精霊たちの恋

雪 ノ 猫

精霊たちの恋

 俺の好きな奴は、とても、とても。……鈍感なのだ。

 そう、とても。


 緑の森のなか、樹の上で、クレアに言う。


「……好き」


 と言うと、


「何が?」


 と聞き返してくる。

 何で、気付かないんだよ。『好き』って、これ以上ないストレートな告白だと思うんだが。物凄く照れてしまうのに、クレアは全く動じない。というか、多分伝わってない。


『お前が好きなんだよ!!』


 とでも言えたらいいんだが、そうもいかない。さすがに、恥ずかしすぎる。


 だから、言わない。まだ。


 茶色い毛むくじゃらの何か生き物が動き回っている。


 ……喧嘩を始めてしまった。


「ハーツディート」


 俺が呟くと、そいつらはお互いに優しくなった。


「リハヤトリューリ」


 クレアが言うと、そいつらの傷が癒える。


 争いを鎮める。それが、俺の能力ちからだ。クレアは、傷を癒す能力ちからを持っている。


 その後も、たくさんたくさん争いを鎮め、傷を癒した。


500年は経っただろう。

能力ちからが効きにくくなってきた。


「もう、能力ちからが消えてしまいそうだから、眠ろう」


「そうだね、そうしよう」


 眠れば能力ちからは回復する。クレアと二人で、に戻る。

 次、起きられるのはいつだろう……。

 そう思いながら、目を閉じた。



 ◆◆◆



 起きると、麻で作られた服を着ている種族がたくさん、たくさんいた。【ニンゲン】というらしい。


【コメ】という作物を育てていた。


 オイシイオイシイと言って食べているが、俺たち精霊は、食事を必要としない。というか、食べられない。だから、『オイシイ』も、よくわからない。


 パクパクとほおばっていて、楽しそうだった。


「なあ、クレア。俺……好きだよ」


「私も、【ニンゲン】見るの好きだよ」


 ああ。まだ、伝わらない。精一杯、言ったのに。



 そこから300年ほどは、起きていられた。

 でも、そろそろ寝ないとヤバい。

前は500年起きていられたのに。多分、争いが増えて能力ちからをたくさん使ったからだろう。


「クレア、眠ろう」


「そうだね、そうしよう」


 そうしてまた、眠りについた。



 ◆◆◆



 ……ああぁぁ、よく寝た。現在ここは……



【ニンゲン】は布を身に纏い、森を破壊していた。代わりに、灰色の立方体が、たくさん黒い地面から生えてきていた。

 嫌な匂いがする。少しむせた。

 鮮血のような赤、命の育たない宇宙のような青や黒の箱も走っている。クルマという名前らしい。


 緑を破壊されて、空気も汚されて、ボロボロになっている地球。


 どうして。お前たちが生きていられるのは、森のお陰なのに。


 ああ、どうして、どうして。


 さらに、自分たちで殺しあいをしている。


「ハーツディート」

「リハヤトリューリ」


 何度も何度も、魔術をかける。

 なのに、何度も何度も争いをする。

 魔術の使いすぎで、だんだんと効果が薄れてくる。効かなくなる。


 ああ。もう、今は無理だ。

 眠って、回復しないと。

 せめて、せめて、俺とクレアが宿るこの樹だけは、なくならないで。俺たちがまた、起きられるように。好きだと、伝わるまで。


 次起きたとき、争いはなくなっているだろうか。



 ◆◆◆



 スウッ、と意識が浮上する。

 目を開ける。真っ先に、水色が目に飛び込んできた。

 体を起こす。


 地球は、この樹は、滅んでいなかった。

 きちんと、残っていた。


 緑色の、あおの、白の、黄金きん色の。


 綺麗な、景色。


【ニンゲン】は、滅んでいた。


 灰色の立方体は崩壊し、ボロボロになっていた。緑のツタが巻き付いて、美しかった。


「なあ、クレア」


 クレアの方を向く。クレアは、泣いていた。


「……何で泣くんだ、クレア。【ニンゲン】が滅んで、よかったじゃないか」


「だって」


「【ニンゲン】は地球を破壊しようとした、悪い奴らだ」


「違う、違うッ!何で私たちの樹が残ってたか、知らないのッ!?」


「偶然だ。そんなことわかっている」


「確かに、それも……ある、の」


 クレアは、しゃくりあげながら言った。


「でもッ……森、を愛し……て、護ろうとした、私たち……のッ、樹を護ってくれた【ニンゲン】達も、滅んで、しまった。悲し、く、ないの?」


【ニンゲン】の中に、俺たちを護った奴がいた?

 樹は、『そうだよ』と言うように、サラサラと揺れた。

 樹の記憶が、流れ込んできた。

 樹をろうとする【ニンゲン】と、護ろうとする【ニンゲン】。

 そうか。俺は、悪い【ニンゲン】だけが全てだと思っていた。でも、違ったんだな。【ニンゲン】でも、良い奴はいたんだ。


……今なら、言える気がする。


「クレア」


 クレアの手を取る。


「俺たちで、この星を護ろう?もう一度、【ニンゲン】が生まれ変われるように。いつか、ここを大切にしてくれた奴らが、楽しく暮らせるように。眠らずに、ずっと」


「でも、眠らないと、能力ちからがなくなるし、そしたら、私たち消えちゃうよ?」


「大丈夫だ。きっと、【ニンゲン】達はお互いを大切にしてくれるはずなんだ。傷ついて、傷つけて、それでも、それでも」


 それでも、いつかわかりあってくれる。


「なあ、クレア。好きだよ。クレアが、大好き」


「私を、キミが?」


「あぁ、そうだよ。俺たちで、消えるまで、この星を護ろう」


 クレアは、しばらく悩んでいたようだったが、俯いて


「いいよ」


 と言った。


「それは、どっちに対してかな?」


 そう訊くと、顔をあげて、満面の笑みで


「どっちも!」


 と言った。

 その笑顔は、太陽のように美しかった。




 ◆◆◆



 これから俺たちは、【ニンゲン】のように無駄な争いを起こすかもしれない。距離を取りたいと言うかもしれない。でも、それでも、俺たちはお互いが大切で、想いあえる。離れて、やっぱり惹かれあって、手をとって。一緒に生きられる。笑える。


 そう、信じている。


 消えて命が尽きるその瞬間まで、俺は信じる。


 クレアを、俺を。

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