第五話 地図と土産物
地図を売っている店があった。
中に入ると、奥にいたお兄さんが声をかけてくる。大学生くらいに見える。
俺がいつものように「
そこから、身振りと表情とカタコトの言葉で、俺はそのお兄さんとなんとか意思疎通を試みた。
正直、お兄さんの話はあまり理解できていない。
それでも、話の中で取り出された地図を見て、あの部屋から持ち出した地図がとても広範囲のもので、とても精密なものだということは俺にもわかった。
うっすらそんな気はしていた。あの地図も、むやみに人前に出さない方が良いものだろう。
それほど範囲が広くない、簡略化された地図なんかは、すぐに買えるらしい。
広範囲に渡るものやもっと精密な地図は、すぐには買えない。この辺り、推測した部分が多いので自信はないけど、どうやら注文を受けてから書き写す、ということじゃないかと思う。そして今は、注文は受けていない──と、思う。受注生産は、ふらりとやってきた旅行者にはやらない、ということかもしれない。
地図はすでにあるので、細かいものが欲しいわけじゃない。ただ、人前で出しても問題なくて、ある程度のことがわかるものが欲しかった。
すぐに買えるという中から、川の河口とその先の内海、そこに浮かぶいくつかの島が描かれたものを選んで買う。装飾的な線で描かれたその地図は、地図というよりは眺めて楽しむ絵のようなものなのかもしれない。
ゴワゴワした紙は、植物から作るような慣れ親しんだ紙じゃなくて、別の素材の何かかもしれない。詳しくないから何もわからないけど。
その厚手の紙をくるくると巻いて、紐で結んで渡された。
「
そう言って、お兄さんから地図を受け取る。
「カロ・アージョ」
お兄さんが言ってくれたその言葉は、良いものだと思いたい。
家の軒先にテーブルが置かれ、布がかけられ、そこに宝石のような石が並べられている。
大小様々なツヤツヤとした黒い石は綺麗に丸く磨かれている。その表面に、鮮やかな青い線が入っている。その線は、石の中に入り込んだ別の材質の部分なんだと思う。
綺麗な石だけど、こんなところに雑に並べているということは、さほど高価なものじゃないのかもしれない。
そのテーブルの前で、シルが立ち止まった。
腰を屈めて、顔を近付けて、縦に長い瞳孔が少し開いている。どうやら、その石が気になっているらしい。
近くで椅子に座って、おしゃべりを楽しんでいたおばさんが、共におしゃべりをしていたおじさんたちを置いて立ち上がった。そして、俺たちの方にきて何事かを話す。
このおばさんが店の人らしい。
カルコ、というのが確か石のことだ。なので、カルコ・メ・ラクというのがこの石の名前だろう。
カルコ・メ・アメティとも言っていた。アメティ──またこの言葉だ。
俺とシルの反応が悪いので、おばさんは少し口を閉ざして俺たちを見比べた。俺はすかさずいつもの言葉を唱える。
「
俺のカタコトを聞いて、おばさんは笑顔のまま首を傾けた。この街の人たちは、言葉のわからない俺たちにも親切で助かる。
ほっと息を吐いて、俺は言葉を続ける。
「アメティ、
カタコトの俺に気を遣ってなのか、おばさんの返答は簡潔だった。
「
簡潔すぎて意味がわからない。
言葉の意味なんて考えてもわからないとは思うけれど、どうやって聞けば良いのだろうかと考え込んでしまった。
シルの手が俺の手を引いて、俺はシルを見た。シルがテーブルの上を指差す。
「これ、綺麗で好き。これ欲しい」
シルに手を引かれて、俺もその石を見る。シルが自分から欲しいと言ったもの。
「じゃあ、一つ買おうか」
俺の言葉を聞いて、シルの瞳孔がさらに膨らんだ。
シルはこれまで、あの部屋で、閉じ込められて、ただ生きてきた。自分のものを持つなんてこともなかっただろう。何かが欲しいなんて考えたことがあるんだろうか。
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