第五話 青いソーダ味
ビーダというのは、卵のことだ。スラク・ビーダという名前で出てきたものは茹で卵だった。
ファヤというのは、どうやら豆のことらしい。スラク・ファヤという名前で出てきたものは、豆を煮たもの。
みんな
何種類かの
塩味と、少しのアクセント程度の
シルはよほど
機嫌良さそうに目を細めているけど、見ているとどうにも痛そうに見える。それは、俺が自分では食べられないからそう思うだけなのかもしれないけど。
ファッフェの衣はぼってりと厚くてふわふわしている。表面に衣を付けているのではなく、衣の生地の中に具材を混ぜ込んで揚げていた。
野菜を刻んだ具のファッフェは、掻き揚げのような感じだった。
何かの肉を揚げたものの方は、肉汁が少なくて思ったよりも淡白な味だった。噛みごたえのある肉だったけど、その分なのか旨味が強い。衣のおかげか油のおかげかはわからないけど、ぱさぱさした感じはない。飲み込むと肉を食べたという満足感が湧き上がってくる。
食後に
あまりの暑さにみんなでコンビニに入って涼んで、ついでにアイスを買った。青いソーダ味の棒付きアイス。しゃりしゃりと冷たくて、べたべたと甘い。あの甘さは今思い返せば、本当に、信じられないくらいだ。
みんなで歩きながらアイスを食べて、なんの話をしてたっけ。担任の口癖の真似とか、宿題の話とか、選択授業のこととか、最近面白かった動画とか。スマホで動画を見せ合ったり、誰かが撮った写真をみんなで回し見したり。
例えば、今ここで「今なら日本に戻れる」と言われて、俺は日本に戻ることを選べるだろうか。
ざくざくとスプーンを差し込んで、
例えば、今ここでドラゴンが見付かって、シルとの旅が終わってしまうとしたら、俺はこれから何をしたら良いんだろうか。
日本に戻れるあてはないし、旅はいずれ終わると思う。その時に、俺はどうするんだろう。
だから、どうしても、少しだけ──ほんの少しだけ考えてしまう。このまま旅が続けば良いって。
シルの顎に、溶けた氷がつ、と流れ落ちる。俺がハンカチを出して手を差し伸べる前に、シルは自分のポシェットの中からハンカチ代わりの布を出して、自分で口の周りを拭いた。
俺は行き場をなくしたハンカチで、意味もなく指先を拭った。
このまま旅が続いたとしても、シルはいつか俺を必要としなくなるのかもしれない。
俺はその時、どうするんだろうか。できることも、やりたいことも、俺には何もないような気がしてくる。
シルが
案内の人は昨日と同じ人で、俺とシルを見て変な顔をした。何度も来るのが珍しいのかもしれない。
シルはしばらくの間、ぼんやりとそうしていたけど、俺と繋いでない方の手を持ち上げて目の前の壁に触れた。俺も真似して触れたけど、冷たくてすぐに引っ込めてしまった。
「わたしも、こうなるのかな」
小さな声でシルが呟く。俺には、何も答えられない。
シルは
もしかしたら、貴重なものだから買えないとかだろうか。
しばらくそうやってあまり通じないやりとりをしていたのだけど、最終的には道を教えてくれた。多分、
あっちと言われた方に進む。道ゆくエーラーナーにシルが怯えられたり、俺が絡まれたり、絡んできたエーラーナーをシルがまた怯えさせたりすることになる。
道を確認しようと立ち止まって振り向いたら、突然、首筋にエーラーナーの頭が押し付けられて、本気で驚いて声を上げてしまった。
連れていた人が何事かを言いながら慌ててエーラーナーを引っ張る。多分、謝ってくれてるんだと思う。シルが一歩踏み出したら、慌てたようにばたばたと離れて、そのまま通り過ぎて行った。
そうやって辿り着いた店には、ジラル・アレムが並んでいた。灯りの器によく使われている、光を通すあの石だ。
そこで
店の人が奥に引っ込んで、布に包んだラハル・クビーラを持ってくる。そっちは布越しでも、冷たさがわかるほどだ。そして、さっき地下で見たように透き通った色をしている。
両方ともラハル・クビーラだと言われて、どういうことかとしばらく悩んだ。
店の人のオージャ語はかなりの片言で、この辺りの言葉も混ざっていて、説明のほとんどは理解できなかった。
だからこれは、後でわかったことや推測も含まれているのだけど、どうやらアズムル・クビーラの地下から掘り出されたラハル・クビーラは、時間と共にその冷たさを失うらしかった。
冷たさが失われると、透明な石も少しずつ曇る。
曇ったラハル・クビーラは、この街で地面の下にしばらく埋めたままにしておけば、また冷たさを取り戻す。街の人は、街から出るときには、そうやって冷たくなったラハル・クビーラを持っていくらしい。暑さをしのぐために。
アズムル・クビーラを離れると冷たくなくなってしまうので、それを買いたいと言う人はいないみたいだった。装飾品などにも使われない。
誰かが借りてゆくことはあっても、みんな曇ったら、戻しにくる。
白く曇っているし、もう冷たくもない。それでもシルは、嬉しそうな顔でそれを握り締めた。それからそっと手を開いて、手のひらの上に乗っているそれを眺める。
シルはラハル・クビーラをもう一度握り締めてから、それをポシェットの中にしまった。
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