刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 6
なぜ鉱夫たちがここに取り残されたかといえば、理由は一つ。
連絡が遅れすぎたからだ。
連合行政室が指示した住民の脱出には、優先順位があった。
まずは子供、病人、女、老人。
それから聖印調律の技術者、機材を保有する商人たち、軍人――と続き、労働者はもっとも後回しになった。
これは神殿と軍部のせめぎあいの末に決定されたものだろう。
曲がりなりにも弱者の救済を教義に掲げる神殿と、実利最優先の軍部が互いの優先順位を掛け合った結果として、こういうことになった。
神殿と軍部の対立は、連合王国成立の当初から大きな問題だった。
どちらが良い、というわけではない。
お互いに担当している領域が違いすぎるというだけだ。
ただしそこに出資元の貴族たちが絡んでくると、もはや始末のつけようがない。
改革を唱え、断行しようとしていた宰相も、五年前に急死してまた混乱が始まっている。
「最初は……五十人はいました」
頼りない足取りで走る、というよりよろめきながら、鉱夫たちの長は言った。
その五十人が、だんだんおかしくなっていったそうだ。
「……夜になると、『声が聞こえる』って言いはじめたやつがいたんです。寝てる間に、そいつが……どこかに消えて……そして戻ってきたときには、化け物になってました」
(声か)
俺はその点に注意を向けた。
この鉱山の核となっている魔王現象の、一つの手がかりになりえたかもしれない。
人間の精神に異常な影響を与える魔王現象というのも存在する。
この場合は――
「ザイロ! 来るぞ!」
ノルガユ陛下が怒鳴った。
鉱夫たちの悲鳴。
長い列を成して逃走する彼らの、真横の土壁がごぼごぼと異様な音を響かせていた。ムカデ型のボガートが地中を移動している音だ。
こうなると俺が対処するしかない。
タツヤは先頭を切って、行く手を阻むボガートどもを叩き潰しているし、ノルガユ陛下には戦闘能力も軍事的な指揮力もない。
「スコップ、構えろ」
俺は鉱夫たちに命令した。
できるだけ落ち着いて、大したことではないとでもいうように、かつ偉そうに。
隊列の中段の五人程度には、かなりまともなスコップを持たせてある。
ツルハシよりも軽く、先端に鉄を使っているので威力も出せる。
「頭を出したら殴れ。来るぞ。あと半歩下がれ、いま――いけ!」
最後の『いけ!』だけ吠えるように言った。
それで弾みがつく。
突き出たボガートの鼻先に、鉱夫たちのスコップが叩き込まれる。聖印は確かに機能した。打撃音。ボガートの顎に亀裂が入る。
こうなると、悲鳴をあげるのはボガートの方だ。
頭を引っ込めようとする、それを逃がさない。俺はすぐさまナイフの投擲に入っていた。浸透させる聖印の力は最小限でいい。
頭部に突き刺さって光が弾け、体液が飛び散る。
「足を止めるな。まだ来るぞ」
俺は警戒を促し、砕けたボガートの頭部からナイフを拾い上げてみる。
鉄の刀身が焼けたようになっていて、指先で弾くと簡単に折れてしまう。
これが『ザッテ・フィンデ』を用いた雷撃の難点だ。砲弾として媒介する物体が、簡単に使用不能になる。
俺が聖騎士をやっていた頃は、専用の工房で鍛えられ、聖印で強化されたナイフが支給されていたものだ。
いまは何もかも、有り合わせでどうにかしなければ。
「これで道は正しいのか、ザイロ」
ノルガユ陛下は不満そうに、小声で尋ねてくる。
「我々の来た道とは違うぞ」
「これでも最短距離で移動してる」
足を止めている暇はない。俺はノルガユ陛下の背中を叩いて、先を促す。
「タツヤは道を間違えない」
すでに向かう先は決まっている。
タツヤにはそれを教えてあった。
あとは、
そして俺たちみたいな極悪人に、奇跡が味方するはずもない。
「まただ!」
誰かが叫んだ。
「今度は多いぞ。天井から……下からも来る!」
――その通り。
壁が、天井が、地面が揺れているように感じる。ごぼごぼと土が砕ける音。四方から迫ってくる。
いままでのはほんの斥候だ。
俺たちの逃げ足を鈍らせるための斥候――それは成功した。
いま、ボガートたちの本隊が、俺たちに食いついてきていた。
「全員、固まれ! タツヤは止まれ」
俺は怒鳴り、せめてもの抵抗を試みることにする。
どこかで捕まるとは思っていた。予想よりは時間を稼げたかもしれない。ただ、予定地点は遠すぎる。
目指していたのは、あえて聖騎士団の撤退経路とは違う方向だ。
俺たちが作った前線基地と、それをつなぐショートカット通路とは別の道。
最深部まで焦土印を設置するという任務を聖騎士団が果たすのなら、やつらの移動と工作が魔王現象に見つからないはずがない。
俺たちより優先的な攻撃対象になるだろう――やつらに主力を引き付けてもらう。
そういう目論見だったが、うまくいったとは言い難い。
この坑道の主、魔王現象の本体は、こっちにこれだけの数のボガートを送り込む余裕もあるようだった。
「来るぞ、構えろ」
と、俺は言ったが、今度は難しいだろうとわかっていた。
まともな迎撃になるだろうか、と疑念を抱いたのも一瞬で、次の瞬間には四方の土壁が裂けていた。天井も崩れ、地面も爆ぜた。
すべての方向から、ボガートたちが襲い掛かってきている。
「ぎっ、あがっ……」
と、鉱夫の誰かが悲鳴をあげかけ、足を嚙み千切られた。
また別の誰かは胴体に食いつかれ、血の飛沫が跳ねるのを見た――俺たちは、できることをするしかなかった。
手近な一匹にナイフを打ち込んで爆破する。
鉱夫の一人を突き飛ばして回避させ、ボガートの頭を飛翔印によって蹴とばし、砕く。
跳躍して、また蹴る。
タツヤはもちろん戦斧でボガートの死体を二つ三つと作り出したし、ノルガユ陛下ですら、カンテラを振り回してボガートを殴りつけた。
(くそ)
悪態を百回くらいつきたくなる。
(こんなの、どうしようもあるか)
限界がある。
いくらタツヤや俺でも、全員を助けられるわけでもない。
襲撃が終わる頃には、四つの死体と、二人の重傷者が出来上がっていた。
「……止血しろ」
俺はボガートどもの体液を額から拭いながら、やるべきことに意識を集中させた。
手と足を動かす。
それ以外にいまできることはないのだから、やっていること、やろうとしていることの無意味さを検討している余裕はない。
「移動は中止だ。ここで戦線を組む。迎え撃って、追撃を一時的にでもいいから止める」
全員を見回す。
「悪いが、やれるか?」
尋ねてはみたが、生き延びたい気持ちは全員同じだろう。鉱夫たちは顔を見合わせ、かろうじてある希望に縋ろうとしているのがわかった――いや待て。
かろうじてある希望?
