王国裁判記録 ツァーヴ

 いずれの手口も、決して鮮やかとはいえなかった。

 むしろ凄惨と表現するべきかもしれない。


 王国査察官、セオドニー・ナンティアは、手元の記録を見て確信した。

 この男――目の前に座る若い男は、本物の殺人鬼だ。

 殺した相手を食っていたというのも真実のような気がしてくる。


(――査察官は先入観を捨てて聴取しろと言われているが)

 セオドニー・ナンティアは、目の前の男を注視した。

(これは難しいな)

 一見したところ、どこかだらしないような、陽気な笑みを浮かべた男だ。

 その軽薄さに油断してしまいそうになるが、そもそも、この聴取室でそんな呑気な態度を取っていることが異常なのだ。


 名前はツァーヴ。

 通称は《食人鬼》。

 家名はない。モーサ=グエンの教団に育てられた暗殺者はそういうものだ。

 この男が、八人にも及ぶ連続失踪――真相は殺害であった一連の事件の、その実行犯に違いなかった。


「八人か」

 セオドニーは手元の資料の、人数を読み上げた。

 この男が殺した数だ。

「おおよそひと月に一度。この一年間、ずいぶんと好き放題にやってくれたものだな?」


「ああ――いやいや! すみませんね査察官さん、そこのところ実は違うんスよ」

 ツァーヴは笑顔のまま訂正した。

「オレは正直者なんで言っちゃうんですけど、殺したのは十二人。五割増しです。いや……ほら、オレって根が真面目じゃないですか。おまけにお人好しだから」

 ツァーヴはため息をついた。

 いかにも、自分はこの『お人好し』な部分で苦労を重ねてきたと、そういわんばかりのため息だった。


「オレが失敗したり、仕事に手こずったりすると、上司の評価が落ちるのかわいそうだなって思うタイプなんです。おかげで貧乏くじ引きっぱなし。真剣にやって損しましたよ、結局こうやって切り捨てられるんだから」

 セオドニーは、ツァーヴの言葉を聞きながら頭痛を感じていた。

 人を殺すことを、何ほどのこととも思っていない。怪物だ。とんでもない怪物を目前にしているのかもしれない。


「罪悪感はないのか?」

 セオドニーは、気づけば聞いていた。

「人を、殺した。そのことを悪いとは思わないのか」

 ドラゴンに育てられた男を、セオドニーは知っている。調べたことがある。

 その男は、人間に対する罪の意識を持ち合わせていなかった。あるいは、ツァーヴもそうかもしれないと思ったのだ。


「あ! すみません、良いとか悪いとかの話ですか? 宗教の話は、よくわからないもんで……おかげで教団でも、問題児扱いでした」

 ツァーヴは快活に笑った。

「気に入った相手を殺したら、嫌な気分になります。それはわかります。でも、それ以外はぜんぜんよくわからない」


 なにか、異質な存在と対峙している気がした。

 セオドニーは意味もなく、傍らの水差しから水を注いだ。それを口に含んでも、生ぬるい感触だけがある。

 得体のしれない不快感。

 ツァーヴという男は、それに近い何かがある。


「オレが教団に――なんていうんですかね」

 ツァーヴは喋り続けている。いくらでも喋れるようだった。

「頭ン中まで影響されないで済んだのも、オレがバカすぎてその辺よくわかんないからっスかね? ――ああ、これ、もしかしてオレって選ばれし者だったりしません? やだなあ。オレって責任感強いタイプだから気にしちゃうな。すごい運命背負ってたらどうしよう」


