第四話 仕事終わりのアッカ

 焚き火の向こうでは、村の人たちが獲ってきた魚を捌いたり、貝を開いたりしていた。

 近くで見せてもらってるうちに、気付けば手伝うことになっていた。


 片手で掴める大きさのチチュアー。ぬるりとした魚を石のまな板の上に押さえつけて、表面にナイフを当てて動かして鱗を取る。

 隣のラーロウの動きを見ながら、頭を切り落として、腹にナイフを入れて内臓を掻き出したら、近くで見ていた人に「良いイーニャ」と言われた。

 魚を捌くなんて初めてだったけど──いや、一回くらいやったことがあった気がする、調理実習だったかもしれない──結構良い感じにできているのでは、とそれで思ってしまった。

 腹に入れたナイフをもっと深く差し込んで、尻尾の方まで動かして開くと、チチュアーの開きができる。ラーロウはゆっくりやってくれて、それも見真似でやってみる。

 力加減がわからなくて思った以上にうまくできなかった。途中で身が崩れてしまい、形の悪い切り身ができてしまう。

 村の人は「良いイーニャ良いイーニャ」と言って、その切り身を持っていって石の上に乗っけて焼き始めてしまった。俺が切ったぼろぼろの切り身に、今、塩が掛かっている。


「ダイジョウブ・良いイーニャ


 ラーロウにはそう言われて──多分、慰めてもらった。

 ため息をつくと、目の前にまた魚が置かれた。村の人たちに声をかけてもらえる。聞き取れないけど、好意的な響き──多分励まされてるのはわかる。


 改めて、魚と対峙する。

 だいたい、魚はぬるりとしていて押さえていても滑る。その上、そっと押し付けたくらいじゃ切れないし、かといって力を込めると、ぐにぐにと動く。

 ナイフの刃先を腹に入れたところで、ラーロウの手がナイフの角度をなおしてくれた。そのまま、刃を滑らせるようにする。

 ぷつり、と肋骨を切る感触を頼りにナイフを動かして、なんとか尻尾まで辿り着いて開いたら、一匹目よりは綺麗にできた。


良いイーニャ良いイーニャ


 通りがかった村の人にも褒められて、嬉しくてにやけてしまう。さっきよりも綺麗にできたのが、思ったよりもずっと嬉しかった。

 俺が一匹捌いている間にラーロウは三匹くらい捌いているし、なんなら俺よりも年下だろう子だって、俺よりも手早く綺麗に捌いていたりするけど、経験の差だ。仕方ない。


 俺が捌いたぼろぼろの切り身は、焼き上がった後にシルが食べていた。




 貝を開くのは、魚を捌くのに比べたら楽だった。

 隙間にナイフを差し込んで、目一杯奥まで。そのままぐるりと回して中身を切る。そしたらナイフを立てて貝を開く。

 中の柔らかいところを指で押すと、ころころと硬い感触があって、それが真珠ミジャアだ。

 ぐにぐにとした中身を指で押すと、中から真珠ミジャアが出てくる。シルは貝を開くのはできなかったけれど、真珠ミジャアを取り出すのはできた。

 俺が開いた貝から、シルが真珠ミジャアを取り出す。

 綺麗な形の丸いものは珍しくて、平べったかったり、細長かったり曲がっていたり、いろんな形をしている。

 シルは時々真珠ミジャアを手のひらに乗せて、ころころと転がしたりする。取り出したばかりの真珠ミジャアは、どろりと汚れていたりもするけど、指先で拭うと真珠の輝きが覗く。

 不透明な白い色の上に、緑や赤の色が反射して、艶々と輝く。形が歪でも、色合いは変わらない。


「これ、欲しいな」


 気に入りそうだなと思っていた通り、シルはそう言った。


「後で、ラーロウに聞いてみるよ」


 シルは小さく頷くと、自分の手のひらのそれをつついた後に、名残惜しそうに皿代わりの貝殻の上に置いた。


 そうやって取り出した真珠ミジャアは、綺麗に洗って装飾に使う。貝殻の内側の真珠に似た部分も、同じように何かに使うらしい。

 貝柱は、さっきも食べたけれど食用。獲ってすぐは生で食べるけど、煮たり焼いたりもするそうだ。




 仕事の後は、焚き火の周りでみんなでアッカを飲んだ。

 アッカは、コーヒーっぽい味だと思っていたけれど、どうやら植物の根っこから作られたお茶のようなものらしい。それをギーキのソトゥで濃く煮出して飲む。

 アッカの甘さには、どうやら地域差があるみたいだ。最初に飲んだアッカはすごく甘かったけど、この村で飲むアッカは甘くない。

 ソトゥのふんわりとした味がアッカの苦味を柔らかく包んでいる。俺はこの甘くない味も好きだと思った。


 ちまちまとアッカを飲みながら、ラーロウに話しかける。


欲しいヴォイロ真珠ミジャア


 語彙が足りないせいで俺の言葉は簡潔で、ラーロウの応えも俺に合わせて簡潔だった。


「ダイジョウブ・待つリメネ


 ラーロウが待つリメネと言った時は、今までも大体なんとかしてくれた。本当に、ラーロウには頼りっぱなしだ。

 それに、話しやすくて、一緒に笑ってると楽しい。


ありがとうイーニャ・クリャア


 ルキエーの言葉でお礼を伝えれば、ラーロウはいつものように笑った。俺も、一緒に笑う。


 シルを見れば、ソトゥを温めてできた膜が唇にくっついてしまったらしく、舌を出して舐めとっていた。

 唇の端にも付いていて、何気なく手を伸ばして親指でそれを拭い取る。

 シルはきょとんとした顔で俺を見て、瞬きをする。それから、目を細めて唇を緩めて、嬉しそうな顔をした。

 その顔を見て、親指に触れる柔らかさに気付いて、俺は急に自分の行動を自覚した。伸ばしていた手を引っ込めて、シルから目を逸らす。そして、指に付いたソトゥの膜をどうしたら良いかわからなくなった。

 俺がこれを舐めるのはどうなんだ、それはダメだろう。

 しばらくそのまま、頭の中で「舐めるか舐めないか」を悩んでしまって、そもそも悩むことじゃなかったと思い至ってハンカチを出す。

 最初からハンカチを出しておけば良かったと、その時に気付いた。


 親指を──そこに残る感触ごと、まとめてハンカチで拭った。そして、できるだけ関係ないことを考える。

 また後でハンカチを洗わないと。それに、そろそろ替えのハンカチが欲しい。

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