刑罰:ゼワン=ガン坑道制圧先導 4
「それは許可できない」
と、キヴィアはこのとき当然のことを言った。
嫌になるほど真面目な顔だった。
「残存した人員の救出作戦は、ガルトゥイルからの許可が下りない」
「ガルトゥイルだと?」
ノルガユ陛下は嘲笑った。
「くだらんな。この、余が命じているのだ」
一人称が「余」である男を、俺はノルガユと本物の国王しか知らない。
「放っておけ。軍部は行政機関に従属するべきである。余の命令が優越する!」
もちろん、そんなことを言っても放っておかれるのはノルガユ陛下の方だ。
「すでに、ガルトゥイルとは通信した」
キヴィアは小さくため息をついた。
「……民間人の救出というのは、当初の目的と異なる。そのために聖騎士団に損害が出ては意味がない。魔王現象の撃破後に対処すべき問題、とのことだ」
「だろうな」
俺はうなずいた。連中なら、当然そういうことを言う。
嫌いではなかった。俺は軍の、そういう明快さが好きだった。
「どう考える、ザイロ・フォルバーツ」
「俺が?」
少し驚いた。キヴィアにそれを尋ねられるとは。
「貴様に聞いている。あくまでも参考までに尋ねたい。我々が救出作戦に踏み切った場合――」
キヴィアは背後を気にした。他の聖騎士たちの視線が集まっている。
それでわかった。
「どの程度の損害が予想される?」
彼女の顔はこわばっていた。
己の考えに不安があるから、そういうことを聞くのだ。
しかも自分の部隊の参謀やら副官ではなく、まったく外部の人間である俺のようなやつに聞くということは、よほどのことだ。
つまるところ、この隊長――キヴィアという人物は、部隊の中でも孤立しているのではないか。
聖騎士団第十三隊。
(なるほど。背後にいる貴族も含めて、微妙な立場だな)
俺がいままで耳にしたことがない番号の部隊ということは、ごく最近に設立された部隊ということだ。
だとすれば、キヴィアは新任の隊長か。
しかも、この若さから考えて、まともに戦闘を指揮した経験は少ないだろう。
部下である聖騎士たちからの信頼が篤いはずがない。ましてやこの前のクヴンジ森林での失態ともいうべき一件がある。
部下ではなく外部に意見を求めたくなる気持ちもわかる。
――だが、そいつは完全に悪手だ。
たったいま、俺に意見を求めているだけで、部下からの視線が刺々しくなるのがわかる。
(ここからわかることは)
俺はとても憂鬱になった。
(キヴィアは可能な限り人員を救出したい。ただし、部下たちはそんな無茶に付き合いたくない。……部下の気持ちの方がわかるな)
聖騎士に所属するのは、貴族の出身か、あるいは市民から取り立てられた者たちだ。
すでに持っているものを失いたくないし、軍部からの命令に逆らうような作戦で、せっかく掴んだ成り上がりの好機を奪われたくない。
当たり前の話だ。
(キヴィアやノルガユの方が、どうかしているんだ)
俺はそう結論づけた。
「ザイロ・フォルバーツ。意見を言え」
キヴィアは命令口調で言った。
そうであるからには、従わざるを得ない。
「もしも救出に向かうなら、めちゃくちゃな損害を覚悟する必要がある」
俺は正直に告げる。そうするしかなかった。
「
少し考えただけでも、凄惨なことになるだろう。
「どれくらい被害が出るかわからねえな。相手の魔王現象にもよる」
「そうか」
キヴィアは顔をしかめた。
「しかし――、聖騎士とは、国の民のために」
「……キヴィア隊長。申し訳ありませんが、発言の許可を願います」
背後から、咎めるような声が聞こえた。
さっきから、明らかに不満そうな顔をしていた一人。聖騎士――ではない。白い貫頭衣に、首からぶら下げた大きな鉄の聖印は、神殿に勤める者の証明だ。
神殿から派遣された神官なのだろう。
こういうやつは騎士団にとっての参謀であり、聖印の調律技師でもある。
「恐縮ですが、いま、勇者などの意見を確認する必要がありますか。予定通りの作戦を遂行するべきでしょう」
当たり前のことを言わせないでくれ、と、その目が語っている。
この神官はまだ若い――絶対に死にたくないだろう。
しかも懲罰勇者などの意見を聞いて、馬鹿げた作戦に付き合うのは絶対に御免だというのも理解できる。
「焦土印の設置により、坑道ごと封鎖するしかありません。それが、ガルトゥイルからの指示でしょう」
「ああ」
キヴィアは小さくうなずく。
「そうだ」
作戦はわかった。この手の魔王化構造物が相手の場合、よくあるやつだ。
魔王の討伐という目的さえ果たせればいい。
つまりしかるべき要所に焦土印を配置し、一斉起爆することで、構造体ごと破壊する。これはかなり確実な手段と言えた。
魔王現象も、
問題は――
「それでは、我が国の民を見捨てることになる!」
ノルガユ陛下が怒鳴った。断固として譲らない気迫。
よくあることだ。
「もう一度言う。作戦を変更せよ! これは王命である! 貴様ら、この余に対し――は、は、反逆するというのか!」
「……ああ、ひどいですね、これは」
神官の男は、ノルガユを見て頭を抱えた。
「見るに堪えません。……ノルガユ・センリッジ……賢人ホルドーの最後の弟子、あの学士会に誉れ高き英才の末路がこれとは」
なんとなく、知っていそうな口ぶりだった。
そういえば――と、俺も思い出す。
聖印の調律については、主に神殿の学士会にて研究されている。その技術を学ぶ場所も、軍か神殿に限られている。
ならばノルガユ陛下は、もともとは神殿の出身だったのか?
