刑罰:ヨーフ・チェグ港湾避難救助 4

 倉庫は、すでに異形フェアリーによって包囲されていた。

 攻撃を受けている。

 ざっと見ただけでもフーア、ボギー、ケルピー。大型のバーグェストもいた。


 倉庫の外に焚かれている篝火が、いい目印になってしまっている。

 夜の中に煌々と輝く炎。

 倉庫の壁は聖印によって防御されているようだが、異形フェアリーたちは自らの体が焼かれるのも構わず、角での攻撃や体当たりを続けていた。

 大きな亀裂が入っている個所もある。

 もう半刻は持たないだろう。


「タツヤ、行くぞ!」

 俺は声を駆け、地面を蹴った。

 テオリッタを抱きかかえ、飛翔印を起動させる――跳ぶ。

「ライノーは援護。でかいやつは使うな」


「了解だ」

 ライノーの砲甲冑が左腕を持ち上げた。

 そちらは右とは違って短く、通常の籠手とそう変わらない作りになっている。その手の平が発光した。破礫印。

「中にいるのは力無き無辜の人々だ。力を合わせて助けよう」

 光のつぶてが、倉庫を包囲する異形フェアリーたちを射抜く。砲撃のような威力はないものの、十分な牽制になり、吹き飛ぶやつもいる。


 そこへ、タツヤと俺が跳びかかった。

 テオリッタの呼び出した剣が一匹を串刺しにすると、すぐさま引き抜いて投げる。爆破。続いてナイフ――また爆破して跳躍。倉庫の壁を蹴って、軌道変更、攻撃。

 俺の戦い方はこんなものだが、タツヤはすさまじかった。


「ぐぐぅ」

 と、喉を鳴らしながら襲い掛かる。

 戦斧が目まぐるしく旋回し、何匹もの異形フェアリーを叩き潰す。引き裂く。打ち砕いて骨と肉の欠片に変える――そして駆け抜ける。

 死体で遊んでいるように見えたかもしれない。

 タツヤが動くたび、異形フェアリーたちの体が混ぜ合わせられる。


 味方としては頼もしい。

 俺とテオリッタとタツヤ、ライノーが共同で攻撃を加えれば、包囲を崩して逃走させるのも、それほど長くはかからなかった。

 が、こういうときは少し困ることもある。

 つまり事情を知らない民間人からの目だ。


「ひっ」

 と、格子のはまった倉庫の窓から、誰かがそれを目撃していた。

 確実に怯えた声が響く。

「新手の異形フェアリー……人型だ! 仲間割れか? トロールかもしれないぞ!」

 間違いなくタツヤのことだろう。

 やつはまだ痙攣していた異形フェアリーにとどめを刺すところだった。念入りに頭部を砕き、動かなくなるのを確かめている。


「違う。安心しろ」

 俺は窓越しに、倉庫の連中に声をかける。

「俺らは人間だ。第十三聖騎士団の――方から来た」

 聖騎士団の名前を出した方がいいだろうと思った。嘘は言っていない。

「助けに来たんだよ。異形フェアリーどもは殺したからいますぐ扉を開けろ、時間がもったいない」

 増援がきたとはいえ、まだまだ敵の方の数が多い。それに、追加がこっちに投入されないとも限らない。


「さっさとしろ、死にたいのか?」

「ひ……」

「こんな倉庫、もう半刻も持たない。崩れる前に出てこい!」

 いっそ扉を爆破してやりたい気分になったが、それで被害が出ては本末転倒だ。倉庫自体の倒壊の危険もある。


「ザイロ、それではいけません。皆さんが怯えています!」

 テオリッタは慌てたように前へ出た。

「まったく、あなたの欠点の一つですよ。伝え方に気を付けた方がいいと思います」

「気を付けてるだろ、いまは一刻を争うんだよ」

「では、なおさらです。あなたの交渉力は致命的です……なので、ここは!」


 テオリッタは胸を張った。

 身長の割には長くて細い足を広げ、偉そうな構えを取る。

「頼れる《女神》である私に任せてください。……うまくいったら褒めるのですよ!」

 そして彼女は息を吸う。

 この小柄な体のどこからこんな声が――と思うくらいに、張りのある声が響き渡る。


