第二話 霜の朝
アズムル・クビーラは、大きなオアシスだった。
到着したのは明け方だったのだけれど、アズムル・クビーラの空気は砂漠より一層冷たくて、そして地面には霜ができていた。吐き出す息が白い。
白い霜が広がって登り始めた朝日に輝く。その光景に、シルの歌を思い出した。
シルはエーラーナーから降りると、砂とわずかな草の上に広がる霜を踏んで、その感触を楽しんだ。
街の中心になっている湖は大きくて、明け方は薄っすらと凍っているらしい。朝日と共に表面が緩んで、光を撒き散らしながら割れる音が響く。澄んだ音色は、シルの歌声に似ていた。
道中で聞いたところ、アズムルというのはどうやら「骨」のことみたいだった。旅の後半では、そのくらいの雑談ならできるようになっていた。
本当にドラゴンの骨があるのか、それともそういう言い伝えのようなものがあるのか、話を聞いただけだとよくわからなかった。
アズムル・クビーラにはラハル・クビーラがあるから、砂漠の中でも
ラハルの意味は、よくわかっていない。口振りから想像すると、何か良いものなんだとは思う。
アズムル・クビーラはなぜか昼間もそんなに暑くならなくて、明るい中でも人が出歩いていた。日射しは砂漠の中と変わらないのに、どこかひんやりとした空気を感じる。
代わりにと言って良いものか、夜はとても寒い。なので、夜に出歩く人は少ない。
ここまでずっと昼夜逆転で暮らしていたので、到着してすぐはエーラーナー酔いの名残と睡眠時間の変化でぼんやりしてしまっていた。
到着して少し寝て起きたら昼間で、お腹が空いたというシルが
そう、アズムル・クビーラでは、なぜか飲み物も冷たい。
飲むと冷たく感じるというものではなく、器に触ると実際に冷たい。何かで冷やしたような冷たさが不思議だった。
それに、冷えた果物もあった。
冷たい飲み物、冷たい果物、朝方の冷えた空気、凍る湖。明け方にできた氷をとっておいて冷やしているとかだろうか。
シルは、冷たい飲み物が気に入ったみたいだった。
あと、冷やしたロヌムも。大きく齧りとって、つるりと飲み込む感触が気に入ったみたいで、顎を上げて飲み込んで、嬉しそうに目を細める。
砂漠に比べたら涼しいというだけで、アズムル・クビーラもそこそこには暑い。冷たい飲み物や果物も喉に気持ち良かった。
それでも、ほんの少しの物足りなさを感じてしまう。砂漠の只中で口にした、柔らかな実をかじって溢れてきた生ぬるい甘酸っぱい果汁は、記憶に刻まれる美味しさだったと思う。
ただまあ、砂漠の中で、建物なしで簡易的な日除けだけで過ごすのは大変だったから、またあれを経験してまで味わいたいかと聞かれたら、ちょっと遠慮したい。
だからきっと、物足りないくらいで、ちょうど良い。冷たいものがあるなんて、なんて贅沢なんだろうか、本当に。
アズムル・クビーラに到着して丸一日が経過して、ようやくまともに動けるようになった。
俺は当然
スダルがソースの意味なら、わかりやすいんだけど。それならつまり、
肉に絡めて火で炙ったスダル・ナーは、もちろん辛そうな刺激が強いのだけど、ソースが焼けたようなにおいは香ばしくもある。
口に入れると、スパイスとかハーブのようなにおいと風味。甘辛い味に刺激されて、よだれが溢れる。味が肉によく染み込んでいて、噛んでいる間ずっと舌が刺激され続け、肉汁の旨みと優しさにほっとする。
俺の食べているルハル・ナーは、
そうやって刺激で疲れた舌は
シルの食べている方はどれだけ辛いのか──好奇心はあるけど、また試したいとは思えない。それに、あれほど辛いものを食べて、本当に大丈夫なのか、心配でもある。
「辛くない? 大丈夫?」
俺の問いかけに、シルは食べるのを止めて、唇についたソースを舌で舐めとって、頷いた。
「美味しい。あのね、辛いもの食べると、飲み込んで通ったところが熱くなって、面白い。お腹の奥も、ずっと熱いよ」
シルの感想を聞いても、俺にはちっとも美味しそうに思えない。シルはなんだか、とても楽しそうに食べているけど。
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