刑罰:ヨーフ・チェグ港湾避難救助 5
『ザイロ、なんとかしろ』
ジェイスの不機嫌そうな声。
上空でニーリィが旋回するのが見えた。
その傍らを、いくつかの光る弾丸がかすめていく――彼女の尾を追尾するような動きだった。
『誘導弾を持ってるな。踊礫印……フロッティルだったか? このままじゃ支援できねえぜ』
肯定するように、ニーリィの鳴き声が聞こえた。
『――ああ。大丈夫だ、ニーリィ。俺の心配なんていらない。あんな弾よりニーリィの方がずっと速いから、当たるはずないよ』
たまにジェイスには、ドラゴンの言葉がわかるのではないかと思うときがある。
「つまり……ジェイス、どうなんだ? お前たちでも始末できそうにないか?」
『遠い間合いからのブレスじゃ障壁に遮られる。あとは接近戦だが、ンな雑な戦い方を俺たちにさせるな』
言いたいことはわかる。
急降下しての攻撃は、砲兵にとっていい的だ。博打のような攻撃になってしまう。それもかなり分が悪い。
もともと竜騎兵は防御力の低い兵科だ。騎兵の弱点を踏襲しているといってもいい。
ドラゴンの鱗は確かにある程度の硬さはあるが、雷杖をはじめとした聖印による攻撃を防げるほどではない。
「じゃあ、ライノー! 砲兵としてどう思う?」
「砲撃戦はよくないね。残りの蓄光量と装弾数で圧倒的に負けてるから、正面からは戦えないけど……」
ライノーも俺も、喋りながらも仕事はしている。
ライノーは屋根に上ったゴブリンどもに聖印を射かけて、片っ端から叩き落とす。俺はナイフを投げ込み、爆破し、そもそも屋根の上に登らせない。
「……手段を問わず、建物ごと破壊していいのなら。やりようはあるね、成功率は五割くらいかな」
『勘弁してくださいよ、ライノーくん』
ベネティムの泣きそうな声が聞こえてくる。
『場所を考えてください。ドッタ、敵の砲兵がいるのはどこなんですか?』
『ええと……たぶん、あれ工場じゃないかな。船造ってるような所? その屋根の上』
『ほら! 造船所ですよ! 絶対マズいですって。もう聖騎士団がそちらの区画に展開されていますし、私も無限に言い訳を思いつくわけじゃないんですから』
「いやあ、そうかなあ? まあ、指揮官の判断なら仕方がないね。あっちを潰しにいけるかい、同志ザイロ。それとも同志タツヤに別行動を取らせるかい?」
「……くそ」
俺は悪態をつき、タツヤを見た。
ちょうど突っ込んできたボギーの群れを迎撃している。
タツヤは確かに最高の歩兵だが、単独行動には大きな不安が残る。砲兵のところまでたどり着くにも時間がかかりすぎる。
「ツァーヴはまだかよ、ベネティム!」
『急いでますけど、もう少しかかりますよ。街路が混乱しているんです。なにしろこちら側にも
「そっちにもかよ! 本隊か? ……もういい、とにかくこっちでなんとかする」
もともと、砲兵に対する戦闘経験など、持っている者はほとんどいないだろう。
砲兵は魔王現象に対抗するため、近年になって開発されたものだからだ。いままで対人戦闘の必要はなかった。専門家はいない。
とはいえ、新兵器を作ればその欠点も考えるのは当たり前のことだ。
俺も基本的な対策を考えたことはある。職業病のようなものだ。
砲兵を止めるのは、本来なら狙撃手の役目になるだろう。障壁印を起動する余地のない、意識外からの一撃。あるいは、蓄光量に十分な余裕があるなら、砲兵が撃ち合いに応じてもいい。
そのどちらも使えないというのなら、あとは歩兵。
ドラゴンよりも小回りが利き、機動力に優れた歩兵が接近し、破壊する――最適なのは、
(俺だ。雷撃兵)
軽く息を吸って、テオリッタを見る。
「テオリッタ。俺はこれから砲兵を相手にする。たぶん護衛もいるだろうし、囲まれることになる。お前はどうする?」
「いい心掛けですね、ザイロ」
どういうわけか、彼女は嬉しそうに――あるいは安心したように笑った。
「一人でさっさと先に行こうとしていたら、私はものすごく怒っていましたよ」
「たぶん死ぬから、お前はここで待ってた方がいいと思ってる」
「私の加護があれば、死ぬ確率は低くなりますよね? だからいま声をかけたのですよね。私を、ともに戦う《女神》だと認めて!」
