刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 7

 テオリッタの出現で、良かったことと、悪かったことがある。


 良かったことの一つ目は、時間制限がなくなったこと。

 こうなった以上は、聖騎士団も焦土印をすぐに起動させるわけにはいかない。

《女神》テオリッタがここにいるからだ。

 まとめて生き埋めにするわけにはいかないだろう。


 良かったこと二つ目。

 大量の剣を確保できたこと。それも良質な鉄の剣だ。

「余が聖印を与える! 仕上げた剣から、地面に突き立てろ。柵を作れ!」

 ノルガユ陛下が、珍しく工兵らしいところを発揮していた。

 テオリッタの呼び出した剣があれば、防御用の聖印を刻み、鉄柵を仕立て上げることができる。


 いま、ここで急ごしらえの防御陣地を作る必要があった。

 追撃はどうせやってくる。

 それを防いで、とにかく騒がしく戦う。そうすることで聖騎士団との合流を目指す。向こうも俺たちを探していることだろう。


 一方で、悪かったことは、その二点以外のだいたいすべてだ。


「何をやってるんだ」

 俺は苛立ちを隠せない。

「テオリッタ。聖騎士のやつらはどうした? なんでここにいる?」

「私は《女神》ですよ、ザイロ」

 テオリッタは誇らしげに言った。


「抜け出してきました。人間ごとき、誰が私を止められるものですか」

「お前は……」

「さあ、褒めなさい」

 テオリッタは頭を突き出してきた。

 滑らかな金髪が、火花を散らして輝いている。


「……あの。たったいま、私は皆さんの窮地を助けたということでよろしいですよね? 危ないところに間に合いましたか? 私は役に立ったでしょう?」

「褒めるわけねえだろ」

 俺はテオリッタの頭を押しのけた。

 それで怒っていることは伝わっただろう。彼女は泣きそうな顔をした。


「な、なぜ? 怒っているのですか、我が騎士。私はやはり、少し遅れたのですか? でも、それは……」

 テオリッタは唇を噛み、抗議を決意したようだった。

「……あなたが私を置いていったからです! あんな仕打ちは許せません! 二度とああいうことは――」


「何度でも言うけどな、俺は別に、お前に役に立ってほしいと思ってねえよ」

 いま、はっきりと言うべきだ。

 俺はテオリッタを正面から睨みつけた。彼女の眼は炎のように燃えている――違う。涙が滲んでいるだけだ。

 泣いているのか。くそ。まるでいじめているみたいな構図じゃないか。


「役に立たなくてもいいんだよ。そんなの別に俺は望んでない」

「……でしたら、何を?」

 テオリッタも俺を睨むつもりになったようだ。

「何を望んでいると言いたいのですか?」

「勝手に死のうとするな。役立たずでもいいから、黙って生きてろ。他人のために命を懸けたりするな、バカバカしい!」


「ええ。そうですね」

 激しく罵倒したつもりだったが、テオリッタはどういうわけか、誇らしげにうなずいた。

「だからこそ、私も命を懸ける価値があります。あなたを選んだ私は間違っていませんでしたね」

「なんでそうなる。やめろって言ってるんだよ、人の話を聞け」


「私は《女神》です」

 テオリッタはわかりきったことを言う。

 もう泣いていない。

「人の役に立つために生まれました。そのことを恥じるつもりも、自らを憐れむつもりもありません――皆、そのように迎え入れてくれます。なのに、あなたはなぜ?」


「俺は《女神》が嫌いなんだよ。昔、誰かのために死んでもいいっていうやつがいた。目の前で死んだけどな。そういうの、見てると腹が立ってくる」

 もう言い訳ができなくなった。

 開き直ることにしたが、テオリッタはわかっていたようにうなずいた。


「それは、あなたが仕えていた、前の《女神》ですか?」

「そうだ。よくわかったな、俺が殺したよ」

「本人が、それを望んだのですね」

 テオリッタは正解を言い当てた。

 事情なんて知らないのに、よくもまあそこまで断言できるものだと思う。


「わかりますよ、私にも」

「何がわかるって? アホらしい。俺には人のために命を捨てるなんて考え方、少しも理解できねえよ」

 我ながら破綻したことを言っていると思う。

 その考えを受け入れて殺したのも、俺だからだ。


「いいえ」

 と、このときテオリッタは俺の発言を即座に否定した。

「あなたと、あなたたちは、他の人のために命を懸けていますよ。たったいま、ここにこうして、残された人々を助けに来ていますから」


 俺は何も言わなかった。

 それが無意味な気がしたからだ。


「私も、あなたたちの仲間にしなさい」

 テオリッタはろくでもない希望を口にした。

「ザイロ。あなたは自分たちだけを特別扱いしてずるいですよ。呆れます。他人にはダメだと言うくせに、自分たちは簡単に危険に近づいていくんですから」


「俺たちのは、ただの懲罰だ」

「苦しい言い訳ですね。仲間になるのですから、私のことも特別扱いしなさい。私も特別になりたい。だって、私は――どうせ私は、本当なら」

 テオリッタはそこで急に口をつぐんだ。

