第八章 ドラゴンの骨
第一話 エーラーナー酔い
長い首と長い尾羽、がっしりとした足の鳥。体は灰色で尾羽だけが鮮やかに赤い。エーラーナーという名前らしい。
あちこちで、アズムル・クビーラへ行きたいと言っていたら、アズムル・クビーラへ向かう人たちを見付けることができた。頼んで、一緒に連れていってもらうことになる。
俺とシルのためのエーラーナーが二羽。その手配のためのお金。道中の食べ物と飲み物のためのお金。案内料。
言われるままにオージャのコインを出した。
シルはどうやら、ルーだけでなくエーラーナーとも相性が悪いみたいだった。
胴体が俺の頭の高さ。そこから長い首があって、見上げる位置に頭がある。シルが近付くと、その頭を落ち着きなく動かし始める。
場合によっては、ばたばたと羽を動かし始めたり、その場をぐるぐると回り始めたりすることもあった。ルーの時と同じだ。
そして、俺はどうやら、エーラーナーに懐かれている。
エーラーナーが頭を下げて、俺の首に長い首を擦り付けてくる。近くにいた人に身振りで首を撫でろと説明されて、そっと首に触れる。そうすると今度は、エーラーナーの首が俺の手にぐいぐいと押し付けられる。
シルが近付いて落ち着かなくなったエーラーナーも、そうやって首を撫でてやるとおとなしくなった。首回りは、ふわふわとした柔らかな羽毛が生えていた。
最初はそういうものだと思っていた。でも、周囲の反応を見るに、どうやらここまでくっついてくるのは珍しいらしい。エーラーナーの面倒を見ている人に肩を叩かれて、何かを言われた。
最初は何を言われているかわからなかったけど、どうやら、仕事に誘われているようだった。多分、向こうも本気で言っているわけじゃなくて、ちょっとした冗談だとは思う。
それでも、断りの言葉を知らない俺は、笑って「
そういえば、ルーの時にもやたら腕を挟まれると思ってはいたけど、もしかしたらあれも懐かれていたのかもしれない。
それで結局、俺とシルはエーラーナーに二人乗りをすることになった。
エーラーナーの乗り心地は、そんなに良いものじゃなかった。
とにかく、揺れる。俺の体感では、エーラーナー酔いは船酔いよりも酷かった。
最初の何日かは、俺のエーラーナー酔いのせいで思うように進めなかったらしい。申し訳ない気持ちで、それでも吐き気はやまなかった。
エーラーナーの世話をしている人が俺を仕事に誘うことは、二度となかった。
中継地点の街──砂漠の中に水と木があって、これがオアシスかと思った──に辿り着いた時にも、予定より長く滞在してもらったみたいだった。
オアシスの宿屋で休んでいたら、数の話をされる。何かを買うのだと言われて、追加でお金が必要なのかと気付いた。
予定よりも時間がかかった分の食べ物や飲み物が必要なんだと思う。そして、それは俺のせいで、だから俺がお金を出す。俺一人がみんなを待たせている状況だからか、と思いながら言われるままにお金を払った。
取りまとめをしているらしいその人は、気の毒そうな顔で俺を見て、ロヌムをくれた。もらったロヌムは、シルと半分にして食べた。
気分が悪くても、ロヌムのたっぷりとした水分とさっぱりした酸味は気持ち良かった。後、ジェロのお茶も飲めた。ジェロの酸っぱいにおいだけでも、気分が少しすっきりする。
昼間は日射しを避けて眠って、夜のひんやりした空気の中を進む。
シルが俺の後ろに座って、ぐったりとする俺の体を支えてくれる。情けないとか申し訳ないとか思いつつ、シルに寄りかかる。シルは意外としっかりと、俺を受け止めてくれた。
シルの肩にちょうどよく首が乗っかる。そのまま見上げると、一面の星空だった。せっかくの光景も、揺れるせいで小さな光の点が揺れて、頭の中でぐるぐると回り始める。
「ユーヤ、気分悪い?」
シルの声が、耳のすぐ近くで聞こえる。俺は小さな声でそれに応える。
「うん、まだダメっぽい。ごめん、重いよね」
「わたしは大丈夫だよ。でも、ユーヤは大変そう」
「でも大丈夫だから」
大丈夫と言ったのは嘘じゃない。最初の頃よりは大丈夫になっていた。あまり何度も足を止めさせたくはない。それに、シルがすごく心配そうにしてるから。
大丈夫と口に出すと、ラーロウのことを思い出す。うん、ダイジョウブ。
目を閉じて、この揺れが心地良いものだと自分に言い聞かせる。頬に当たるのは、首に巻いた砂除けの布の柔らかな感触。それから、シルの髪の毛にも顔をくすぐられた。
「咲けよ、咲けよ、空の花よ。白く、白く、全てを隠せ」
シルが急に、そんなことを言い出した。氷が砕けるように透き通ったシルの声は、何かの旋律のように聞こえた。
「それ、何かの歌?」
「わからない。なんだか、急に思い出した」
シルは、少し考えるように黙ってから、また歌い出す。
「空の雫は花と咲く。白く冷たい花になる。咲けよ、咲けよ、空の花よ。白く、白く、全てを隠せ。静かで白い夜がくるよ」
目を閉じてシルの声を聞きながら、シルはこの歌をいつ誰に聞いたんだろうか、と考える。
前にも思ったことがある。シルが生まれた時に隣にいたというドラゴンは、シルの家族──つまり、親とか──だったんじゃないだろうか。そのドラゴンは、今はどうしているんだろうか。
「雪の歌だね」
「雪?」
「山の上の方にあった、白い、冷たい。トウム・ウルでも、降ってきたことあるよね」
「花が咲くのに雪の歌なの?」
「雪の結晶って、花みたいな形をしてるんだよ。だから、雪を花に例えてるんだと思うけど」
「そうなんだ。不思議」
自分で歌ったというのに、シルはどこか他人事のようにそう呟いた。
「綺麗な歌だと思うよ」
「ユーヤは、これ好き?」
目を閉じたまま、今の歌声を思い出す。シルの銀色の髪や青い瞳の雰囲気そのままの、ひんやりと心地良い声だった。
「うん……好きかも」
素直に頷いたら、シルはまた歌い出した。ぐらぐらとしていた頭が、シルの声に冷やされて、少し落ち着く。
こうやって目を閉じてシルの歌を聞いてると、この揺れも、そんなに悪くないもののように思えてくる。
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