第五話 森の飾り

 ルキエーの人たちが身に着ける飾り、あれはオール・アクィトと言うらしい。


 パンクメェスープルバースとアッカの朝食を摂りながら、俺はラーロウに女の人が身に着けているあの飾りが買いたいのだと、なんとか伝えようとしていた。

 そのために、いくつかの単語と身振りを使って、ようやくその名前を知ったところだった。


 オールというのは、どうやら森のことらしい。

 アクィトは多分だけど、装飾品の意味だと思う。もうちょっと他のニュアンスもありそうなんだけれど、ラーロウもそれ以上は説明できなかったし、俺も聞き取れなかった。


買いたいヴォイロ・クィスタ森の飾りオール・アクィトロウロウ


 俺は自分の髪の毛を摘んで、オージァの言葉とルキエーの言葉をごちゃ混ぜにしてラーロウに伝える。そして、最後にシルを指差した。

 それでラーロウもシルの方を見る。


 シルは、機嫌良さそうにアッカを飲んでいる。アッカはすごく甘いしミルクのふんわりとした口当たりもあるけれど、香ばしくて苦味もかなり強い。シルは案外、こういう味も好きなんだなとぼんやり思う。

 ラーロウはいつもの人懐っこい笑顔を見せた。


「トゥットゥ」


 その声音も、いつもの軽い調子だ。多分伝わったんだろう。ほっとしてクメェをちぎる。




 ラーロウが連れていってくれたのは、布がたくさん掛かった店だった。生地屋、と呼ぶのだろうか。

 糸や紐、男の人が身に着けているような毛皮や羽や牙といったもの、ビーズみたいな綺麗な色の小さな石なんかも置いてあった。むしろ手芸屋か。


 ヒゲを生やした男の人が出てきて、ラーロウが明るく話しかけた。オール・アクィトという言葉が聞こえたので、きっとそのために来たのだと思う。

 シルは、色とりどりの布や、キラキラとした小さな石に目を奪われて、たくさんの布地の中に吸い込まれていきそうになっている。俺はシルの手を強く握って、隣に引き止める。


 ヒゲの人が店の奥に何か呼び掛けると、女の人が出てきた。それでまた、ラーロウと三人で何か話している。それから、その女の人はこちらの方を見た。

 なんとなく、癖のように、俺は小さく頭を下げる。頭を下げてから、これは通じないのでは、と思ったけれど、その人は何か気にした様子もなくこちらにきた。ラーロウも一緒だ。


「ンギッシ・オール・アクィト・ブメク」


 女の人の言葉をラーロウがオージァ語に訳してくれる。


欲しいヴォイロどれ?ドーバ・ゼ


 女の人は、自分の胸元に下がっている刺繍の花を持ち上げる。それから腕を持ち上げて、手首に巻かれた蔦のような飾りを見せてくれた。緑の糸と銀の糸が編み込まれた繊細な葉っぱの模様だ。

 くるりと回ると、腰回りの赤い果実が揺れて光を跳ね返す。そして、髪の毛には透き通った石を繋げて作った花がきらきらと咲いていた。

 シルにはそれらの言葉が伝わっていないので、俺がその人の意図を推測しながら伝えることになる。


「多分、どういう飾りが欲しいのかって聞かれてるんだと思う。シルが欲しいのは、この女の人が着けてる中だと、どれ?」


 シルは俺の言葉を聞くと、少し身を乗り出して女の人をじっと見た。そして、自分の耳の上辺りの髪の毛を掴んで引っ張った。

 そのまま、俺の方を振り向く。


「髪の毛に付いてる、きらきらしてるのが良い」


 俺はそれに頷いたけど、さて、どうやって伝えようかと考える。咄嗟に言葉が出てこなくて、自分の知っている語彙を探る。髪の毛は知らないけど、頭は──ファリだったか。

 でも、俺が言葉で伝えるより先に、その女の人はシルの仕草だけでわかったらしい。


「ニャアダ・クレ・ナ」


 女の人はそう言って、店の中をうろうろし始める。


待つリメレ


 ラーロウがそう言ってくれて、俺もそれをシルに伝える。


「待ってって言ってる。今、用意してくれてるみたい」


 俺の言葉にシルは頷いて、また店の中を見回した。




 女の人は店の中から色々なものを持ってくると、店の奥にある椅子にみんなを座らせた。

 そして、テーブルの上に持ってきたものを広げる。それは多分、森の飾りオール・アクィトの材料なんだろう。テーブルの上に色とりどりのきらきらしたものが広がって、シルの瞳孔が少し膨らむ。


 女の人が、細長い形の石を五つ並べて、花の形を作る。半透明のその石は、青い色で、シルの髪には似合うだろうなと思った。

 どう? と言うように、女の人はシルを見た。シルが隣に座っている俺を見る。


「シルが気に入ったかどうかを伝えたら良いと思うよ」


 それでシルは、女の人を見てこくりと頷いた。女の人はしばらくシルの表情を見ていたけれど、やがていくつかの似たような形の石を並べ始めた。色を選んでいるらしい。

 言葉はなくても、女の人がそうやって並べたものをシルが指差すことで、話は進んでいるみたいだった。




 濃い緑の糸で蔦を編み上げて、その途中に石でできた花や、小さな丸い石を飾ってゆく。その手付きは鮮やかだった。そうして、シルの森の飾りオール・アクィトが出来上がる。

 代金は俺からラーロウに、ラーロウからさっきのヒゲの男の人に。


 女の人が、自分の髪から飾りを一つ解くと、それをまた結び直してやり方を見せてくれる。

 シルはそれを真似しようとしたけれど、自分の顔の脇は見えないし、最初から何一つうまくいかないみたいだった。

 そもそも、シルは手先はそんなに器用じゃない。服の紐だって、いまだに綺麗に結べなくて、結局のところ俺が毎日手伝っているくらいだ。


 そして今回も、俺がシルの髪にオール・アクィトを着けることになる。




 髪の毛を一房取って、そこに編み込むようにオール・アクィトの編み紐を巻き付けてゆく感じだった。シルの髪は癖がなく真っ直ぐで、するすると滑って編み込みが難しい。

 見様見真似でやるけれど、引っ張りすぎて痛くないだろうかとか、不恰好ではないだろうかとか、と不安になる。

 女の人が時々「イーニャ」と声をかけてくれる。ラーロウが「良いカロ」の意味だと教えてくれる。


 そうやって、最後に編み紐をきゅっと蝶々結びにして、なんとか編み込みが完成する。


 シルの白い顔の脇に、花が咲いている。髪の毛に蔦が絡むように巻きついて、そのところどころに小さな石が朝露のようにきらきらと輝いている。

 シルが選んだ花の色は青と黄色だった。その花々は、光を受けると色味を変えて、シルの髪の毛を華やかに可憐に彩っていた。




 シルは、自分の髪を引っ張って、そこに編み込まれた花を見て、嬉しそうに目を細めた。それから、自分の髪を辿って、そっと花の飾りに触れる。そこにあることを確かめるように。

 そして、俺を見上げた。


「ね、ユーヤ、これ、きらきらしてる?」

「うん、きらきらしてる」


 俺の言葉に、シルは満足そうに頷いた。




 恥ずかしい感想を言ってしまうなら──シルがあまりに綺麗で、花の妖精みたいだと──いや、これはなし。やっぱりなし。

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