第三話 ルキエー料理──ルキエー語を添えて

 ラーロウが料理を一皿ずつ指差して、名前を教えてくれる。それと、簡単な説明も。


 ルバースというのは、どうやらスープのことみたいだ。セッゼと呼ばれる何かのスープ。セッゼというのが何かはわからない。いろんな具材が入っていた。この中のどれかのことだろうか。

 一口含むと、まず柔らかな酸味が広がる。その後に、食材が持つ甘みがじんわりとやってくる。

 細かく刻まれた具材はよく煮込まれて柔らかく、舌の上でとろとろと潰れる。スープ自体はどろりとしているけれど、味はくどくない。酸味もあって、どちらかというとあっさりとした印象だ。

 他の料理の合間に食べるととても美味しい。


 パンクメェと、クメェに付けて食べるペースト状のもの。

 ペースト状のものは、シトゥルマというらしい。ラーロウの説明によれば、スリャァと呼ばれる丸いものが材料らしい。それに、何かを混ぜたものが、シトゥルマ──正直、オージァ語とルキエーの言葉が混ざっていたし、知らない単語もあって、説明がよく聞き取れなかった。

 言葉はわからなくても、食べ物は食べたら味がわかるのですごい。材料がわからなくても、美味しいものは美味しい。

 少しざらりとした食感と塩っぱさが、もっちりとしたクメェの食感にちょうど良い。クメェの噛み心地が良くて、噛んでいるとクメェとシトゥルマの甘みが感じられて、ふわふわと美味しい。


 ヤップ・ムルシュというのは、葉っぱで具材を包んだ料理。見た目はロールキャベツみたいだった。ヤップというのがこの葉っぱの名前で、ムルシュというのがどうやら包むという意味らしい。葉っぱで包むヤップ・ムルシュ

 葉っぱヤップは意外と歯ごたえがある感じだった。なので、ナイフで小さく切り分けてから食べる。そして、口に含むとわずかに苦味というかえぐみのようなものがある。

 口に入れた瞬間、その苦味に不安になったけれど、噛み締めると肉と旨味が中から溢れてきた。甘酸っぱいソースと肉が絡むと美味しい。少し硬めの歯ごたえも噛むとシャキシャキとして甘みが感じられて、意外と美味しい。

