第六話 良い出会い

 あいにく、雨は二日続いた。

 出発は、雨が上がってから。雨の間は、村でのんびりと過ごした。




 ラーロウは、シルが真珠ミジャアを欲しがっていることを村の人に伝えてくれた。それで、真珠ミジャアを買えることになった。

 若い女の人が、これがオススメと言わんばかりに見せてきたのは、ふっくらと丸い大きな真珠ミジャアだった。けれど、シルはそれよりも、細長く歪んだものを欲しがった。

 丸い方が価値が高いと説明してもらったけど、シルは捩じくれたような形のそれが気に入ったらしい。


「これが良い」


 小さな歪んだ真珠ミジャアを手のひらに乗せて、シルは俺にそう言った。


 女の人に何事かを言われて、ラーロウを見る。


欲しいヴォイロ真珠たくさんミジャア・リァどう?


 ラーロウの言葉がぱっと理解できなくて少し考えてしまってから、「もっと買わないか」と言われているのだと気付く。


「シル、一つで良い? もっと買う?」


 シルにそう聞いたけれど、シルは首を振った。


「たくさんはいらない。これが欲しい」


 俺は頷いて、ラーロウに「買いたいヴォイロ・クィスタ一つだけエナ」と伝える。

 女の人とラーロウが何事かをやりとりした後に、俺はラーロウに言われるだけのオージャのお金を渡す。ラーロウはそれをしまって、代わりにルキエーのお金を女の人に渡した。




 真珠ミジャア貝の内側は、光沢があって、光を反射して様々な色に輝く。

 そのきらきらとした部分を剥がして、砕いて、装飾に使ったりする。


 村の人に教えてもらって、ルキエーの旅で手に入れた櫛を貝殻で装飾してみた。

 持ち手の部分を少し削って砕いた貝殻を貼り付ける。貼り付けた後は、剥がれないように上から糊のようなものトゥッカル──何でできているのかは今もわかってない──を塗って、固める。


 村の人がやったものと見比べると、貝殻の並びはガタガタだし、トゥッカルは塗りムラができて表面がデコボコになってしまった。

 それでも「良いイーニャ」って言ってもらえたし、出来上がりを眺めると光を反射してきらきらとしているので、綺麗だなと思う。

 俺は別に、こういう装飾には興味がなかったつもりだけど──もしかしたら、シルの興味に影響されたのかもしれない。




 トゥッカルに貝殻を混ぜ込んで固めたりもするらしい。

 そうやって作ったものを服に縫い付けたり、装飾品──女の人の森の飾りオール・アクィトにしたりする。

 湖から獲れたものを森の飾りオール・アクィトにしても良いのだろうかとも思ったけど、湖だって森の奥オール・ディエンと呼んでいるし、貝もオールの一部なのかもしれない。

 あるいは、女の人の森の飾りオール・アクィトは、植物を模していればそれで良いのだろうか。


 時間があったので、こっちも教えてもらって自分で作ってみた。人によっては花や葉の形を作ったりもするらしいけど、オーソドックスに丸い形にした。

 固まりきる前の柔らかいところに細い棒で穴を開けて、糸を通せるようにする。




 そうやって出来上がった貝殻真珠ボックニィズ・ミジャアを、シルは気に入ったらしい。

 歪な形の真珠ミジャアと合わせて、前に俺が編んだ森の飾りオール・アクィトを飾ることになった。

 緑に染めた糸を用意してもらって、緑の蔦のところどころに貝殻真珠ボックニィズ・ミジャアを結び付ける。揺れる様子は小さな実のようだ。

 一つだけの真珠ミジャアをどこに付けるかは悩んだけど、いつも結び目を作る辺りの位置にした。


 拙い出来の地味な蔦が、きらきらと輝きを実らせるようになった。

 シルの髪に結べば、その輝きはどこか控え目で、元から着けていた花の飾りを邪魔しなかった。それでいて、花束に霞草を添えたみたいに、華やかさが増した。


 シルは、自分の髪を持ち上げて、そこに結ばれた森の飾りオール・アクィトを見る。


「ユーヤが作ったこれ、すごく綺麗」


 俺が作った森の飾りオール・アクィトに付けられた貝殻真珠ボックニィズ・ミジャアが、光を反射して輝く。その色が、シルのアイスブルーの瞳に映っている。




 雨の間はそんなふうに、オール・ディエンへ留まっていた。

 作業の合間に手を止めて、雨音を聞いたりする。椅子に敷かれた毛皮はふかふかで、暖かい。そうやって窓の外を眺めて、少し手と目を休めてから、また作業を続ける。

 シルは俺の作業を眺めたり、窓から雨の様子を眺めたり、前に買った魚の鱗の小瓶を眺めたり、それから少し昼寝をしたりして過ごしていた。


 ラーロウとは、相変わらずお互いの言葉や仕草を教え合ったりしていた。

 そして、一緒にご飯を食べて、ちょっとしたことで笑い合って──時々、もうすぐ別れるのだな、と思って寂しい気持ちになる。




 どうして旅をしているんだっけ、と思ったりもする。


 その度に、初めて会った頃の、ぼんやりした表情のシルを思い出す。

 やりたいことも、行きたい場所もなくて、自分のこともほとんどわからない、自分の名前すら知らなかったシル。


 俺がこの世界に来てしまったのは、やっぱりシルに呼ばれたからじゃないかという気がする。それがどんなに漫画みたいでも、出来過ぎな話でも、あり得なくても。




 三日目には雨が上がって、俺たちは村を出発した。ラーロウと別れるまで、あと何日くらいだろうか。


 ルキエーでの別れの挨拶は「イーニャ・カーシュム」と言うらしい。「カーシュム」の意味は、すごく難しかったんだけれど、俺のぼんやりした理解だと「会う」とか「出会う」ということなんじゃないかと思う。

 ルキエーの人たちは、別れの時に出会いカーシュム良いものイーニャだと伝えるのか、と考えた。言葉は、やっぱり難しい。


 ラーロウには「さようなら」という日本語も教えた。だから、ラーロウは最後にきっと「さようなら」と言ってくれると思う。

 俺はそれに対して「さようならイーニャ・カーシュム」と応えるんじゃないかと思う。




『第五章 森の底』終わり

『第六章 大きな雲の一族』へ続く

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