「……市民のみなさん、私は《女神》テオリッタ! みなさんを救いに参りました。導いて差し上げますので、いますぐここから避難してください!」

「そう! いまこの倉庫は、とても危険な状態にあります、市民諸氏」

 テオリッタの後半を、なぜかライノーが引き継いだ。

 こちらもやけによく通る声で、朗々と言葉を並べ立てる。


「他の区画の人々の撤退は完了しています。後はあなた方だけだ! こちらには《女神》と聖騎士もいます、我々が安全な護送を約束いたしますよ」

 その言葉が終わると、倉庫の内側でざわめきがあった。

 そして、テオリッタは怒ったようにライノーを見上げた。


「ライノー! いまのそれは――」

「ああ――うん! 前半は嘘だよ。こちらの方が効果的だと思ったんだ」

 ライノーの声には、珍しく何かを探るような響きがあった。

「どうかな、同志ザイロ。いまのはうまくやれたかな? きみや、同志ベネティムから勉強したつもりなんだけど」


「知らねえよ。そんなウソつきやがって、あとで面倒なことになっても知らねえぞ」

「そういう問題ではありません! 嘘はよくないですし、ここは、わ、私が《女神》らしい説得でザイロから褒められる場面では――」

 テオリッタが言いかけた時、ライノーの説得の効果は立証された。

 倉庫の扉が、軋む音とともにわずかに開いたからだ。


「……本当か?」

 疑わしげな視線が、いくつもその隙間から覗いていた。

 タツヤの戦い方を目撃すれば、そうなるのも仕方がない――俺の説得の仕方がまずかったとは思いたくない。

「本当に、安全なのか? 《女神》様と聖騎士様がいるって?」


「はい。真実ですよ」

 ライノーは左手で俺とテオリッタを示した。

「こちらが剣の《女神》テオリッタ様と、その聖騎士たる英雄ザイロ・フォルバーツ。必ず皆さんをお守りすると誓います」

 勝手なことを言われている、と思った。

 ただ、文句を言えるような状況でも立場でもない。


「さあ、急いでください! 異形フェアリーたちが寄ってこないうちに、避難を始めよう」

 ライノーの呼びかけに、倉庫にこもっていた連中がぞろぞろと出てくる。

 やはり多い。ざっと見た限りでも五十人以上はいるのではないだろうか。気分が重くなる。

 おまけに、新手の異形フェアリーたちも接近してくるのが見えた。


 カエル型だ――フーアども。それにケルピー。

 避難民たちから悲鳴があがる。即座にライノーの左腕が光を放ち、何匹かを吹き飛ばす。タツヤが最後尾で迎撃に当たる形になる。

 ライノーと俺、テオリッタが先導する形で動き出す。


「どうも、これは大変そうだね」

 ライノーのまるで緊張感のない呟き。

 そして俺にだけ聞こえるような小声でささやく。

「……相談にのってほしい、同志ザイロ。市民の死ぬ順番を決めておこう」

「お前」

「老人から死んでもらうのがいいだろうか? 彼らは子供たちよりも長い期間の人生を、すでに受け取っている。そちらから死んでもらうのが公平だと思うんだけど、この計算は妥当かな?」


 こいつが砲甲冑に包まれていなかったら、と思った。

 殴って蹴り飛ばしていたかもしれない。ライノーはこういうやつだ――どこまでも合理的に、平等というものを考えている。

 イラついてどうする、と自分に言い聞かせる。

「その相談に、はいそうですね、とか言えるようなやつはどんな神経してるんだ?」

「ああ、もしかして倫理観を問題にしている? それは難しいな」


「……誰かが言ってた」

 誰か。誰が言っていたのか――俺は知っている。知っているはずだ――そう。セネルヴァだ。忘れていない。忘れるはずがない。

 ――畜生。


「……最後の最後ぎりぎりまで、最善の結果を求めて動け。民間の犠牲の想定はその後だ。いま避難しようとしている連中は、兵隊じゃねえんだよ。俺たちが勘定していい命じゃない」