テオリッタには期待をこめて見つめられたが、わからない。
そう思ったのかもしれない――そうでもないのかもしれない。あまりにも状況がきつくて、藁にも縋る思いで彼女に声をかけてしまったのかもしれない。
だとしたら俺は救いようがない。
自分に対する怒りを感じる。それでも、言ってしまったからにはもう遅い。
「テオリッタ。俺と違って、お前の命は一つしかない」
「あなたの記憶も、失われたら戻ってきませんよ」
テオリッタは俺の腕を掴んだ。しがみついた、と言った方がいいかもしれない。
「たぶん、あの自称・婚約者の方も、それを恐れているのでしょう」
「あいつが怖がってるところなんて見たことねえよ」
「あなたにとってはそうでしょうね」
「どういう意味だ」
「教えてあげません――でも、あなたの記憶は、私が守って差し上げます。私の命はあなたが守ればいい」
テオリッタは炎の目で俺を見た。
「それに、いま、『どうする』ってあなたに声をかけられたとき、私はとても嬉しいと感じました。あなたたちの仲間として認められたようで、すごく嬉しい」
気に入らない、と俺は思った。
そもそもこんな生まれたばかりの子供みたいなやつが、命を懸けるなんてふざけている。仲間として認められ、褒められたいという美化された名目で、とんでもない無茶をしようとしている。
俺にもその気持ちが少しわかってしまう。だから最高に腹立たしいのだ。
こんなのは、一刻も早く終わらせたい。
(あの砲兵野郎、ぶっ殺してやる)
俺は決意した。
あの砲兵が
「ライノー、タツヤの指示は頼む。死人を出すなよ」
「もちろん。ともに力を合わせ、この難局を乗り越えよう」
ライノーは落ち着き払って答えた。
「同志ザイロ、僕はいつも真摯なきみの相棒だよ。もっと信じてほしいな」
「適当なこと言ってんじゃねえぞ」
「そんなことはない。僕はきみたちに媚を売っているんだよ、きみたちに拒絶されたらこの世に居場所がなくなってしまうからね。それはもう必死さ」
ライノーの物言いはいつもわけがわからないし、どうしようもなく気持ち悪い。
なんと答えればいいのか見当もつかなかった。
だから俺はもう無言で、テオリッタを抱えて跳んだ。
屋根を蹴る。
痺れそうなほど冷たい空気――街の夜景が、高速で流れる。敵の砲兵の聖印の輝きが、遠くに見えた。
鉛色の甲冑。ライノーよりもさらに頑丈そうな、一回り大きな見た目。
やつがいるのは、たしかに造船所とおぼしき、ひときわ大きな建物の上だ。
右腕の砲塔をこちらに向けている。
そこから、光のつぶてが飛んできた。七つ、八つ。
『そいつが誘導弾だ、ザイロ』
ジェイスの声。
『ニーリィなら避けられるが、お前はどうだ?』
なるほど。避けきるのは訓練されたドラゴンでもなきゃ難しい――だが、こちらにはテオリッタがいる。
「テオリッタ、あれを」
俺は進路を変えず、真正面から突っ込むことにした。
「撃ち落としてくれ」
「容易いことです」
テオリッタは誇らしげに言った。俺はテオリッタの召喚能力の詳細を、ほぼ掴みかけている。
彼女は空間の座標を、驚くほど正確に認識している。
なにしろ俺に抱えられた空中機動の状態から、動いている
嵐や稲妻を呼び出す第四の《女神》や、力そのものを召喚する第六の《女神》のように広範囲への影響力には欠けるが、その反面として圧倒的な精密性がある。空間把握能力が卓越している、というべきだろうか。
つまり、飛んでくる光のつぶてを迎撃するぐらいは余裕だ。
「私が守護してあげましょう」
テオリッタの呼び出す剣が、誘導弾と衝突し、そのすべてを起爆させた。
空中で破裂する光の中を、俺はまっすぐ突き抜ける。
「ザイロ、あなたは勝つのが仕事です」
「そりゃそうだ」
俺はたぶん笑ったと思う。笑ってテオリッタを強く抱えた。
屋根を蹴る。
また蹴る。鉛色の砲兵との距離を迅速に詰めていく。
そいつはゆっくりと右腕の砲身を構え、聖印を輝かせた。すぐにでかい砲撃がくる。
だが、俺は同時に気づいてもいる。
そいつの傍ら――建物の屋根の上に、多数のケルピーどもが配備されていること。それから、一人の女の影があること。
「来たな」
とでもいうように、その女は口を動かした。あるいは笑ったのか?