何があってこうなったのか、少し気になった。少しだけだ。
いまはやつを大人しくさせなければならない。……いや、そんなことは無理だとわかっていた。
ノルガユ陛下を口先で言いくるめることができるか?
ベネティムにならば、あるいはそういうことができただろうか?
その可能性を検討したとき、俺の結論は決まっていた。
「貴様ら!」
と、ノルガユ陛下は真っ赤な顔で怒鳴り散らしていた。
しかも、片手がカンテラを掲げている。それが小型の爆弾を兼ねていると知っているのは、きっと俺だけだ。
「この……この、反逆者どもめ! 国家転覆を企てる悪党め! 王命によって一人残らず処断するっ、決して許さぬぞ!」
「落ち着け、陛下」
「黙れザイロ、貴様も裏切るつもりか! それならば余にも考えがあるぞ!」
「俺にもある。……キヴィア、聖騎士団に提案させてくれ」
我ながら、馬鹿げたことを考えていると思う。
それでもあえて言おうとするのはなぜか、俺は自分の中に理由を見つけられない。
女神殺しの罪を負って、聖騎士団を去ったときから、俺には大した動機なんてなかった。
いまもそうだと思う。
(ただ――)
俺はさっきから視線に気づいている。
聖騎士団のやつらのことじゃない。《女神》だ。テオリッタが俺を見ている。
テオリッタは、先ほどから一言も発さずに俺を見ていた。
何かを恐れている――あるいは期待する目だった。正直、やめてほしいと思う。なんで黙っているかと言えば、黙っている方が有効だと知っているからか?
おそらく違う。
テオリッタは、本当に怖がっているのだ。
(まあ、そうだよな)
俺は《女神》のことを知っている。
人から褒められることを望む反面、人から否定されることが恐ろしいのだ。心の底から恐れている。
特に、自分が選んだ聖騎士に否定されると――叱られると、死にそうな顔をする。
俺は知っているし、覚えている。
だからテオリッタは発言ができない。
この場にいる誰もが――ノルガユ以外は、自分の意見を否定するだろうと感じているから何も言えない。
そういうところが嫌になる。
(それに、このアホ)
怒鳴り散らしているノルガユ。
言っていることは間違っていない。
本当にこいつが国王ならば、そういう判断もいいだろう。さぞかし人気を集めるはずだ。
そして、このまま怒鳴り続ければ死ぬ。
聖騎士団に歯向かえば、首の聖印がタダじゃおかない。命令違反を犯して必ずそうなる。
(どいつもこいつも)
急激に腹が立ってきた。
俺はいつもそうだ。いつもこれで何もかも台無しにする。
(クソ真面目に好き勝手言いやがって――セネルヴァ、どう思う?)
心の中で問いかけても答えはないし、自分でやるしかない。
気が付けば、俺はノルガユ陛下を押しのけてキヴィアの前に立っていた。
「提案だ。……俺たちが、残ってる作業員を助けに行く」
とうとう言ってしまったが、本当は、そんなやつらのことはどうでもよかった。
俺は《女神》やノルガユのように正しくない。
ただ腹が立っているだけだ。
「勇者部隊だけで、それをやる。坑道最深部での前線基地設営は終わってる――もう十分だろ。あんたらはあんたらで、作戦通りやればいい」
ノルガユ陛下が黙り、テオリッタの目が炎のように燃えるのがわかった。
暑苦しいからやめてほしい。
「俺たちは勝手に救出作業をやる。間に合わなきゃ生き埋めにしてくれ。……それならいいだろ?」
キヴィアはいっそう顔をしかめたが、神官は苦笑した。
勝手にしろ、とでもいう笑い方だった。
俺だって、俺みたいなやつを見たら笑ってしまうだろう。勝手にしろ、ではなく、勝手に死ねとさえ思う。
「失敗しても、俺たち勇者どもが死ぬだけだからな」
「……ザイロ! 我が騎士!」
テオリッタが俺の腕を掴んだ。
しがみついた、といった方が正しいかもしれない。小型犬のように軽い体重だった。
「それでこそ我が騎士です。勇敢な発言、私の目は正しかったと証明されました」
テオリッタは飛び跳ねんばかりに喜んでいる。というか、軽く飛び跳ねていた。
「よろしいですね、キヴィア! 神官よ! 成功した暁には、あなたたちも私たちの偉業を褒めたたえ――」
「もちろん、この《女神》はあんたたちに預ける」
「え」
テオリッタは愕然とした顔をした。
が、当然のことだ――《女神》を連れて、生き埋めになるかもしれない仕事に突き合わせる愚行が許されるはずがない。
俺は腕にしがみつくテオリッタを抱え上げ、キヴィアに差し出した。やはり軽い。
「待ちなさい、我が騎士! ――騙しましたね! 《女神》をぬか喜びさせるなんて! このっ、万死に値しますよ!」
テオリッタは暴れたが、どうしようもない。
そもそも騙していない。
「うまくやって帰ってきたら、歓迎してくれ」
キヴィアは無言で、神官は苦笑しながら首を振り、俺たちに背を向けた。
それが答えだった。
こうして俺はまた自分の墓穴を深く掘った。
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