 何か言いたいことがあるのか。


「本当なら?」

 それはテオリッタが、棺桶に入れられたまま運ばれていた理由か。

「本当なら、なんだって?」

 俺は問い詰めようとした――そしてこういうときに限って、面倒なことはやってくる。


「ザイロ!」

 ノルガユ陛下は、剣を手に立ち上がった。

「配置につけ。来たぞ! 一歩も近づけるな!」

「そりゃまた無茶な命令だな」

 この男は、他人に命令するのを当然だと思っている。あとは「家臣」どもが死力を尽くして成し遂げるだろうと――気楽なやつだ。


 俺は地面を軽く蹴る。

 反響――先ほどよりもずっと多い手ごたえを感じる。


「き、来たっ」

 鉱夫の一人が叫んだ。

 先ほどとは違うことが一つ――聖印の守りを刻んだ柵がある。これに囲まれた空間へは、たとえ地中を移動していても、異形フェアリーどもは侵入できない。

 しようとすれば光に焼かれる。そういう防御だ。


「では、こちらも参りましょう」

 テオリッタは尊大に胸を張り、顔を上げた。

 空中をなでると、さらに数本の剣が現れ、地面に突き立つ。


「我が騎士、これで足りますか?」

「ああ」

 もうテオリッタに文句をつけることは無駄だ。

 人間ごときが《女神》のやることを止められるものか。ましてや、自分から世界一の悪党どもの集団に仲間入りしたいというのだから、もはやつける薬がない。


「ザイロ。私の献身が気に入らないというのなら」

 献身、という言葉を、テオリッタは使った。

「あなたが私を守れば良いのです。あなたにとって不愉快なことにならないように、努力なさい」


「そうだな」

 なかなか滑稽なことを言ってくれる。

 自称・国王に、女神――偉そうなやつばかりだ。俺に選択肢はない。テオリッタが呼び出した剣を引き抜き、素早く投げる。


 閃光と、爆破。

 距離をとった投擲なら、爆破の威力もそれなりに大きくできる。ボガートをまとめて吹き飛ばせる。

(悪くないな)

 実のところ、ベルクー種雷撃印群は、この手の防衛線に向いている。

 鉱夫たちも奮戦しているし、タツヤは言うまでもない。ノルガユ陛下の叱咤激励も、まあ無意味とは言えない。


「テオリッタ。お前がそのつもりなら」

 俺は片手を伸ばし、また新たな剣を引き抜く。

「騎士の指示には従えよな。まず、お前が命を懸けるような場面は、俺が決める。それと――」

 剣を投げる。外すはずがない。

 閃光――爆音。

「お前が死ぬときも、俺が指示する」


「ええ」

 テオリッタの返答には屈託がなかった。

「そうであるべく生まれましたから。当然でしょう、我が騎士」

 やっぱり嫌いだ、と俺は思う。

 こんな手放しの信頼、寄せる方は気楽なものだが、応じる方はたまったものではない。

 この《女神》という生き物には辟易する。ドッタやノルガユと同じくらい嫌いになりそうだ。


「よし! 突撃せよ、者ども!」

 優勢になり、気が大きくなったのか、ノルガユ陛下が余計なことを叫んだ。

「脱出へ向けて進軍である!」

「よせ、陛下」

 確かにボガートの数は減っており、突破できそうに見えたが、俺は慌てて止める。

「防戦だから有利なんだ、いまここで――」


 言いかけて、俺はまったく偶然にも、ノルガユ陛下の言葉がある意味で正しかったことを知る。


(なんだ?)

 予兆は、軽い耳鳴りだった。

 最初はザッテ・フィンデによる爆破の余韻かと思った。するどく突き刺すような、金属質な耳鳴り――それは、あっという間に大きくなった。


 鼓膜の奥で、痛みを感じるほどに。

 その音は、誰かの悲鳴に聞こえた。あるいは声――誰かの声か?

(違う。まずい。聞くな!)

 俺はこういう攻撃を知っていた。

 思わずその正体を確かめそうになったが、耳を塞いで止めた。


 鉱夫たちも同様の『音』を聞いている。

 痛みを感じているはずだ。そろってその場に倒れこんでいる。ノルガユ陛下も苦悶の顔でうずくまっていた。取り落とされたカンテラの聖印が明滅している。

 タツヤだけが、ただ機械的に残ったボガートを叩き殺している。


 だが、次の脅威が迫っていることは確実だ。

「……テオリッタ!」

 俺は耳をふさいだまま彼女を振り返る。

 テオリッタは俺の手を握った。それで痛みが少しやわらぐ。音も遠のく。《女神》が持つ、守りと癒しの聖印だ。


「どうやら、こちらに来たようですね」

 テオリッタは強気な笑みを浮かべたつもりだっただろう。

 もしかしたら俺たちを勇気づけようとさえしたのかもしれない。ただ、青ざめた顔では、その効果は望めない。

「魔王現象の主です」


 闇の奥で何かがうごめいた。

 それは無数の触手に見えた――あるいは樹木の蔓か。

 そいつは、甲高い叫びをあげた。


 さっき、かすかに聞こえた声の意味がわかる。

 すでに明白だった。

(見つけた)

 と、そいつは言ったのだ。


(見つけた)

 そう、繰り返し叫んでいる。

 テオリッタの存在を、闇の奥から何かが捉えていた。

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