第七章 偉大なるガニュン
第一話 鳥がいる砂漠
ルキエーは内海の奥の方。そのさらに奥の方から、
タザーヘル・ガニュンと呼ばれるその場所は、上空から見ると砂の色をしていた。
海沿いと、そこへ流れ込む川の付近に青や緑が広がり、それ以外は砂の陰影。その陰影の中にぽつりぽつりと青や緑が見えるのは、オアシスというものなんだろうか。
そんな景色を見ながら降り立ったのは、海に突き出した岬だった。積み木を無造作に重ねたような形のその岬は、海に対しても陸地に対しても断崖絶壁を作っている。
潮風は強くて、熱を孕んで吹き付けてくる。海面が、強く照り付ける日差しを反射して、ぎらぎらと輝いている。
体がじんじんと痺れるような感覚にしばらくぼんやりとしていたけれど、それが暑さだと気付いて、慌てて服を脱ぐ。空の上を飛んでいる間は寒いので、結構な厚着をしていた。
服を脱いでいるうちに、汗が吹き出してくる。
服を脱ぐのに手間取っているシルを手伝って、木の水筒──これはルキエーで買ったものだ──を取り出して、シルに水を飲ませる。
薄着になると、日差しが肌を焼くように熱い。肌を撫でる
つまり、タザーヘル・ガニュンは、暑い砂漠の国だった。
ルー・ドゥーさんは、岬にある建物を指差して、そこに入るように言った。飛び立つための
ルー・ドゥーさん自身はルーを連れて隣の建物に向かう。あっちは動物のための建物なのかもしれない。
建物の中は思ったよりも涼しかった。ドアを開けると外の熱気が流れ込むのがわかって、慌てて中に入って閉める。
外の暑さは、土を固めたような分厚い壁に遮られる。窓は見当たらない。
建物の奥の壁には、三人の人が描かれていた。真ん中の一人は顔も体も人の形だけど、両側の二人は頭がワニかトカゲ──爬虫類みたいな形をしていた。でも、体は人。
普通の──人の体をしていない動物も描かれている。大きな、多分、鳥。首が長くて、尾羽も長くて、がっしりとした長い足。足が細ければ鶴みたいだと思ったかもしれない。
それから、足元にネズミのような小動物。犬のような生き物。トカゲみたいな生き物。虫のような生き物。
デフォルメされてはいるけど、元がどんな動物なのかはわかる絵だった。
その壁に向かって、何人か黒い髪と褐色の肌の人が手を広げたり合わせたり──ああ、これは多分祈っているんだ。もしかしたら、壁に描かれているのは、神様とかそういう類のものなのかもしれない。
後から入ってきたルー・ドゥーさんは、当たり前のような顔で部屋の隅に布を広げて座り込んだ。呼ばれて、俺とシルもその布に座る。
座ってまた水を飲んで、ルキエーで買った柔らかな布で汗を拭く。シルの分も布を出して渡したけれど、シルは不思議そうに首を傾けた。
シルは、汗をかいていなかった。暑い中、涼しげな白い色合いで、ぼんやりしている。
シルの体温調節はどうなっているんだろう、と気になったけど、わかる気がしない。ドラゴンの生態なんて、これまで考えたこともなかった。
そうして夕方になる頃、ルー・ドゥーさんとは別れた。
日が傾いて、気温が下がってくる。ぎらぎらと刺すようだった日射しが溶けたように赤く柔らかくなって、風向きが変わって夜の冷たい空気が流れてきていた。
ルー・ドゥーさんに改めて
さっきまで建物の中で祈っていた人たちも出てきた。その人たちは、隣の建物──さっきルー・ドゥーさんがルーを入れていた──に入ると、中から大きな鳥を連れて出てきた。一人につき一羽。
さっき、建物の壁に描かれていた鳥だと思う。長い首、灰色の体に長い尾羽だけが鮮やかな赤、がっしりとした強そうな足、目の位置が人よりも高い。
その人たちは、それぞれ鳥に乗ると、そのまま岬を囲むようにぐるりと作られていた階段を軽快に降りてゆく。鳥が足を踏み出す度に長い尾羽が揺れて、階段の向こうに消えていった。
「ねえ、ユーヤ、今の何?」
シルが、鳥が去っていった方を指差して言う。