「あんたたちが言うなら、やれます」
鉱夫たちの長がうなずいた。
「あんたたち、……聖騎士の人じゃないんでしょう? 聞いたことがあります。その……首の聖印……」
「なんだ、知ってるのか」
こうなれば、嘘をついても仕方がない。
「俺たちは有名人みたいだな。そりゃそうか。世界一の極悪人って聞いてるか?」
「極悪人でも、あんたたちは助けに来てくれましたよ」
鉱夫たちの長は、俺の冗談に少しだけ笑った。余裕がでてきて何よりだ。
「だから、おれらがどうなるにしても、少しは……マシな死に方ができると思ってますんで」
「嫌なこと言うなよ。死なれてたまるか」
「うむ。生きて我が国家の役に立て」
俺は片手を振ったし、ノルガユは重々しくうなずいた。
意見が一致したのは気持ちが悪いが、仕方がない。文句を言おうにも、次の客がやってきている。
また、四方から土を削り砕く音が聞こえていた。
心なしか、さっきよりも多いきがする。
俺は地面を足でやや強く蹴った。
(たぶん、さっきより多い)
反響の度合いでそれがわかる。音響により索敵をする能力なら、かつての俺にはもっとちゃんとした精度の高いものがあった。
探査印『ローアッド』。
その聖印はすでに封印されてしまったが、だいたいの勘だけは残された。
命がかかった状況で経験した手応えというものは、意外に身につくものであるようだ。
いまでも多少の予測をつけることができる。
「また来るぞ。怪我人を守れ」
という俺の指示は、届いたかどうか。
土が砕ける。天井、壁、床、さっきボガートたちが掘り進んできた経路を利用して、新手が姿を現す。
(多すぎる)
俺は手近なボガートを二匹も同時に相手取ることになった。
タツヤは四匹。
ノルガユが叱咤する鉱夫たちのところには五、六、七……もっと来る。
(ちくしょう、利口じゃないか)
やつらは俺たちの誰が脅威かということをわかっているようだ。
さきほどまでの襲撃は、それを確かめるためだったのか?
俺もタツヤも、こういう数を一瞬では始末できない。
(ダメか?)
突進を回避し、蹴とばし、ナイフを投擲する――一匹のボガートを爆破する。
もう一匹は距離をとり、俺と鉱夫たちの間を塞ぐ。
(なんだよ……この野郎。こんなオチがあるか?)
猛烈に腹が立った。
ボガートども、悲愴な覚悟を固めてそれを迎え撃とうとする鉱夫ども、それからぜんぜん間に合わない、見通しの甘い自分。
あらゆるものに嫌悪感を覚えて、怒鳴り散らしたくなる。
その間に、鉱夫たちがボガートの群れから攻撃を受ける。
俺もタツヤも間に合わない。
何匹ものボガートが顎を開き、ごつい牙の生えそろったその異様な器官をむき出しにする。
――その瞬間、やつらの頭部に、鋼の剣が生えた。
これはボガートたちの知られざる生態かと、そう思った。
思いたかった。
だが現実は非情で、ボガートたちは体液をまき散らし、苦痛の鳴き声をあげた。
火花が散るのが見えた――通路の奥だ。
戦斧を振るうタツヤの、さらに向こうから、炎のような目がこちらを見ていた。
「お待たせして申し訳ありません」
《女神》テオリッタは、やや上ずった声でそう告げた。
頬が上気している。息が少し荒い。
あの虚栄心の強い《女神》でさえ隠しようのない疲労は、それほど急いでここへ来たことを示している。
あるいは、それほど苦労して――聖騎士団を出し抜いて、ここへ来たことを。
「剣の《女神》テオリッタ、ただいま参りました。みなさん、どうぞ思う存分褒めたたえるがよいでしょう! さあ、我が騎士ザイロ。歓喜の声を聞かせなさい」
「馬鹿野郎」
俺は怒鳴った。
「ふざけんなよ、ちくしょう」
そのバカバカしい口上――なかなかセンスがあるじゃないか。
なぜか、そんなところが余計に苛立った。
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