

 俺たちの戦いにしては珍しくうまくいったと、このときはそう思った。

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