痩せた女だった――見覚えがある。特に感情のこもらない目と、その両腕を覆う黒い籠手には。
俺はもうそいつらの名前を知っている。
ノルガユが捕まえた、というか家来にした冒険者どもから、すでに話は聞いていた。
女の方はシジ・バウ――『滑り止め』。
砲兵は《鉄鯨》。
冒険者業界じゃ有名なやつらで、傭兵でもあるという。
もしかすると、やつらはこれが狙いだったのかもしれない。俺とテオリッタを引き出して、二人がかりで始末するということが。
(だとしても)
俺がやるべきことは一つだけだ。
《女神》を随伴する聖騎士の仕事。つまり、勝つこと。
◆
ヨーフ市の行政庁舎は、『塩と鋼の道』のほぼ中央に位置している。
大きな広場があり、祭りや集会の際に解放される区画だ。
パトーシェ・キヴィアが馬を飛ばして駆け付けたとき、そこにはすでに兵士たちが整列していた。
都市の警備兵たち。
それに加えて、神殿の武装神官たちまで揃っている。神殿の私兵部隊であり、信徒たちから成る戦力だ。練度は低いが、士気は高い。
そして、彼らを指揮しているのは、パトーシェもよく知る人物だった。
マーレン・キヴィア。
大司祭の地位を示す、黒線のはいった貫頭衣の下に、鎖帷子を着ているらしい。
彼はいま、ヨーフ市防衛部の顧問であるはずだ。それが陣頭指揮を執っているということは――
「伯父上!」
パトーシェは、敬意と礼節を示すために馬から飛び降り、拝礼した。
「よく来てくれた。なかなかに迅速だな」
マーレンは鷹揚にうなずき、頭をあげるよう促す。
「いきなりで悪いが、聖騎士団の力が必要だ。すでに市民が攻撃を受けている」
「はい」
パトーシェは伯父の顔を見た。厳粛で鋭い双眸は、彼女ではなく街並みの彼方を睨んでいるようだった。
「伯父上。商業地区にも
「警戒させていた兵から、報告が上がった。外壁の下――地下遺構を突破して侵入してきたようだな。数が多い、おそらくこちらが本隊だろう」
ヨーフ市は、連合王国の成立よりも前から存在する街だ。
地下遺構と呼ばれる、旧王国時代の設備と地下道がある。老朽化しているため、いまは単なる観光名所のような扱いとなっていた。
通常なら、厳重に封鎖されているはずだった。
そこを抜けてきたとは――しかも、数が多い。
これではやはり港湾部へ増援を送ることはできないだろう。
「……まったく、団長の伯父上は素晴らしい戦術眼をお持ちですよ」
ややからかうような声が、傍らに寄ってきた。
騎兵長――ゾフレク。彼にはすでに部隊を預け、市内の防衛に当たらせていた。
「敵襲を察知して、見事に兵士をまとめられた。オレたちの立場がありませんぜ。こいつは未来の《女神》のご加護ってやつですか?」
「そうであればいいと思うがね」
ゾフレクとマーレンの会話を聞きながら、パトーシェ・キヴィアは考える。
事態はさらに切迫してきた。
だが、敵の本隊を見つけた以上、この状況を収束させることは可能だろう。問題があるとすれば――
「伯父上。より正確な情報を把握したいと考えます。敵を発見した者はどちらに? 武装神官の方ですか?」
「そうだ。しかし、敵と遭遇した際に重傷を負った。いまは喋ることもできまい。副官から報告させよう」
「承知いたしました」
パトーシェは再び拝礼した。
「お前たちを頼りにしている、パトーシェ」
伯父は厳粛な顔のまま、わずかに口の端を吊り上げた。
「特にお前の存在はありがたい。軍と神殿は反目している場合ではないのだ。不幸中の幸いというべきか――この試練を乗り越え、より強く結びつくことを願う」
そうして、マーレン・キヴィアは聖印を切った。
「聖マハイゼルの加護がありますように」
何もおかしいところはない。
聖マハイゼルは伝説の人物で、史上最初の魔王侵食に立ち向かった、神殿の指導者だ。神殿関係者が武運を祈る際に、ほぼ必ず使う。伯父も崇敬していると聞いている。
だが、パトーシェはその名前を反芻する。
マハイゼルの家名とされるジエルコフ――それは北方出身者の間で使われる呼び方だ。中央や、それ以外の地域ではジェルクフと発音する。
疑いのきっかけは、まずはそこから始まっていた。
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