刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 5
鉱山作業員たちの隠れ家は、もう限界ぎりぎりの状態だったといえる。
奥まった坑道の行き当たり、道に敷かれた軌道路の先。
そこにちょっとした小屋のような――あるいは粗末な砦のようなものが築かれていた。
その防壁のもとになっているのは、掘削用の機材。
それに人員運搬用の大型トロッコだ。もともと小屋くらいの大きさのある代物だが、それをならべて壁にしている。
ただし、その壁もぼろぼろになっていて、大型の
魔王現象から身を守るための聖印も、かすれた光しか放っていない。
蓄えた光が切れかけているのだ。
基本的には、聖印は太陽光によって機能する。
聖印が蓄えた光を、人間の意志と生命の力を引き金にして起動させる――これは油と火種の関係が近い。
燃料である太陽光のないところでは、どんな聖印でも消耗が速い。
あと一日、持つかどうかという状況。
隠蔽の聖印も摩耗しており、いつ
俺とノルガユ、タツヤはどうにかその場面に滑り込むことができた。
かなり肥大化したムカデ型のボガートたちが暴れていて、いまにも防壁を破壊しそうだった。
その牙が、錆びたトロッコの壁に穴を開けていた。誰かの悲鳴も聞こえた。
「いけ!」
と、陛下は素早く指示をお出しあそばされた。
「進軍せよ! 余の民を救え!」
めちゃくちゃな指示ではあるが、言っていること自体は正しい。仕方がないので、俺とタツヤは直ちに陛下のご命令に従った。
決着は瞬く間についた。
タツヤが飛び込んでボガートの頭を叩き割り、タツヤが戦斧を振り回してボガートの胴体を真っ二つにし、タツヤが跳躍してボガートの顎を粉砕した。
静かになるまで十数秒。
これだけ言うとタツヤだけ働いたように見えるが、まあ、実際その通りだ。
ただし俺は俺で、俺にしかできないことがあった。
鉱山の作業員たちを保護したうえで、あのいかにも魔王化を発症しているような男たちが実は敵ではないこと――つまり俺たちが敵でないことを説明しなければならなかった。
残った作業員は、あわせて二十四人。
かなり疲弊している。
幸いにも動けないほど弱っている者はいない――そういうやつは、もうとっくに死んだか、処分されたのか。
いまそれを問うのはやめておこうと思った。
(たった二十四人)
俺は改めて自分の愚かさに苛立った。もう笑うしかないような気がした。
(たった二十四人のために――)
こんなことをしている。
弱って、疲れ果てた、二十四人の男たちのために。意味があることなのだろうか? 笑ってしまう。
「……助けが来るなんて、思わなかった」
おそらく現場の長のような立場と思しき、年かさの男が言った。
まだ夢を――悪夢を見ているかのような表情だった。
「聖騎士団の人なのか?」
「まあな。聖騎士団の命令だ」
俺は本当のことを言わなかった。
俺たちが勇者だと知ったら、彼らは再び絶望するだろう。
「まずは、全員が武装しろ」
俺はやるべきことを頭の中で整理した。
ここを脱出するには、この非戦闘員たちに身を守る手段を与えねばならない。単なる足手まとい複数人では、守り切ることは絶対に不可能だ。
俺はその場にある資源に注目した。
スコップを持っている男もいるし、ツルハシや、棒切れもある。それで十分だ。あるいは石ころでもよかった。
それらはすべて、ちゃんと身を守る武器に変えられる。
その手段がある。
「そこにいるノルガユ陛下は、聖印調律の専門家だ。あんたらを武装させることができる。みんな例外なく武器を持ってもらう」
「……ノルガユ……陛下?」
「そう呼ばれてる」
作業員たちはわけのわからないような顔をしたが、放っておくしかない。いまはとにかく時間がない。
「安心せよ、者ども! 我が忠臣たちよ!」
と、呼びかけたノルガユ陛下の声には、確かにどこか指導者らしい響きが――あった、ような気もしないでもない。
「ここを脱出し、必ずや諸君の働きに報いよう。武装せよ! ここにいる、我が直属の精鋭たちに続け!」
堂々たる演説じゃないか――俺は意味がないと知りながら、というより意味がないからこそ、タツヤの肩を叩いた。
やつは虚ろな顔で俺を見た。
刺激に反応しただけだ。
タツヤに何があったのか、俺は詳しいことを知らない――ただ、《女神》に呼び出された異世界の人間だったとは聞いている。
噂では、《女神》の不興を買ったとか。
