刑罰:ソドリック街区潜入調査 1

 俺たち勇者刑の受刑者に、食事の自由はほとんどない。

 献立に文句を言うことなどできないし、食事をとる場所も基本的に定められている。

 任務中の行動食はその例外だ。

 自室に酒やつまみを持ち込んで飲み食いするやつもいるが、それはそういう特殊技能を持ったやつだけに限られる。


 そして、ヨーフ市の兵営における食事指定場所は二つだけ。

 兵士が集まる食堂の片隅。あるいは、竜房の傍らだ。

 これはドラゴンの世話をしなければならない、竜騎士であるジェイスの存在による特例だった。


 よって、ジェイスが食堂で飯を食うのはとても珍しい。

 この日は、俺たち懲罰勇者に割り当てられた一角に、ジェイスとドッタが顔を揃えていた。


「珍しいな」

 俺は思わず素直に声をかけていた。

「なにやってんだ、ジェイス。ニーリィに竜房を追い出されたのか?」

「そうだ」

 冗談のつもりだったが、ジェイスは不機嫌そうに肯定した。


「ニーリィが妬いてる」

 とだけ、ジェイスは説明した。

 それ以上は語るつもりがないとばかりに、黒パンを口に詰め込む。


 確かにこいつの場合は、たまにそういうことがある。

 ジェイスはドラゴンから奇妙なほど好かれるし、何かと世話も焼く。

 必然的にドラゴンはジェイスに寄って来る。それが雌――ジェイスに言わせれば女性のドラゴンであったとき、ニーリィが機嫌を損ねる場合があった。


 特に食事の時間は問題になることが多い。

 ジェイスの傍らで食べようとするドラゴンもいるし、自分の食事の一部をジェイスに分け与えるようなこともある。

 そういう光景を見ると、ニーリィは時として怒る。

 具体的に何が彼女の逆鱗に触れているのか、俺にはわかるはずもないが、とにかく怒る。


 俺もその様子を一度見たことがある。

 ジェイスの膝に顎を乗せたり、あるいは肩に乗せたりして、牙の隙間にくわえた肉や野菜を差し出すというような。

 あれはまさに貴族の娘たちが、夜会で王太子や大貴族の子息に近づこうとするのと似ている。


「あのさ……ザイロ、あんまりジェイスを刺激しないでよ」

 ドッタが俺を肘でつついて、小声で言った。

「きみら、隙あらば喧嘩しようとするからさ」

「そんなことねえよ」

「あるよ。ぼくから見れば二人とも、ほとんど怒りと暴力の化身だよ。できれば食事の時間もずらしてほしいくらいだけど……」


 ドッタは視線を俺の背後や、周辺にさまよわせた。

「テオリッタは? 一緒じゃないの?」

「まだ寝てる。連れてきてない。あいつには聞かせられない頼みがある――ドッタ、お前に」

「ええ」

 ドッタはすごく嫌そうな顔をした。


「嫌だなあ。ぼくに何かさせるんでしょ」

「そうだ」

「それも危ないことでしょ」

「そうだ」

「テオリッタを連れていけないような感じの」

「そうだ。そこまでわかってるなら、話は早いな」


 俺はドッタの隣に腰を下ろし、黒パンをかじり始める。

 今日の献立は、これとチーズとキャベツの漬物。本当は肉がほしいところだ。


「ちょっとは喜べよ。手枷なしで街に出られるぜ」

「そんなこと言ったって、ツァーヴがひどい目にあったらしいじゃん」

 よくわかっているじゃないか。

 ツァーヴは例の一件で、左腕を大きく負傷した。修理場ではなく、病院送りで済んだのは幸運だったというしかない。

 あるいは悪運か。


「ちなみに、どういう作戦?」

「いろいろと目的はあるんだが、まず冒険者ギルドに潜入する。そこは確実だ」

「最悪……」

 ドッタは嘔吐を我慢するような顔をした。


 冒険者ギルド。

 やつらと、この前の襲撃者の関係を探る必要がある。それが敵の正体を掴む糸口になるだろう。

 そしてこの作戦には、テオリッタを連れていけない。

 とてつもなく面倒なことになるのは明白だ。


「冒険者ギルドなら、ライノーを連れて行った方がいいんじゃないの」

「あいつはいま懲罰房に入ってるし、そもそも何するか予測つかねえから嫌だよ」

 ライノーはうちの砲撃手だが、いまは命令違反で懲罰房に入れられている。

 ベネティムが色々と交渉しているようだが、出てくるまでもう少し時間がかかるはずだ。

 もともとライノーは冒険者であったため、もしかしたら顔が利くかもしれないが、期待できる相手ではない。


「ぼくじゃなくても、ベネティムとかさあ」

「あいつはノルガユ陛下を受け取らなきゃならない」

 ノルガユの足が、ようやく修理されたらしい。適当な足が見つかった、とのことだ。

「それに、お前の技も使ってほしい」

「えええ……」

 ドッタは呻いたが、引き受けるしかないだろう。

 最終的には、この仕事の命令はキヴィアから発行される。


「仕事か、ザイロ」

 それまで沈黙していたジェイスが、不意に口を開いた。

「ドッタさんが嫌なら、俺が代わろうか? 今日はどうせ暇だからな」

