第六章 大きな雲の一族

第一話 ドラゴンとルーの違い

 ルキエーの洞窟を出て、ラーロウと別れ、川を渡り、その川を遡る。

 川沿いの村で話されている言葉は、ルキエーのものによく似ていた。ルキエー語だって少ししかわからないし、知らない単語や似てるけど違う言葉が出てくることもあって、困らなかった訳ではないけど──それでも、少しでも言葉が通じるのは助かった。


 シルは相変わらず元気だ。長距離を歩いても、雨に降られてずぶ濡れになっても、なんでも面白がって、そして身軽に歩く。

 俺は相変わらずそんなシルに比べたら遅れ気味だけれど、でも、この世界に来たばかりの頃に比べたら、随分と歩けるようになってきた気がする。


 ずっと履いていたスニーカーは靴底に穴が空いてダメになってしまった。あの部屋から持ち出した中に靴があったはず、と思って、例の肩掛けバッグから取り出した。

 硬い材質のブーツで足に合うか不安だったけれど、靴紐をきっちりと結べば意外と足に馴染んで、歩きやすい。

 スニーカーは処分に困ったので、布袋に包んで口をきつく縛って、肩掛けのバッグに突っ込んでしまった。


 そういえば、食べ物も地図も靴も服も、全部このバッグに突っ込んでいるけど、中はどんなふうになっているんだろう。

 少しだけ気にはなったけど、考えてもわかるものじゃないし、すぐに疑問自体も忘れてしまった。




 そんな感じで、シルと二人でなんとか旅を続けて、川を遡って山の中腹くらい。そこで、トウム・ウル・ネイとルーを見付けた。


 そもそも、俺が持っていたドラゴンのイメージなんて、すごく曖昧なものだった。漫画とかアニメとかそういった創作物のドラゴンと恐竜の姿が混ざり合って、だいぶぼんやりとした姿しか思い描けない。

 そんな俺がルーを見た感想は──なんと言ったら良いのか、例えば漫画なんかでこれがドラゴンですと登場したら、きっと納得してしまうだろうなという、そんな見た目だった。

 シルとは似ているような気もするし、だいぶ違うようにも見えた。


 例えば──シルはすごく大きかった。でも、ルーはそれよりも小さい。

 小さいと言ってもシルと比べたらの話で、人と比べたらだいぶ大きい。背中に人が一人二人は乗れそうな大きさだ。

 馬とか牛とか、このくらいの大きさだっただろうか、どうだろう。そんなに何度も馬や牛を見たことがあるワケでもないので、あまり自信はない。


 それから、シルの背中には羽があった。ルーにもある。どちらもコウモリの翼のような──皮膜と呼ぶんだったっけ──形だ。

 ただ、シルは羽とは別に前脚と後脚があったような気がする。ルーは、前脚がない──というか、前脚の代わりに羽があるように見える。


 鱗は地味な茶色っぽい色だけど、日が当たると鮮やかに光を反射して輝く。


 ドラゴンラーゴ似ているコンタと言っていたラーロウの言葉を思い出す。

 ラーロウは、どんなドラゴンラーゴを思い描いていたんだろう。あれだけはっきりといないオィ・クイと言っていたのだから、見たことがあるとも思えない。

 ドラゴンとルーは何が似ていて何が違うのか。

 もっと話を聞いておけば良かった、と今更ながらに思う。まあ、聞いてもわからなかったかもしれないけど。




 辿り着いた先でルーを見掛けて──その時はまだそれが「ルー」だとは知らなかったのだけど、それでも一目見て、きっとこれがルーだろうと思っていた。

 それで、隣に立っている人に話しかけた。拙いルキエー語で「トウム・ウル・ネイ、までドゥア行くギッタしたいスマ」と伝えれば、不思議そうな顔で俺を見た。


わたしヴァ・トウム・ウル・ネイ・ですディディ


 返ってきたのは、多分ルキエー語。

 トウム・ウル・ネイというのは人なんだろうか。あの地図に描かれていた、クジラのような姿の絵は一体何を表していたんだろうか。


 俺のそんな疑問と考え事は、ルーが暴れ出してしまったせいで中断した。

 シルがルーの姿を見ようとしたのか、興味深そうに身を乗り出したら、それまで小刻みに顔を動かしていたルーが、突然羽をばたばたとさせて地面の上を跳ね出した。

 釣られてか、他に何頭──ルーをどう数えるのが適切かわからない──か並んでいたルーたちが、ぎゃーぎゃーと声をあげてしきりに首と羽を動かす。


 トウム・ウル・ネイを名乗るその人は、暴れるルーの羽を避けるように後ずさって、口に指を当てるとピィーっと鋭い音を出した。指笛だ。

 何度か指笛を吹いてルーたちを静かにさせて、なだめて落ち着かせている間、俺は口を半開きにしてぼんやりと突っ立っていた。

 ルーは、シルのドラゴンの姿よりも小さいとはいえ、人間よりは大きい。その、ずっしりとした巨体が暴れる様子というのは、なかなかの迫力だった。

 正直な話、咄嗟に動けなくて固まっていただけだ。


 ルーが落ち着いてきて辺りの空気が静かになった頃、シルが俺の腕を引っ張った。それで強張っていた体が動くようになって、ほっと息を吐く。


「ね、ユーヤ、あれ何?」


 いつもの、好奇心に輝くアイスブルーの瞳が、俺を見上げている。その白い指先は、当然ルーを指差している。


「あれが、多分、ルーだと思う」

「ルー」


 シルは、振り向いてルーを見る。一番手前のルーが、シルの動きに反応したのかまた落ち着かなげに首を振ったけれど、トウム・ウル・ネイに首筋を撫でられてなだめられる。


「ほら、ラーロウが、ドラゴンに似てるって言ってた」


 シルは、俺の言葉にちょっと目を見開いた。

 しばらくそのままじっとルーを見て、それから俺を見上げた。

 訝しげに寄せられた眉。少し尖った唇。その顔の脇で、ルキエーの花の飾りが光を反射して輝いている。ルーの鱗のように。


「ドラゴンってわたしのことなんだよね? わたし、あれに似てるの?」


 俺はシルとルーを見比べて、それからまたシルを見る。


「似てる部分もあるけど、そんなに似てないと思うよ」


 シルは、俺の答えに納得しなかったみたいだ。なぜだか不機嫌そうな表情で、でもそれ以上は何も言わずに、ふいとまたルーの方を見た。

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