第二話 一つの雨とたくさんの島
イオージア・エナ・ニッシ・リァというのが、内海にあるこのいくつかの島のことを指している。
ニッシは島、リァが言葉の後ろにつくと、三つ以上という意味になる。英語の複数形みたいなものか。数字の三はリア。発音が少しだけ違うように聞こえる。
二つの場合はド。数字の二を表すドと同じだ。もしかしたら、リアみたいに微妙に発音が違うのかもしれないけど、俺には聞き分けられていない。
一つの場合がエナ、これも一つという数を表すエナと同じ。でも、普通に話していてこの使い方でエナを聞くことはあまりなかった。一つの場合は省略できるのだろうか。
イオージアというのはどうやら、雨のことだ。
なので、このいくつかの島の名前は、
雨に対して一つという言葉がついているのがよくわからない。
名前に雨がついているので、この辺りでは雨がよく降るのかと思ったけど、どうやらそうではないらしい。むしろ、雨は
もしかしたら、
俺とシルが船を降りたのは、その一番手前の細長い島。バツ印が書かれていた島だ。
この島単体の名前は、ニッシ・メ・ラーゴ。
地図上ではただの細長い島に見えたけれど、実際に降り立って歩いてみると、かなり高低差のある島だった。
こんもりとした山のような島。島の中はどこに行くにも階段を上り下りする必要がある。港から階段を使わずに行けるのは、さほど広くない砂浜くらいしかない。
建物は白い。外側に、白い何かを塗っているように見える。四角い白い建物が、斜面にぽこぽこと立ち並び、その向こうに突き抜けるように青い空がある。
空気がカラッとしていて日差しは爽やか。そんな島だ。
気分の悪さが落ち着いたので、シルと二人で島を見てまわる。
シルは当たり前のように、俺と手を繋ぐ。俺はまだ少し気恥ずかしい。
元々、地図に書かれていたバツ印だけを頼りにきたけれど、それが何を表しているのかも知らない。手がかりはないに等しい。ただ歩き回るくらいしかやることがない。
せめてもう少し言葉を知っていたら、人に聞いたりできるのかもしれないけど、日常会話もおぼつかないようじゃ、それも難しい。
細長い島の、片方の端っこ──陸地に近い方に港はある。港の近くは、店が多く賑やかだ。
そこから、島の反対側に向かって、階段が伸びている。階段の途中までは、港に近いので店が多いし、人も多い。途中からは、階段の両脇にただの白い壁が並んでいるようになる。
階段を登り切ると、今度は下りの階段があり、そこからまた登りの階段で、さっきの階段より段数が多い。
高低差のある場所を移動するのはかなり疲れて、休み休み進む。
当然のようにシルは元気で、あちこち見回しては「あれ、何?」を繰り返す。
階段の途中で座って休んでいたら、登ってきたおばさんと目があった。ぎろりと睨むような目付きに、邪魔だっただろうかと不安になる。
立ち去ろうかと立ち上がりかけると、そのおばさんは眉をしかめて何事かを言って──早口だったので自信はないけど
シルと顔を見合わせて、浮かしかけた腰の持って行き場に悩む。
おばさんはすぐに戻ってきた。手に、コップと瓶を持っている。また何事かを言って、俺とシルにコップを渡すと、ビンの中身を注いだ。
白っぽく濁ったその液体のにおいに、口の中がきゅっと反応して唾液が出てくる。ポルカリのにおいだ。
「
俺が慌ててお礼を言うと、おばさんは笑った。
ポルカリ以外にも、何かが使われているのだと思う。どろりとしたそれは酸っぱいだけじゃなくて、優しく甘い。空気を含んでいるのか、ふんわりとした口当たりだ。
飲み込めば、長い階段で疲れていた体に、その甘さと酸っぱさがじんわりと広がってゆく気がした。酸味が強いので後味がすっきりと気持ち良い。
シルはきょとんと俺を見ている。俺はシルに頷いてみせる。それでようやく、シルがその液体──ポルカリジュースと呼ぶことにした──を口にした。
シルはそっと一口飲んで、多分気に入ったんだと思う。瞳孔を膨らませて、こくこくと勢いよく飲み始めた。
口元からジュースが一筋零れ落ちて、顎を伝う。俺はハンカチを出して、シルが飲み終わるのを見計らって、口元を拭う。
「
もう一度お礼を言ってコップを返すと、おばさんは手の甲を向けてさっさと家に戻ってしまった。
登る階段の最後で白い壁が不意に途切れて、視界が青い空の中に放り込まれた。
海と空の青、島、その景色の中に、巨大な柱のようなものが見えた。
島の反対側は崖のようになっているので、こちら側には港が作れなかったみたいだ。その代わり、とても見晴らしが良い。
多分、この島で一番高い場所だ。そこに、ぽっかりと何もない空間があった。
地面が整備されているので、何かには使っているのだと思う。公園や広場のような場所かもしれない。
そこに立つと、海がよく見える。
少し先に見える島影は、あのくの字の形の島だと思う。その向こう、海の只中に柱がある。
その柱は、海と空を繋いでいる。
目を細めてよく見れば、それは雨と雲だった。
空から、まるで滝のような激しい雨が降り注いでいる。その勢いで海水から雲が立ち上り、空に向かう。そして、その雲は雨となって降り注ぐ。
それが、いつまで経っても終わらない。その雨の柱がその場所から動くこともない。
不思議というか、信じがたい景色だ。
「あれ、何?」
シルがそれを指さして聞く。俺は首を振った。
「わからない」
現実感の薄いその光景をぼんやりと眺めながら、あれが
そして俺は、ここが異世界なのだと実感した。今更だけど。
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