 飲み込むと、葉っぱのスッとしたにおいが鼻に抜ける。その頃には、葉っぱのクセの強さはソースの濃さに消されて、それほど気にならなくなっていた。

 それでもクセがあるのは確かで、不安になってシルの方を見たけど、シルは特に気にする様子もなく噛み締めていた。変な反応もしていない。少しほっとする。


 キチュ・ピチェメ。焼いた肉と野菜っぽいものに、甘酸っぱいにおいのソースがかかっている。

 キチュを焼いたものピチェメらしい。キチュというのが、肉全般のことなのか、特定の動物の肉なのか、別の何かのことなのかはわからなかった。

 ソースが甘酸っぱくて、少しだけからい。少し辛味を足したバーベキューソースのような感じで、食べやすい。その味が肉によく合っていて美味しい。

 ソースが美味しいのか肉が食べたいだけなのかわからなくなるけど、とにかく肉を食べているという満足感がすごくて、美味しい。


 それから、白い飲み物。マヤマ・チェメクというらしい。グラスを口に近付けると、酸っぱいにおいがする。飲むヨーグルトのような、そんな味だった。乳製品の味わい。

 飲むと、料理の油っぽさを爽やかな酸味が押し流してくれる。そして、スッキリした気持ちでまた料理を食べることができる。


 キチュ・ピチェメを食べて、マヤマ・チェメクを飲む。こうして交互に口にすると、いくらでも食べられそうな気がしてくる。

 俺もシルもマヤマ・チェメクを飲んでは、キチュ・ピチェメを口に入れる。そして、肉を味わうとまた、その白い飲み物を手にする。

 その様子を見て、ラーロウは笑って、キチュ・ピチェメをもう一皿追加で注文してくれた。そのもう一皿も夢中で食べた。そのくらい美味しかった。


 気付けば、どの皿も空っぽになっていた。

 シルは唇の周りについたソースを指先で拭って、その指先を舐める。俺はハンカチを出してシルの口周りと指先を拭う。

 少しぼんやりとしたシルは、大人しく指先を差し出して拭かれながら、ほうっと息を吐き出して言った。


「美味しかった」

「うん、美味しかった」


 俺が同意を返すと、シルは満足そうにこくりと頷いた。




 空っぽになった皿が片付けられて、代わりにどろっとした茶色い飲み物と、こんもりとした器に入った黄色っぽいものが運ばれてくる。


 茶色い飲み物は、香ばしくて少し酸味のあるにおいがする。お茶のようなものだろうか。

 こんもりとした器の中身の黄色いものは、甘いにおいがしていた。デザートだろうか。焼き固められているらしく、表面に茶色い焦げ目が付いている。


 飲み物の方は、アッカというらしい。すごく甘いけど苦味も強い。缶コーヒーに似ていると思った。ツンと酸味が感じられた後に、香ばしいようなにおいが鼻に抜ける。


 もう一つの器に入ったものは、スプーンですくって食べるものだった。焼き固められた表面にスプーンを沈めると、ぷつりと裂け目ができる。中は白くて柔らかくて、スプーンで持ち上げるととろりと零れ落ちる。

 すくって口に含むと、口の中でふわふわと崩れて柔らかな甘さが広がる。とろとろと煮崩れたような何かの塊が中にあって、それを舌で潰すと、ほんのり甘い。

 ソトゥ・ピチェメという名前らしい。




 アッカにもソトゥ・ピチェメにも、ギーキのソトゥというものが使われているのだとラーロウは言った。


 これまでの語彙を思い返しながらラーロウの方を見ると、笑顔が返ってくる。

 ラーロウは同い年くらいだろうって勝手に思っているのだけど、その理由の一つはこの笑顔だ。ラーロウの人懐っこい笑顔を見ると、まるで学校の友達と話しているような気持ちになる。


「ギーキ、ゼレ?」


 俺の言葉に、ラーロウは少し考える。


「ギーキ……オージァ、ギダ、似ているコンタ


 ギダというのは、ヤギみたいな動物だった。だとすると、ギーキもそれに似た動物だろうか。それとも、家畜のような意味で話しているのだろうか。

 ともかく、何かしらの動物のことだろう、と理解する。


 ソトゥの方は、もうちょっと難しかった。二人で色々な言葉をやりとりするけれど、なかなか理解できない。

 話しながら、ラーロウが両手を握って胸の前で上下に動かすようにした。

 それが、乳搾りのように見えて、その瞬間アッカの味とソトゥ・ピチェメの味に納得した。


「ああ、牛乳!」


 思わず、日本語が出てしまった。

 俺の言葉はラーロウには通じていないはずだけれど、それでも伝わったことが伝わったんだと思う。ラーロウは一仕事やり終えたような顔で、笑った。


 アッカは牛乳──この場合はギーキ乳と言うのだろうか──を使った飲み物。ソトゥ・ピチェメはギーキ乳ソトゥ焼いたピチェメ食べ物。

 すっきりした気持ちで、俺はその甘さを味わう。そして、満足感をラーロウに伝える。


ありがとうハリストゥ

「トゥットゥ」


 ラーロウの返答に、俺はまた少し頭を悩ませた。

 トゥットゥは同意じゃないのか。この場合のトゥットゥはどういう意味だろう。「問題ない」とか「良いよ」くらいの感じなんだろうか。それとも「俺も」とか?

 言葉というのは、一対一で意味が当てはめられるものでもなく、こんなちょっとしたやりとりでも難しい。




 ソトゥ・ピチェメはシルのお気に召したらしい。俺とラーロウがギーキのソトゥについて話しているその間に、シルはすっかり食べ終えてしまっていた。

 今はアッカの器を手にして、不思議そうな顔で少しずつ飲んでいる。

 舐めるように一口飲んでは、考え込むように首を傾ける。苦いのが嫌なのかと思ったけど、そういう雰囲気でもない。


「不思議な味とにおいがする」


 シルはそう言って、不思議そうな顔のまま、また一口飲んだ。

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