「なるほど? 勘定していい命じゃない……」

 と、ライノーはわかっているのかいないのか、把握しかねる声で繰り返した。


「要するに、事前の想定にそれほど価値を置かない、ということかな?」

「ぜんぜん違うけど、お前が理解しやすいならそれでいい。状況なんていくらでも変わる。たとえば――」

 俺は頭上を見た。

 雲の多い夜空で鮮やかに目立つ、青い輝きがあった。それは発光する聖印で、味方に自分の存在を知らせるためのものだ。


 翼の羽ばたき。咆哮。

 避難民たちの中にも、つられてそちらを見上げた者がいる。

 ジェイスとニーリィだ。俺は首の聖印に指を触れさせる。


『まだ終わってなかったのか?』

 呆れたようなジェイスの声。

 見る見るうちに、青い翼が降下してくる。

『のろまだな、ザイロ。手伝ってやろうか?』

「うるせえな……建物は焼くなよ。それは全然手伝ってることにならないからな」

『どいつもこいつも、面倒な注文をつけてくる』


 頭上を突風が吹き抜けたと思うと、炎の塊が飛んだ。

 小さな火の玉のようだった。

 正面を遮ろうとしていたケルピーたちの一団が、その一息で炎に包まれる。とりあえず配慮はしたようで、建物への引火はない。


「ありがとう、同志ジェイス! 同志ニーリィ!」

 ライノーは快活に礼を言い、空に手を振る。やはり嘘くさい。

「素晴らしい腕前だね。避難民一同に代わって感謝するよ」

『ザイロ、そいつを黙らせろ。嘘くさいんだよ。つまらんお世辞は聞きたくない』

「俺も黙らせたいと常に思ってる。ツァーヴの次くらいにな」


「ひどいな。僕らはともに戦う仲間じゃないか。もっと心を開いてくれないかな?」

『絶対に嫌だね』

「断る。黙れ」

 ジェイスと俺の意見はほぼ一致した。放っておくことにする。


「ライノーのことはいい。……ジェイス、いまのをもう何度かやってくれ。お前らなら難しくないんだろ?」

『まあな――退屈だ。こんなのは、俺たちの本領じゃない。ドッタさん、次はどこだ?』

『あっ。そ、それなんだけど』

 ドッタの慌てた声が聞こえた。

『いま、なんか見えた! あんまり退屈じゃなくなるかも』


「なんだよ?」

 曖昧過ぎる報告に、俺は顔をしかめたと思う。

「なんかってなんだよ。お前、金目のモノの話じゃないと、途端に語彙が貧弱になるよな」

「いや、金目のモノの話のときもしばしば貧弱だよね。同志ドッタは慌てるとそうなるんだ」

『ドッタさんをあんまり馬鹿にするなよ。……ものすごく目がいいんだぞ』

『そういうのいいから! 聞いてよ、ザイロたちから北側、一時方向! あのさ、よくわかんないけど、ライノーに似たやつが――』


 そのときだ。

 かっ、と、空中に向けて光が迸った。

 青白い閃光――それはジェイスとニーリィを狙っていた。


『砲兵かよ』

 ジェイスは舌打ちをして、ニーリィがはばたく。高度を上げる。

『面倒だな……』

 砲兵という存在は、ドラゴンとその竜騎兵にとって、かなり危険な存在となる。天敵といってもいいかもしれない。


 砲で狙われていては、高度を下げてこちらの援護に入れない。

 常に砲兵を意識し、回避軌道で狙いを外し続ける必要がある。

 異形フェアリーどもが雷杖だけでなく、砲まで運用し始めたのか? それとも、この前のミューリッド要塞で見たように、人間があっちに味方しているのか?

 ――くそ。違う。いま、その原因はどうでもいい。


「ザイロ! 屋根の上を見てください! ――それから、あっちにも!」

 テオリッタが俺の腕を引っ張った。

 ゴブリンたちがそこに這い上ろうとしているのがわかった――やつらの手には雷杖。横手の路地からは、犬の吠えるような声も聞こえる。ボギーの群れかもしれない。

 囲まれようとしている。


「同志ザイロの言う通り、まさに状況は目まぐるしく変わるね」

 ライノーは俺を振り返り、たぶん笑ったと思う。

 いや、絶対に笑った。

「さあ、がんばりどころだ。最後の最後、ぎりぎりまで最善を求めていこう」

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