刑罰:ミューリッド要塞防衛汚染 7

 後で聞いた話によると、タツヤは地獄の鬼のような働きをしてみせたらしい。

 そのくらい激しく、地下道を跳ねまわったという。


 地下道封鎖のために張り付けていた聖騎士たちは三十人ほど。

 彼らの出番は、タツヤの討ち漏らしを片づけるくらいだった。

 最初は人間が異形フェアリーとともに攻めてきたことに驚いたらしいが、すぐにそれどころではなくなった。


 タツヤが戦斧を片手に抱え、一瞬の躊躇もなく侵入者を迎え撃った。

 そう。

 タツヤはあのクソ重たい戦斧を、片手一本で振り回すことができる。

 繰り出されてくる騎兵の槍を左手でつかみ、引きずり倒しながら戦斧で切り上げる。

 そうすると自動的に相手は真っ二つになるし、振り下ろす動きで馬の方――コシュタ・バワーにも一手間かけずにとどめをさせるという寸法だったとか。


「……信じられませんでした」

 というのは、聖騎士の一人が述べた感想だ。

「……というか、気持ち悪かったですね」

 正直な感想でもあった。

「人間というより昆虫のような動きでした。壁に張り付いたかと思うと、そこから戦斧を振り回すんです。人間の肩があんなふうに回転するとは思いませんでした」

 確かに。

 俺もタツヤの戦いを見ていて、めちゃくちゃ気持ち悪い動きをすると思ったことは何度もある。


 地下道のような閉所は、タツヤが最も得意とする戦場だ。

 天井も壁もなく飛び跳ね、戦斧の鋼がつむじ風のようになって侵入者を遮る。

 最終的な爆破計画を実行する必要もなかった。

 タツヤが粉砕した連中の血と肉で足元があふれかえったというから、聖騎士たちの中には嘔吐した者もいたに違いない。


「タツヤさん、ヤバいっスね」

 と、ツァーヴもしきりと感心していた。

「オレ、こんなにたくさん挽き肉作ったことないですもん。同じ得物使っても無理っスね。人間の壊し方をわかってますよ。この人、天才だわ」

 ツァーヴのやつが感心するような行為は、基本的にろくなものではない。

 もしかしたら本当にタツヤは大量殺人の専門家なのかもしれなかった。


 一方で、俺たちの方は、そんな風に鮮やかかつ凄惨にはいかなかった。

 出撃はしたが、異形フェアリーどもの真ん中を突っ切るようなことはできない。

 短いながらも空中を跳べる、飛翔印サカラの機能を最大限に活かして戦う必要があった。

 これは俺のような雷撃兵の最も得意とする分野だった。


 雷撃兵という兵科は、最近になって考案された存在だ。

 初期の設計テーマは、短距離の跳躍機動と、それによる敵頭上からの火力投射。

 特に機動力という点に注目が集まった。

 強力だが小回りの利かない、ドラゴンを駆る竜騎兵を補う存在として期待されていた。魔王現象という軍勢に楔を打ち込み、また魔王本体に直接的な打撃を与える、決戦兵力。


 ただし飛翔印の扱いと、そこから有効な攻撃を行うには、多大な訓練が必要だ。普通に歩兵をやっていたやつが、そう簡単に慣れるものではない。

 そのため兵士の量産は難航していたが、設計テーマ自体は図に当たっていたといっていい。

 最大の特徴は機動力。

 騎兵の真価と同じだ。素早く戦場を迂回し、敵後方における中核を攻撃する。


 このとき俺とテオリッタが試みたのも、それだ。

 敵集団を最小限に迂回して、魔王『イブリス』を目指す。

 交戦は無駄なので極力避ける。


 とはいえ、俺たちの姿に気づいた異形フェアリーたちは、ほとんど反射的に襲ってくる。

 ミューリッド要塞の周辺はなだらかな丘と、草原が広がり、遮蔽物などは数えるほどしかない。

 つまり、どんなに努力しても避けられない戦いが発生する。


「来ました、ザイロ」

 俺の首にしがみつきながら、テオリッタが叫んだ。

「大きな犬の怪物です、それにカエルども!」

 耳元に風を感じる――俺も眼下を見下ろす。


 バーグェストに、フーアども数匹。

 こっちを捕捉している。それに続いて、魔王現象の群れから一団が迫って来る。

 さっきから、こうやって俺たちを狙ってくるやつを何匹か始末してきた――そろそろ完全に、目障りなやつとして認識されてしまったようだ。