「鳥……だと思う」
それ以上、何も言えなかった。ルー・ドゥーさんがいる間に聞いておけば良かった。
海に突き出た岬、その隣は深い湾になっていて、その湾に向かって川が流れ込んでいる。その湾を囲むように、街がある。
オージャと船の行き来があるらしく、オージャ語が通じたし、オージャのお金を使うこともできた。とても助かった。
最初に訪れた時は夜で、街中はとても賑やかだった。道端に机と椅子を並べて、火を灯して、飲み食いをしている人たちがいる。
岬で見たあの鳥もたくさん見かけた。人を乗せたり、人に連れられて荷物を乗せたりしている。そういう家畜らしい。
シルは食べ物のにおいを気にしてきょろきょろとしていたけれど、俺はとにかく少し休みたかった。
ルーに乗っての長距離移動は、かなり疲れる。座っているだけだったというのに、体は強張っているし足もがくがくだ。それでも、初めて乗った後はしばらく立てなかったことを思えば、だいぶ慣れた方──だと、思う。
トウム・ウル・ネイで貰った──お金は払ったので買ったと呼ぶ方が正しいか──カリコや
日が沈んだら急に寒くなってきた。
宿屋の入り口で砂を落として、それから部屋に通してもらって、厚手の服を出して着る。シルは寒がったりもしていなかったけれど、薄着でいるのは寒そうに見えるので着せておいた。
部屋には窓がなくて、冷たい風が入ってこないのでそこまで寒くない。
そういえば、岬にあった建物にも窓がなかったし、外は暑かったのに中は涼しかった。どうしてかはわからないけど、よく出来ている。
ブーツを脱ぎ捨てて服を着替えてベッドに腰を降ろしたら、強張っていた体の力が抜けて、どっと眠くなってしまった。何か食べに行くのは明日、と言うと、シルはちょっと不満そうな顔をした。
荷物からカリコと
それでも、シルはカリコを食べ始めた。それにほっとして、ベッドに倒れ込む。羽毛布団の感触──そうか、あの鳥の羽かもしれないと思いながら、布団に沈み込む。
「寝て起きたら、食べるんだよね。きっとだからね」
かりかりと齧っていたカリコを飲み込んでから、シルは俺を見てそう言った。俺は寝転んだまま、それに頷きを返す。
「うん、約束するから」
「約束って何?」
「ええと、予定とか、やることとかを決めて、決めた通りにすること」
シルは首を傾けて、視線を宙に彷徨わせた。銀色の髪がさらさらと肩を流れる。
「寝て起きたら美味しいものを食べるのが、約束?」
「そうだね……今回は、それを一緒にやろうって二人で決めるのが、約束」
壁の窪みで揺れる灯りの色が、シルの髪に赤く映っている。シルはそのまましばらく何か考えるように黙っていたけれど、やがて頷いた。
「わかった。約束。明日は一緒に美味しいものを食べる」
そしてシルは、残っていたカリコの最後の一つを食べ始めた。
シルが納得してくれたことに安心して、俺はそのまま眠ってしまった。少し目を閉じるだけのつもりだった。
夜中──部屋に窓がないから多分だけど、部屋の涼しさからまだ夜だと思った──にふと目を覚ますと、ふかふかと暖かい布団が体にかかっていた。そして、当たり前のように、シルが同じ布団に潜って俺の手を握ってすぐ隣で眠っている。
シルはカリコを食べてそのまま眠ったのか、手がベタベタしている。シルも俺も、
なんなら、落としきれていなかった砂のせいか、布の上に少しざりざりとした感触もある。
手を拭いて、
ぼんやりとそんなことを考えて、ふと、この布団はシルがかけてくれたのかと気付いた。気付いたら、なんだか、どうしたら良いのかわからなくなってしまった。
眠いし、それに多分それだけじゃなくて──どうしよう、このまま動きたくない。
そうやっているうちに、結局、俺はまた眠ってしまった。
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