第六話 でも、シルはここにいる

 シルだけじゃなくて、俺の森の飾りオール・アクィトも用意されてしまった。断れずにそれも買うことになった。

 何かの動物の牙だろうか。細い紐で連なったそれを手首に巻くことになる。ラーロウが、口と右手を使って左手に結ぶやり方を教えてくれた。それを真似して左手に巻きつける。

 そんなに派手なものでもなく、邪魔になるほどの大きさでもなく、このくらいなら良いかと思って付けておくことにした。




 次にラーロウに連れていかれたのは、地図屋だった。装飾的な──絵のような地図を売っているのはこれまでと変わらないけれど、絵の雰囲気がこれまでと違って面白い。国の違いだろうか。

 内海の奥の方が書かれた地図は持っていないから、その辺りの地図を買っておいた方が便利かもしれない、なんて思って眺める。


 ラーロウは、その中の一枚を指差した。

 内海を囲む陸地。その陸地の上に何か生き物の絵が書かれている。そして、その生き物を囲む雲のような──波かもしれない──線。

 クジラに似ている気がする。流線型のその体は、少なくとも海の生き物のように見える。それでもそれは、やっぱり陸地の上に書かれていた。


「トウム・ウル・ネイ」


 ラーロウの言葉は、何一つわからなかった。言葉を繰り返すこともできずに、俺はラーロウを見た。


「トウム・ウル・ネイ……一緒にマッジ・ルー……家族オイーニ……ルー・似ているコンタドラゴンラーゴ


 トウム・ウル・ネイについて話してくれているのだと思う。なんでドラゴンラーゴが、と考える。「ルー」と呼ばれるものと一緒にマッジ家族オイーニ。そして、ルーとドラゴンラーゴが似ている?


ドラゴンラーゴ……ドラゴンラーゴいるクイここに?ソノ・ゼ


 俺の質問に、ラーロウは難しい顔をした。


「ルー・いるクイここソノ。ルー・似ているコンタドラゴンラーゴ


 ルーという、ドラゴンに似た何かがここにいるということだ、多分。

 ラーロウの方を見ると、ラーロウは少し自信なさそうに、申し訳なさそうに眉を寄せて、俺の表情をうかがうようにしていた。


 ラーロウは、俺がドラゴンを見たいと言った時から、ドラゴンについて考えてくれていたのだ、きっと。

 俺はラーロウを真っ直ぐに見て、ラーロウに応える。


ありがとうハリストゥ


 ラーロウはほっとしたような表情の後に、いつもの、人懐っこい笑顔になった。


 ラーロウが指差したその地図と、この国の地図──地図というよりは、森の植物や生き物たちの絵に近い──を買った。

 森の生き物たちの中に、人間の子供が描かれているのを見付けた。これにはどういう意味があるんだろうか。ドラゴンの島ニッシ・メ・ラーゴの時と同じで、きっとまた知らないまま通り過ぎることになってしまう。




 俺とシルは、ルキエーの人のように森の飾りオール・アクィトを身に着けて、ラーロウにまた森に連れて行ってもらった。シルがもう一度、森に行きたがっていたから。

 シルがドラゴンの姿になって、羽を伸ばすことができれば良いんだけれど、それをやって大丈夫かがわからない。

 シルがまた閉じ込められるようなことだって、あるかもしれない。そう考えると、気楽に試してみようとは言い出せない。


 シルは気にしてないかのように、森の天井に向かって手を伸ばして見上げている。

 天井から降り注ぐ日差しの中で、シルの髪に編み込んだ花の飾りがきらきらと光を反射して撒き散らしている。




「ユーヤ」


 俺の少し後ろに立っていたラーロウが、不意に俺の名前を呼ぶ。振り向けば、やけに真面目な顔で真っ直ぐにこちらを見ていた。


「ラーゴ・オィ・クイ」


 ラーゴは「ドラゴン」。オィは「いいえ」──この場合は否定か。クイは「いる」だから、つまり──いないオィ・クイ

 ドラゴンはいないラーゴ・オィ・クイ


 俺の反応を見るように、ラーロウはじっと俺を見ている。


 実のところ、そんな気は少ししていた。

 ラーロウは「ドラゴンがいるラーゴ・クイ」とは決して言わなかった。ドラゴンに似ているコンタ・ラーゴらしいルーという名前の何かを教えてくれただけだ。

 もしかしたらラーロウが知らないだけかもしれない。もっとあちこち旅をすれば、見付かるかもしれない。

 なんて思ってもいたのだけれど、でも、本当はドラゴンの島ニッシ・メ・ラーゴでドラゴンの絵を見た時にはもう、そんな予感があったのだと思う。

 だから、今ラーロウがはっきりと口にしたいないオィ・クイという言葉に、それほどの動揺はなかった。


 でも、シルはいる、ここに。


 シルの方を見ると、シルも俺の方を見た。俺が手を振ると、安心したように頷いた。そして、くるりと身を翻して、今度は木の根元に駆けていってそこにしゃがみこむ。

 花の飾りが、シルの通り道に光を置いてゆく。


 俺はまたラーロウを見た。自分の中にある言葉をなんとか手繰り寄せる。


「うん……いや、ドラゴンはいるラーゴ・クイ俺たちはココ・ド見たいヴォイロ・ヴェーデドラゴンラーゴ


 俺の拙い言葉は、ラーロウには通じないのかもしれない。ラーロウは困ったように、俺を見ていた。

 それでも俺は、言葉を続けた。


俺たちはココ・ド行くティラどこかドーブ……ドラゴンがいるどこかメ・クイ・ラーゴ


 ラーロウは、しばらく黙ったまま俺を見ていた。俺も、ラーロウを見ていた。

 言葉が足りないことがもどかしい。もっとうまく伝えることだって、聞くことだって、できるはずなのに。


 やがて、ラーロウは困ったように眉を寄せたまま、笑った。そして、いつものように、軽い声音で言葉をくれた。


「トゥットゥ」


 わかったよ、しょうがないな、と言われた気がする。




 シルの方を見れば、シルはその辺りをくるくると駆け回っていた。何かを追い掛けているのかもしれない。

 ひょいと軽く跳ねて、木の幹を蹴って、長い髪の毛がなびいて、マントがばたばたとはためく。スカートから白い足が覗いて、柔らかく地面に降り立つ。そしてすぐにまた駆け出す。


 木々の間に、きらきらとした花の青い色が見え隠れする。

 こんなに駆け回る花なんて他にはいないだろうな、なんて思っていたら、花が俺の目の前に飛び込んできた。思わず手を広げて受け止める。

 ふわりと着地して見上げてくるアイスブルーの瞳と目が合ったかと思うと、瞳孔が膨らんで、そして当たり前のように俺に抱き付いてきた。




 ドラゴンは、いないかもしれない。でも、シルはここにいる。

 だから、ドラゴンを探して、旅をする。




『第四章 森と洞窟の国』終わり

『第五章 森の底』へ続く

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