 それを証明するように、もうずいぶんと近くなった魔王『イブリス』がこちらを見るのがわかった。

 巨大な、黒いナメクジのような見た目だった。

 想像していたよりも小さい――せいぜい象と同じくらいだ。

 その体表上にずらりと並んだ赤い目玉が、俺とテオリッタをはっきりと視認している。


「あいつら、そろそろ真面目に俺たちを狙ってくる。気合入れろよ」

「わかっております」

 テオリッタは手を伸ばした。

「どうぞ我が騎士」


 指先に火花が散る。

 俺はそれに応じた。見事な刃の片手剣が一振り――虚空に生まれたそれを掴んで、地面へ投げる。

 バーグェストの体に突き刺さり、爆破し、俺はその血と泥の中に降り立つ。


 フーアが俺たちを囲むように迫って来る。

(あと五本)

 俺はナイフを引き抜き、一呼吸のうちに投げる。

 閃光、爆破。走り抜け、跳躍する。

 風が唸っている――騒音と光で、かなりの数の異形フェアリーどもの注意を引いた。

 俺の着地点を抑えようと、さらに数十匹が向かってくる。


 テオリッタが燃える目を見開き、それをすべて見ていた。

 機動戦闘を行う聖騎士にとって、《女神》とはもう一つの目だ。

 死角を補い、共感覚によってある種のイメージを共有する。単なる言葉による意思疎通より、かなり早く情報を処理できる。


 聖騎士にとって、これがあるべき形の一つだ。

 俺はセネルヴァのことを思い出す。

 あの、能天気で、楽観的な《女神》。あいつはいつも気楽な様子で絶望的な戦況を伝えてきた。恐怖など知らないようだった。

 テオリッタは――緊張してはいたが、やはり恐怖とは無縁であるかのように告げる。


「今度は牛の怪物です、ザイロ。大きいですよ」

「あれはカイラックだ」

 突撃によって、城壁すら破壊しかねない巨大な牛。

 バカでかい、鉛色に光る角。月影の下では、小さな山が動いているようにも見える。


「魔王までもう少し」

 俺は先を見る。魔王『イブリス』の赤い瞳と目が合った。

「もう少しだ。何があってもしがみついてろ」

「言われるまでもありません」

 テオリッタは冗談のように笑い、一振りの剣を生み出す。

「死んだら、あなたに怒られてしまいますよね?」


 悪趣味な冗談だと思った。

 思いながら、俺は生み出した剣を握る。十分な聖印の浸透。刃が光り輝く――それを投射する。

 破壊の力が起動して、カイラックの首を半分以上吹き飛ばした。


 カイラックが絶叫して身をよじる。角を振り回し、地団太を踏む。

 俺はそれを避けるために、大きく着地点を修正しなければならなかった。あまりよくないことだ。

 囲まれかけている――いや。

 俺は足に絡みついてくる何かを感じた。


(――ボガートかよ!)

 地中からだ。

 ムカデ型の異形フェアリーが顔を出し、俺の足に噛みつこうとしてくる。こいつは空中からは見えない。運が悪かったとしか言えない。

 地雷のように地中に潜んでいた。


 俺は即座に飛翔印を起動させ、噛みつかれる前にボガートを蹴り、吹き飛ばす。

 さらにもう一匹、二匹――次々に出てくる。

 俺はそいつらに対処しなければならなかった。


 連続して蹴り飛ばし、逃れるために低空の跳躍――あまり跳躍距離が出せない。

(囲まれそうだな)

 立て続けに飛翔印を使ったせいで、足に熱がこもっているのを感じる。

 再び跳躍するには、少し冷却時間が必要だ。時間にして、ゆっくりと深呼吸を三回分ぐらいか。


「今日は運が悪いな」

「《女神》に対する祈りと褒めが足りないのでは?」

 キツいときほど軽口をたたきたくなる。テオリッタは乗ってきた。俺と精神の一部を共有しているせいかもしれない。


「あとで反省する」

 俺はやるべきことを思い浮かべる。

 異形フェアリーどもの群れ。まだまだいるが、魔王『イブリス』は近い。

 ここからは厳しい賭けになる。周りの連中を薙ぎ払わなくては――距離をとりたい――再跳躍の瞬間が無防備になる。

 それを邪魔されないように。


(余力が残るか?)