「え、いや……」

 ドッタは驚き、口ごもった。

 気持ちはわかる。ジェイスに街中での任務は、根本的に無理がある。特に潜入任務なんて、ルールを理解していないドラゴンに賭博をさせるようなものだ。


「い、いいよ。ぼくが行くことにする。まあ……確かに、閉じ込められてるのも飽きたし」

「そうか」

 ジェイスはあっさりとうなずいて、チーズを口に放り込んだ。

「だったらせいぜいドッタさんに迷惑かけるなよ、ザイロ」


 ジェイスのドッタへの態度がやけに甘いのは、どうやら尊敬しているかららしい。

 以前に聞いたことがある。

 ジェイスいわく、

「ドッタさんはドラゴンを逃がそうとしたうえに、自分の腕まで食わせたような人だぞ」

 とのことだった。

「……腹をすかせたドラゴンに、自分を食わせるなんてな。俺もそこまでできるかわからない」

 と、大いに感銘を受けているようだった。

 放っておこう、と俺は思った。


「で、具体的には?」

 ドッタは不安そうに俺を見た。

「どういう風に潜入するつもりなわけ? テオリッタは抜きで、ぼくとザイロだけ?」

「ああ。それは――」


        ◆


 作戦の開始は、夕暮れ時を待つ必要があった。

 冒険者ギルドの営業は、そのくらいの時間から本格的に始まる。


「では、作戦を開始する」

 キヴィアは胸やけしそうなほど真剣な顔で、そう宣言した。

「ドッタ。ザイロ。この任務は我々三人で、いわば敵地の中枢に潜入するのだ。気を引き締めて挑め」


「ああ。まあ……それはいいけど」

 俺はキヴィアが身に着けている衣装を見た。

「それでいくのか?」


「何か問題でもあるのか」

 キヴィアは襟元に手で触れた。

 かなり多数のフリルが施されたシャツで、袖口はレース状になっている。それになかなか重たそうなスカート。濃い赤ワインの色の外套。

 剣を身に着けてさえいなければ、あるいはその険しすぎる眼差しさえどうにかすれば、まさに貴族の娘というところだ。実際そうなのだろうが。


「それとも、まだ男装に見えると。そう言いたいのか? どうなんだ?」

 ずいぶんな迫力で迫るので、ドッタが怯えるのが気配でわかった。

 俺を肘でつつき、なんとかしろと訴えてくる。わかっている。


「……そうは言ってない」

 少し考えた挙句、俺は見たままの感想を述べることにした。

「その服はかなり似合うよ、むしろまさに貴族の令嬢って感じだ。引く手あまたってところだろうよ」

「そ」


 キヴィアは頬をひきつらせてから、口を一文字に結んだ。

「そんな、世辞は結構だ。私の機嫌を取らなくてもいい。貴様に褒められたところで私の機嫌は影響されないからな」

「そりゃよかった……ただ、この場合、それで冒険者ギルドに潜入するのはな……」


 時と場合というものがある。

 特に俺とドッタに用意された衣装は、キヴィアのようにまったく豪華なものではない。

 あまり裕福ではない職人や商人、せいぜい屋敷の使用人、というところだ。


「どういう設定でいくかな……冒険者ギルドに用があるってことは、依頼をしなきゃならないだろ」

「冒険者ギルドといえば、やはり異形フェアリー退治だろう。領内で巣を作った異形フェアリーを退治してもらう」


「それはないかな……」

 ドッタが控えめに呟いた。

「そういうのは軍隊の仕事だよ、本来。冒険者ギルドは確かに私兵持ってるけど、よっぽど儲からなきゃ、そういう仕事受けないよ」

「では、多額の金を積もう」

「そうじゃなくて……そんなの、めちゃくちゃ怪しまれるじゃん」

「そうか」


 キヴィアは救援を求めるように俺を見た。

 俺もそこまで詳しいわけではないが、冒険者ギルドの仕事といえば、多少は知っている。

「賊の始末ってのはどうだ」

 ありがちなパターンだと思う。マスティボルト家にいたころ、冒険者を雇って賊の退治に協力させたことがある。

「領内に賊が出てるから、その始末を手伝わせる」


「二人とも、暴力の規模が大きいよ……。そういうのは辺境ならありえるけど」

 どうやらドッタは、俺たちを怒らせないように、言葉を選んでいるようだった。

 役立たず扱いされているようでちょっと腹が立つ。

「ここはヨーフ市だからさ、ほら……野良の賊なんていないし、いるやつは冒険者ギルドに上納金払ってるよ」


「だったら」

 キヴィアは腕を組み、眉をひそめた。

「どのような手が最適だというのだ。この街の冒険者ギルドが受けるような依頼とは、どのようなものがある?」


「あー……じゃあ」

 ドッタは俺とキヴィアを交互に見て、なんらかの結論をひねり出したようだった。

「二人の見た目なら、さる貴族の夫人と、その間男で行こう」

「なに?」

「あ?」

「共謀して旦那を殺すやつ。誰か殺したい貴族とかいる?」


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