第三話 ラハル・クビーラ

 アズムル・クビーラでは、どうやら地面の下が冷たいらしい。

 冷えた果物が出てくる時に、地下への階段に入って、それから出てくる。


 地面の下には、ラハル・クビーラがある。

 ラハル・クビーラがあるから、この辺りでは地下に部屋を作って、そこで食べ物を冷やしている、らしい。

 氷もあった。地下が天然の冷蔵庫や冷凍庫になっている感じなんだろうか。

 ラハル・ラマーという食べ物は、砕いた氷に細かく切った果物を混ぜて食べる。ほとんどかき氷だ。


 辛い肉ルハル・ナーを食べた後で、ひりひりとした口内が、かき氷ラハル・ラマーの冷たさで冷やされる。お約束のように、頭がキーンとする。

 さっきまでからさでひりひりしていた舌が、今度は冷たすぎてじんじんとする。時々、果肉のほんのりとした甘さを感じるけれど、どうにも舌が機能していない気がする。辛さのせいか、冷たさのせいか、よくわからなくなってきた。


 シルはかき氷ラハル・ラマーも気に入ったみたいで、機嫌良くスプーンを咥えている。冷たいものを食べた時の、あの頭痛もないみたいだ。


「冷たいの、美味しい。この、つぶつぶしたのが混ざってるの、好き。じゃりじゃりして、飲み込むと冷たくて、気持ちいい」


 もしかしたら、俺はこの国の極端な味が少し苦手なのかもしれない、と楽しそうにしているシルを見て思う。

 暖かなジェロのお茶は、においも良いし、刺激物に疲れた体に優しい気がして、とても美味しいとは思う。それだって、酸味はかなり極端な方なんだけど。




 そういえば、オアシスのことは「ラハル・マー」と呼ぶらしい。

 それを聞いて、「ルハル・ナー」と「ルハル・マー」という名前を思い出す。あの、神様のような、頭が動物の人たち。

 ナーというのは火の意味で、であればマーというのはなんだろうか。火と並ぶなら水かもしれない。オアシスという意味にもしっくりくる。

 水の何かラハル・マードラゴンの何かラハル・クビーラ──「ラハル」の意味はやっぱりまだわからない。




 湖の近くにお金を払うと入れる場所があった。観光名所のような感じだろうか。建物の中に地下に降りる階段があって、ひんやりとした空気の中を降りてゆく。


 しばらく降りると、冬のような寒さになった。吸い込む空気が冷たくて、喉が痛い。

 先を行く案内の人の灯りを追いかけて、階段を降りる。シルが俺の手をぎゅっと握る。ちらと振り返ると、落ち着きなく辺りを見回していた。

 シルはあまり怖がることはないし、いつもなんでも面白がるのだけれど、もしかしたら今日は怖いのだろうか。不思議に思いながら、シルの手を引いて階段を降りる。


 さらに降りると、冷凍室に閉じ込められたような気分になってきた。

 土を固めたような階段を降りきって、今度は横に進む。吐く息が白く通り道に残る。


 地面や壁のところどころから、透明なものが突き出ている。水晶か、つららのような見た目のものだ。

 案内の人が立ち止まって、指先でそれをつついた。


「ヴィディバ・ラハル・クビーラ」


 ラハル・クビーラ。ラハルの意味は相変わらずわからない。ドラゴンクビーラの、なんだろうか。

 真似して指先で触れると、冷たかった。氷かと思ったけど、どうやら違うらしい。透明な、石のようだった。

 水が染み出しているところがあって、ラハル・クビーラだけでなく、つららも氷の柱もあった。ラハル・クビーラの表面に氷が固まったりもしている。

 先に進むと、ラハル・クビーラと氷が増えてくる。氷なのかラハル・クビーラなのか、見ただけでは区別が難しい。

 いつもはなんでも面白がるシルが、珍しく黙り込んで不安そうにしている。俺の手を握るシルの指先が、いつにもましてひんやりと冷たい。




 突き当たりの壁は、一面のラハル・クビーラだった。

 案内の人がその少し手前で立ち止まって、俺とシルもその隣に並ぶ。突き当たりのその場所に立つと、空気はより一層冷たかった。

 周囲の壁や地面や天井のそこかしこに、ラハル・クビーラが見える。


 突き当たりの、水がそのまま固まったように見える壁の前に立って、その冷たい壁を見上げる。その透明な向こうにあるのは、とても大きな頭蓋骨──何かの動物の骨だった。

 シルが俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。


「ヴィディバ・ヤーヌ・ムガ・ドラゴンの骨アズムル・クビーラ


 案内の人の声で、俺はその頭蓋骨の形と大きさに気付く。

 その大きさは──口の中に俺がすっぽり入ってしまいそうな──そして、俺なんか一飲みにだってできそうな──初めて会った時のシルよりも、少し大きいくらいかもしれない。

 そう、あの時のシルの頭に、似ているような気がする。ドラゴンの骨アズムル・クビーラだと聞いたせいで、そう感じているだけだろうか。

 シルは、俺に強くしがみついたまま、目を見開いて透明な壁の向こう──そこにある骨を見ていた。服越しでも、シルの指先が、腕が、冷たくなっているのがわかる。


 ドラゴンの骨アズムル・クビーラがあるから、アズムル・クビーラと呼ばれる街。ラハル・クビーラがあるから、砂漠の中でも過ごしやすいと言う。

 ラハル・クビーラと呼ばれているのは、この透明な石のこと。この透明な冷たい石が、この辺りの地面の下にあるから、アズムル・クビーラは砂漠の中でも涼しいのだろうか。


 俺の腕にしがみついているシルを見る。白銀の髪の、アイスブルーの瞳の、白銀の鱗の、まるで雪のようなドラゴン。


 今ここに見えるアズムル・クビーラが本当にドラゴンの骨なのだとしたら、そのドラゴンは──もしかしたらシルに似ていたんじゃないだろうかと、思った。

 なんの根拠もないけれど。

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