 俺はふと湧いた疑念を押し殺した。

 地上に落ちた雷撃兵の悲しいところだ。再跳躍まではどうしたって大きな隙ができる。あと数十秒は孤立した歩兵と大差ない。

 そして、テオリッタの力を使うわけにもいかない。

 重要な仕事のために残しておかなくては。


(余力が残らなくても……無理でも、やるしかねえんだよな)

 向かってくる異形フェアリーどもを睨みつける。どういう手段をとるにしても、まずはこいつらを。


 そう考えた瞬間に、異形フェアリーに動揺が走った。そのように思った。

 緑の月が輝く、東の方からだ。

 軍勢が揺れたように感じた。魔王『イブリス』の瞳も、いくつかそちらを向いた。


(……信じられねえ)

 俺は緑の月光の下に、恐るべきものを見た。

 翻る旗だ。

 紋章は、『波間に跳ねる大鹿』。

 知っている旗だが、見たくはなかったものだ。マスティボルト家と呼ばれる。南方のとある名家の旗。

 俺が婚約していた家の印だ。


「……ベネティム」

 俺は自分の声が怒りに満ちるのを感じた。

「なんであいつらが来るんだ?」

『あの、じゃあ逆に聞きますけど、ザイロくん』

 ベネティムは少し怯えたように聞き返してきた。

『なんで私が本当のこと言うと思うんですか。ザイロくん、絶対怒るじゃないですか』


 ベネティムのその場しのぎの嘘は最悪だ。

 それが状況を好転させるときがあるのだから、性質が悪い。

 そして、性質が悪いと言えばもう一つ。


『ザイロ! 助けて!』

 ひび割れたようなドッタの声だ。

 同時――今度は北部、異形フェアリーどもの後方で土煙が上がった。

 魔王『イブリス』の眼球は忙しい。またいくつかの注意が後方に割かれる。


「……ドッタ。何やってんだ」

『追われてるんだよ、傭兵たちに! はやく助けて』

「助けるってなんだよ。金策して傭兵の救援を雇えって言っただろ、なんでお前が助けられる立場になってるんだよ」


 適当な貴族の館か何かに忍び込んで、金目のものを持ってこい――それで傭兵と交渉してみせろ、と言ったつもりだった。

 もちろん、途中でドッタが逃げ出すことも見込んでいた。

 やつが城砦にいたところで、たいして役には立たないし、むしろ足を引っ張る可能性さえ予想されたからだ。


 その男が、いま、傭兵団を引き連れて、北方から魔王現象の一群に近づいてきている。

 土煙の規模からして、騎兵を中心とした編成だろうか。


『いや、ザイロ、冷静に聞いてよ。ぼくは思った。よそで盗んで傭兵団雇うより、傭兵団から盗んで傭兵団雇った方が速いと思って――』

「もういい。その話、聞いてるだけで急激に頭が悪くなりそうだ」

 俺はすでに走り出している。

 テオリッタが場にそぐわない忍び笑いを漏らしていた。俺もたぶん鼻で笑ったと思う。


 混乱をきたしている異形フェアリーども。

 その中で、狂乱の勢いのまま突進してくるやつらを正面に、小さな跳躍。ナイフを打ち込み、爆破させる。


 この混乱の数十秒。

 やつらは東からの増援も、北のわけのわからん集団も、咄嗟には対応できない。無視にも踏み切れない。

 少なくとも俺よりずっと脅威だろう。

 魔王『イブリス』までの道がガラ空きになっていた。

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