 あるいはそうかもしれない。

 セオドニーは教団のやり方をよく知っている。善悪を子供に植え付けるために、様々なことをやる――苦痛、薬物、快楽、あらゆるものを利用する。

 それでも教団の倫理観を理解しないツァーヴという男は、よほど特殊な神経の持ち主なのかもしれなかった。


「……恐くはないのか?」

 セオドニーは、せめてこの男の、人間らしい反応を引き出そうとした。

 自分と同じ人間だと、そう思いたかった。

「お前はこれから、良くて死ぬまで監禁。悪ければ死刑だ。そのことが、怖くはないのか?」

「怖いです」

 ツァーヴは即答した。

「めちゃくちゃ怖いっス。でも怖がっても何も変わらないんで、まあ……」

 そしてだらしなく笑う。

「せいぜいいまのうちに楽しんでおきます。そっちの方が得でしょう。どうせ死ねば終わりなわけだし、その間をビビッて過ごすなんて利益なさすぎますよ」


 やはり怪物だ、と、セオドニーは結論づける。


「普通の人間は、理性でそう思っていても、感情や直感が許さない。それとも現実感がないだけなのか? お前には想像力がないのか?」

「ひどいな! 相手の人生とか考えちゃうくらいだから、めちゃくちゃ想像してますよ。でも、オレからしたらよくわからないんスよね」

 ツァーヴの笑顔が消えた。真剣な顔でセオドニーを見る。


「自分と、自分が気に入ったやつらの損得以上に重要なことがありますか? ……そのためなら、なんだってできるでしょ。死刑を怖がるなんて大損ですよ」

 セオドニーは言葉を失った。

 おぞましいものを見ている気分になる。嘔吐の予感すら覚えた。


「ツァーヴ、お前は――」

「面白いな」

 不意に、隣から呟きが聞こえた。

 同じデスクに座っている、陽気ではあるが、どこか気味の悪い笑い方をする男。

 彼の名前は知らない――ただ、査察官だという話だけは聞いている。それも、セオドニーよりもずっと上位の。


「ツァーヴくん。十二人も殺しているけれど……」

 名も知れないその男は、身を乗り出してツァーヴを見た。

「どうやって、この十二人を選んだ? 基準は?」

「さあ。殺しやすかっただけっスよ」

「殺しやすかった。なるほど? では、たとえば、このタルディという男……」

 名無しの男が、一枚の書類を手にした。


「自宅ではない。勤め先の役所で、白昼堂々、わずか七十秒の間に失踪している。殺して連れ去ったんだろう?」

「そうっスね」

「これは殺しやすかったのかな?」

「いやいやいや、手段じゃないですよ」

 ツァーヴはまた笑った。


「感覚的に。殺しやすかったってことっス。ほらオレって天才じゃないですか? その辺の無防備な市民なんて、どこにいて何してようが大差ないんで。殺す難易度なんてどれでも一緒ですよ――なので」

 秘密を打ち明けるように、ツァーヴは声を低めた。

「殺しても心が痛まないような相手を選んだわけです」


「それは、どういう基準で?」

「さあ――直感、としか言えないんスけど」

 ツァーヴは少しだけ、考える気配をみせた。だが、すぐに諦めたようだ。

「オレ、相手に感情移入しちゃうと、ぜんぜん殺せなくなっちゃうんスよ。お人好しのアホなもんで、すみませんね。生まれつき優しい男なんですよ、わかります?」

「それは先ほど聞いたよ。それで、この十二人には」

 名無しの男は、書類を机の上に放り投げた。

「そうじゃなかった? 感情移入ができないと感じた?」


「うん」

 ツァーヴはあまりにも気安い調子でうなずいた。

「そうっスね。なんとなく、殺しやすかった」

「なるほど」

 名無しの男は、笑みを深めた。どことなく嗜虐的な笑みだった。

「素晴らしい」

 と、かすかに声が漏れた。その言葉の意味を、セオドニーは測りかねた。

 何度もうなずき、書類をめくり、そしてまたツァーヴに視線を戻す。何かを楽しんでいるような目だった。


「ツァーヴ。きみには死刑は生ぬるいと、私は考える」

「ええ? 死ぬより厳しい刑って」

「そう」

 名無しの男は、勿体ぶるように一度言葉を止めた。ツァーヴの顔色の変化を楽しむように。

「きみを勇者刑に処す」

「待って」

 そのとき、ツァーヴは初めて本気で慌てた。


「いやいやいや! 待ってくださいよ、それはぜんぜん事情が違う! 死刑を怖がっても仕方がないし、ほかの罰だってそうですけど! 勇者刑って――」

「ああ。きみの想像している通り」

 名無しの男はさらに深く微笑んだ。

「死ぬことすら許さない」

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