異世界において、もっとも殺しの腕に長けた人間だったとか。
特に女を専門に暴行して殺すのが趣味の男で、それがために召喚され、またそれがために身を滅ぼして勇者になったとか――そういう噂はある。
本当でもなんでも、どっちでもよかった。
いまのタツヤに自我や思考力などない。
ただの勇者だ。どんな過酷な状況でも、絶望することだけはない男。その機能がない。ノルガユや俺と同じく、戦うしかない。
(……もしも、ノルガユが本当に王様で、俺たちが直属の精鋭なら)
俺は意味のないことに思いを馳せた。
俺はさしずめ連合王国軍の総帥で、タツヤはたぶん英雄だろう。
(笑えるな)
このくらいバカバカしくなければ――と、俺は思う。どいつもこいつも真面目すぎる。疲れ果てた作業員たちがまさにそうだ。
真剣すぎて、腹が立ってくる。
ノルガユみたいなやつに救われなくては、笑いどころが見当たらない。
俺は悲劇らしい顔をした悲劇が心の底から嫌いだ。
蹴とばして冒涜してやりたくなる。その点、ドッタやノルガユのようなやつらは、そういう悲劇を踏みにじるのが得意だ。
だから、やつらのことは別に好きになれなくても、腹は立たない。
こういうことに付き合ってしまったりする。
あとは、俺やタツヤがうまくやるだけ。
俺たちは自分の役目をわかっている。
「タツヤ、先行しろ。道を切り開け」
ツルハシの一本に、簡易的な聖印を刻みながら陛下が言う。
簡単な守りの聖印。あとはささやかな破砕の聖印。岩くらいなら、一度か二度は軽く破壊できる力をもたらすものだ。
ノルガユの手にかかれば、それはもっと長持ちするし、威力もあがる。
それも、
「互いに互いの背を守れ! 余は、一人として脱落者を出すつもりはない! それからザイロ、お前は――」
「わかってる」
俺は残りのナイフの数を数えて、うなずいた。
俺が最後尾――専門用語でいえば、これを
俺はノルガユの戦闘能力を把握している。
図体はかなりのものだが、それだけだ。
「後ろから続く。脱落したいやつは、早めに言ってくれ」
俺は作業員のみんなを見回し、あえて軽い口調で言う。
「最悪のことになる前に、始末はつけてやる」
作業員たちはいっそう悲愴な顔をした。
俺は思う存分、彼らに腹を立てることにする。それが俺の原動力だ。いつもそうだ。
「ザイロ。お前の能力は信用している」
ノルガユ陛下は、棒切れにまで聖印を刻みながら言う。
「無事に生還したら、お前には軍の総帥の座を与えよう。至高の名誉に浴すがよい」
「ありがたき幸せ」
俺はそう答えるしかなかった。
――要するに、この戦いに栄光や名誉などない。
うまくいっても、二十四人の疲れ果てた男たちが生き残るという結果だけ。うまくいかない可能性の方がずっと大きい。
魔王を倒すこともない。
俺たちの役目ではない。聖騎士団が坑道ごと粉砕するだろう。
ただ、地獄のような面倒くささと、うまくいかなかったときの苦痛というリスクだけがある。
(懲罰らしくなってきた)
自嘲しながら、俺はナイフを一本だけ引き抜く。
ノルガユの聖印調律の作業はまだまだ途中だったが、完遂までを見守る暇はなさそうだ。
「陛下、もう移動した方がいい」
俺は振動に気づいていた。
何かが近づいてくる。
何かとは、この場合は
それを証明するように、後方の土壁が砕けた。
見るからに凶悪な、ムカデ型のボガートの顎がのぞく。誰かが悲鳴をあげて尻餅をついた――バカか。
「立て!」
俺は端的に告げて、ナイフを投擲した。
さっそく一つ、武器を手放すことになった。『ザッテ・フィンデ』の聖印が、ボガートの頭部を吹き飛ばす。
「次に転んだやつは、容赦なく置いていくからな」
俺の宣言が、狭い坑道に谺を生んだ。
「自分の身は自分で守れ。ノルガユ陛下はそうおっしゃってる」
不安をごまかすためだろうか。
鉱夫たちは、唐突に雄たけびをあげた。それがすさまじい音響を生む。
それは、先を走り出すタツヤの唸り声に混じり、地獄のような絶叫と化した。
四方八方から、ボガートどもが近づいてくる気配がある――どれだけやれるだろうか。
俺はノルガユ陛下の顔を見た。
「初めに死ぬのはお前だ、ザイロ」
と、陛下はありがたいお言葉をかけてくれた。
「次に余が。最後にタツヤが死ね。忠義を尽くした民の命に比べれば、実に無意味だ!」
大した王だ。
死んでくれないかな、と、俺は笑った。
嫌いではない。
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